INTERVIEW
ローランド開発チームが語る、ボーカル入りの楽曲をスピーディーに作れる新感覚マシン、「VERSELAB MV-1」のすべて
先ごろ発表されたローランドの新製品、「VERSELAB MV-1」がいよいよ本日(2021年1月23日)発売になりました。発表以来、大きな話題になっている「VERSELAB MV-1」は、音楽制作に必要な機能を網羅したオール・イン・ワンのプロダクション・ツール。新世代の音源『ZEN-Core Synthesis System』を核に、音階演奏にも対応した4×4のパッド、伝統のTR-RECスタイルのステップ・シーケンサー、高品位なミキシング/マスタリング・エフェクト、USBオーディオ/MIDIインターフェース機能を備え、これ1台で楽曲制作を完結できる優れものマシンです。
「VERSELAB MV-1」の大きな特徴と言えるのが、ボーカルやラップを録音するためのトラック『VOCALトラック』が用意されている点で、XLR端子のマイク入力を装備しているのはもちろんのこと、本体前面には簡易マイクまで内蔵(!)。録音したトラックは『Auto-Pitch』や『Harmonizer』、『Doubler』といった専用プロセッサーで処理することも可能で、ボーカルやラップを含む“完全な楽曲”を「VERSELAB MV-1」だけで完成できる仕様になっているのです。さらには、ドラムの連打を簡単に入力できる『Style』やアルペジエーターの『Arpeggio』、楽曲の構成を即座に変えることができる『ソング・テンプレート』など、曲作りをサポートしてくれる機能も充実。ローランドの音楽制作ソフトウェア Zenbeatsとのディープな連携機能も注目で、パソコン/タブレット/スマートフォンを使って「VERSELAB MV-1」をコントロールしたり、Zenbeats側のソフトウェア音源/エフェクトを「VERSELAB MV-1」とミックスすることも可能になっています(注:Zenbeatsとの連携は、アップデートにより対応)。
頭に浮かんだメロディーを素早く楽曲として完成できる新感覚のプロダクション・ツール、「VERSELAB MV-1」。そこでICONでは、開発チームにそのコンセプトと機能についてインタビュー。取材に応じてくださったのは、開発/製品リーダーの松永修一氏、グローバルのマーケティング担当で“Recloose”名義でDJ/プロデューサーとしても活躍するマット・チークワン(Matthew Chicoine)氏、Zenbeatsの開発/製品リーダーであるマット・プレスリー(Matthew Presley)氏の3氏です(取材はオンラインで行いました)。
楽曲制作に重点を置いた、ポップ・ソングやヒップホップを簡単に作れるマシン
——— 新製品の「VERSELAB MV-1」は、ボーカルを含む“楽曲制作”に徹底的にフォーカスした、これまでになかったタイプのマシンという印象を受けます。なぜこのようなマシンを作ろうと思ったのか、まずは開発のスタート・ポイントからおしえていただけますか。
松永 新製品を開発するにあたり、私はマット(・チークワン)と一緒にアメリカ中を周り、かなりの数のクリエイターに話を訊いたんです。現代のクリエイターはどのようなツールを求めているのか、既存のマシンのどういった点に不満を感じているのか、生の声をたくさん訊こうと。特にヒップホップの若い人たちには、いくつかのグループを組んで何度もインタビューを行いました。そのインタビューを通じて分かったのは、数小節のパターンやビートは作れても、それを最終的な楽曲まで持って行けずに苦労している人が多いということ。彼らはクールなパターンを作るためのマシンではなく、歌やラップが乗った楽曲を作ることができるマシンを欲していたんです。
マット・チークワン(MC) 楽曲を作りたければパソコンを使えばいいじゃないかと思われるかもしれませんが、シンガーやラッパーにとってはDAWを習得したり、機材を揃えたりというのはとてもハードルが高いんです。また彼らの多くは、素早く曲作りができるツールを求めていました。その話を聞いて、楽曲制作のワークフローをいかに短縮できるか、アイディアをいかにゴールに直結できるかというのも重要なポイントだと思いました。
松永 こうして多くのクリエイターから訊いた話をまとめ、できあがったのが“楽曲制作に重点を置いた、ポップ・ソングやヒップホップを簡単に作れるマシン”というアイディアです。パターンやビートといった楽曲の一部ではなく、ボーカルが入った完全な楽曲を誰でも簡単に作れるマシンを開発しようと。プロジェクトがスタートしたのは、一昨年のことです。
MC 製品コンセプトをまとめた後、Q-Tipやジャスト・ブレイズ、ロード・フィネスといった大物プロデューサーたちにも意見を訊いてみたのですが、全員が“それは若いクリエイターにすごく良いマシンになると思う”と高く評価してくれて、これは間違いないと確信しましたね。
——— 「VERSELAB MV-1」は、AIRAの新製品なのでしょうか?
松永 いいえ、開発メンバーは一部同じですが、AIRAとは別の製品になります。AIRAはプロダクションよりもリアルタイム・パフォーマンスに重きを置いた製品で、パターンを切り替えることはできますが、ソングを組むのはあまり得意ではありません。その点、今回の「VERSELAB MV-1」は完全なソング機能が備わっているので、DAWに頼らずに楽曲制作を完結することができます。AIRAとは違うコンセプトの製品なんです。
4×4のパッドとTR-RECスタイルのステップ・シーケンサーの両方を搭載
——— 「VERSELAB MV-1」とはどのようなマシンなのか、あらためておしえてください。
松永 「VERSELAB MV-1」は誰でも簡単に楽曲を作ることができる、オール・イン・ワンのプロダクション・ツールです。従来の同種のマシンと比べると、歌を直接録音できる『VOCALトラック』を備えているのが大きな特徴で、「VERSELAB MV-1」だけでボーカルやラップ入りの楽曲を作ることが可能になっています。音源は最大同時発音数128音の『ZEN-Core Synthesis System』を搭載し、さまざまなスタイルの音楽をカバーする3,000種類以上の音色を収録しているほか、Roland Cloudからの追加音色のダウンロードにも対応します。オケ用のトラックは7トラック仕様で、4×4のパッドやTR-RECスタイルのステップ・シーケンサーを使って、簡単にパターンを作成することができます。もちろん、高品位なミキシング・エフェクト/マスタリング・エフェクトも搭載し、USBオーディオ/MIDIインターフェース機能も内蔵しているので、パソコンやタブレット、スマートフォンと連携することもできます。頭に浮かんだアイディアを最終的な楽曲として完成させることができるマシン、それが「VERSELAB MV-1」なのです。
——— トラック数が7と聞いて、少ないと感じる人もいると思います。
松永 『VOCALトラック』を含めると計8トラックですが、これは“楽曲をしっかり作れるトラック数”ということを考えて決定しました。トラック数を増やすのは難しくありませんし、多ければ多いほどいろいろなことができるのは確かですが、それによって楽曲の構造が複雑になってしまいます。また、新規のプロジェクトにたくさんのトラックがあると、それを埋めなければならないという強迫観念にかられる。最低限という言い方もおかしいですが、キック、スネア、ハイハット、ベース、上モノ、ボーカル用のトラックがあれば十分楽曲は作れてしまうのではないかなと。個人的にヒット・チャートをチェックするのが好きなんですけど、最近の楽曲はどんどんアレンジがシンプルになってきていますしね。デモ・ソングを聴いていただいても、トラックが少ないと感じる人はいないと思います。
MC 流行りのモダン・ヒップホップでもオケが7トラック以上ある楽曲はほとんどありません。今回、素早く曲作りができるということも重要なコンセプトだったので、トラック数をあえて絞り、選択肢を減らすことで楽曲を完成まで持って行ける仕様にしたんです。
——— オケ用の7トラックは、ドラム用の『KICK』『SNARE』『HI-HAT』『KIT』、音階楽器用の『BASS』『INST 1』『INST 2』と、各楽器があらかじめ割り振られているのがおもしろいですね。
松永 電源を入れればすぐに曲作りを開始できるように、このような仕様にしました。各トラックには専用のボタンが備わっているので、即座に選択してパターンを打ち込むことができます。
——— この割り振りは固定なのですか?
松永 いいえ、ユーザー・サイドで自由に設定することができます。トラックには音階楽器を鳴らすための『トーン』、ドラムを鳴らすための『ドラム・キット』、サンプルを鳴らすための『ルーパー』の3タイプがあり、7トラックすべてを『トーン』に設定することも可能です。
——— いわゆるマシン・スタイルの筐体デザインが採用されていますが、鍵盤を内蔵したキーボード型にするといったアイディアはありませんでしたか?
MC 最初からこのスタイルで、鍵盤を内蔵するというアイディアはありませんでしたね。このスタイルを採用したのは、最近の若いクリエイターは鍵盤を使わない人が多いからです。彼らは音階楽器のフレーズを入力する際も4×4のパッドの方を好みます。話を訊いたクリエイターの中には、パッドすら使わず、パソコンのマウスとキーボードだけで曲作りをしている人もいましたよ(笑)。
松永 筐体サイズはMC-707よりも少しコンパクトなのですが(注:横幅358mm×奥行き208mm×高さ60mm)、開発を始めた段階から気軽に持ち運べるようにしたいと考えていました。バッグに入る大きさを維持したまま各操作子はなるべく大きくし、試行錯誤した結果、このサイズに落ち着いた感じですね。電池は内蔵していないのですが、USB端子にモバイル・バッテリーを接続すれば、電源が取れない場所でも使用することができます。
——— 4×4のパッドとTR-RECスタイルのステップ・シーケンサーの両方を備えているのもユニークだなと思いました。
MC 「VERSELAB MV-1」のメイン・ターゲットであるヒップホップやポップ・ミュージックのクリエイターは、4×4パッドのレジェンダリーなスタイルを好みます。その上でTR-RECスタイルのステップ・シーケンサーを併装したのは、これも最近の若いクリエイターの間では欠かせないツールになっているからですね。TR-808で始まったステップ・シーケンサーですが、最近のDAWソフトウェアやシンセサイザーなどを通じて、いまや一般的な制作ツールになったと実感しています。
歌を録音できる『VOCALトラック』と、曲作りをサポートする充実の機能
——— 「VERSELAB MV-1」の大きなフィーチャーである『VOCALトラック』について詳しくおしえてください。
松永 『VOCALトラック』は、名前のとおり歌やラップを録音して再生するための専用トラックです。背面に備わったXLR端子にマイクを接続するか、あるいは本体前面の内蔵マイクを使用すれば、思い付いたメロディーをすぐに録音することができます。
MC いろいろな人に話を訊くと、トラックメイクではなくラップから曲作りを始めるという人が多かったんです。Type Beatの流行からも分かるように、最近はラップで自分を表現したいという若い人が増えている。ですので、ボタンを押せば即座に録音できるようにマイクを内蔵することにしました。若いクリエイターは、自分でマイクを持っていないという人も多いですからね。
松永 XLR端子のマイク入力はファンタム電源供給にも対応していますので、コンデンサー・マイクを接続することもできます。ボーカルはパッドの数と同じ16テイク録音でき、ソングの時間軸に沿って再生されます。録音したデータは本体内蔵のメモリーに保存され、16テイク合わせて最大10分録音することが可能です。普通の楽曲であれば十分な長さなのではないでしょうか。もちろん、複数のテイクを重ねてコーラスを作ることもでき、ソングで使用しているサンプルやSDカード内のサンプルをボーカル・テイクとして使用することもできます。
——— ボーカル・テイクは編集もできるのですか?
松永 発音タイミングや再生範囲、音量などをボーカル・テイクごとに設定することが可能です。また、ボーカル・テイクを4×4のパッドで鳴らし、録音時とは違うタイミングでシーケンスを追加することもできます。
MC 『VOCALトラック』には、専用のボーカル・プロセッサーが用意されているのもポイントですね。
松永 ボーカル・プロセッサーは、ノイズ・サプレッサー、エンハンサー、コンプレッサー、ディエッサー、イコライザー、ピッチ補正、ハーモニーという7種類が用意されており、気になる部分を補正したり、ハーモニーを付けたりといった処理が本体内で可能になっています。再生時だけでなく録音時に使うこともできるので、ピッチ補正した歌声をそのままかけ録りすることもできます。
——— “楽曲制作を完成できるマシン”というのが「VERSELAB MV-1」の大きなコンセプトとのことですが、『VOCALトラック』以外にも何か特別な機能が備わっているのですか?
松永 いろいろありますが、4×4のパッドには音階演奏ができる『ノート』、同じ音を16段階のベロシティーで入力できる『ベロシティー』、パッドでセクションを選択できる『セクション・セレクト』に加え、『スタイル』と『コード』という2つの便利なモードを用意しました。『スタイル』はパッド一押しで3連符や連打、アルペジオを入力できるモード、『コード』は任意のコードを入力できるモードで、アルペジオやコードの構成音はもちろんユーザー・サイドで設定することができます。
MC 個人的に「VERSELAB MV-1」で最も重要な機能だと思っているのが、『ソング・テンプレート』です。『ソング・テンプレート』は、さまざまな楽曲の構成が設定されたテンプレートで、ユーザーはイメージ合ったものを選ぶだけで簡単にソングを作ることができます。誰でも数小節のパターンは作ることができても、それを楽曲として組み上げるには別のスキルが要求される。しかし『ソング・テンプレート』を活用すれば、短いセクションを元に、いろいろな雰囲気を試すことができます。普通、テンプレートというと曲作りを開始する時点で選択するものですが、「VERSELAB MV-1」の『ソング・テンプレート』は作曲途中でもどんどん変えていけるのがポイントですね。
——— 後からでも変えられるというのは使いでがありそうですね。
MC 若いクリエイターと話をすると分かりますが、彼らが1曲の制作に費やせる時間は限られています。1週間で何曲も仕上げなければならなかったり、楽曲のクオリティだけでなく、制作スピードも非常に重要。「VERSELAB MV-1」には、楽曲の制作スピードを上げる機能がたくさん盛り込まれていますが、中でも最も便利なのが『ソング・テンプレート』です。これはDAWソフトウェアにもないとてもユニークな機能と言えると思います。
——— トラックを選択するボタンの上に、楽曲制作の段階を明示した『WORKFLOW』ボタンが備わっているのもおもしろいなと思いました。
松永 「VERSELAB MV-1」では曲作りの流れを“ワークフロー”と呼び、各トラックのパターンを入力/編集する『SEQ』、ボーカル以外のトラックをセクションとしてまとめる『SECTION』、セクションを並べてソングとして仕上げる『SONG』、ミックスダウンを行う『MIXER』、最終的にマスタリング処理をしてファイルとして書き出す『MIXDOWN』という5段階に分けて作業できるようにしました。これにより自分が今どの段階にいるのかすぐに分かりますし、ボタン一押しでミックスやマスタリングを行うことができます。
次世代の音源『ZEN-Core Synthesis System』を搭載
——— 音源として採用されている『ZEN-Core Synthesis System』とはどのようなものなのか、あらためておしえていただけますか。
松永 ローランドは約半世紀もの間、アナログ、PCM、アナログ・モデリングなど、さまざまなサウンド・エンジンを開発してきました。これらのサウンド・エンジンを、ハードウェアやソフトウェアといった垣根をなくして利用できるようにしたのが『ZEN-Core Synthesis System』であり、音源方式の名称というよりも、“サウンド・プラットフォーム”と捉えていただいた方が分かりやすいかもしれません。『ZEN-Core Synthesis System』の大きな特徴と言えるのが互換性で、JUPITER-X/JUPITER-Xm、現行のFANTOMシリーズ、MC-707/MC-101、ソフトウェア音源のZENOLOGYなど、対応製品であればまったく同じ音色を鳴らすことができます。例えば、すでにMC-707やZENOLOGYを使っている方であれば、お気に入りの音色を「VERSELAB MV-1」で使うことができるのです。最高の音色と最高の互換性を実現する新世代のサウンド・プラットホーム、それが『ZEN-Core Synthesis System』なのです。
——— 異なる製品で音色の互換性があるというのは素晴らしいと思うのですが、高価なハードウェア音源と安価なソフトウェア音源でも、サウンドの品質はまったく同じなのですか?
松永 『ZEN-Core Synthsis System』部分の基本的なサウンドは同じで、互換性を持っています。ただ、すべて同じというわけではありません。製品によっては、固有の音色やエフェクトを搭載しており、例えばFANTOMシリーズの『V-Piano』や『SuperNATURAL』テクノロジーによる音色は、他の機種との互換性はありません。他にも最大レイヤー数の違い、さらに細かい話をすると機種ごとのDAコンバーターなどでもサウンドは変化しますので、『ZEN-Core Synthesis System』対応の製品でも、それぞれに違った価値があります。
——— 「VERSELAB MV-1」にはどのようなプリセット音色が収録されているのですか?
松永 合計3,000種類以上収録しており、「VERSELAB MV-1」のための音色も新規で作成しています。今回は各カテゴリーの頭の方に新旧合わせて使いやすい音色を並べました。808キックとベースがレイヤーしたトラップ・サウンドなど、パッチの頭の方に入っている音色はほとんどが新規で作成したものですね。プリセット音色以外にも、ドラム・キットやループで使えるサンプルをSDカードに収録しています。
MC モダン・ヒップホップ、トラップ、アフロ・ビート系の音色はかなり充実しているのではないかと思います。
——— メインの音源としてサンプラーを搭載するアイディアはありませんでしたか?
松永 ヒップホップ、イコール・サンプラーというイメージを持っている人もいると思うのですが、最近のクリエイターはサンプラーを使用せずに、DAWソフトウェアの標準音源だけで曲を作ったりしているんですよね。そういった傾向を見て、サンプラーを中心に据えるのではなく、即戦力となる音色をたくさん収録した方がいいと思いました。もちろん、トラックをドラム・トラックやルーパーとして使用すれば、SDカードのサンプルを鳴らすこともできます。
Zenbeatsとシームレスに統合したワークフローを実現
——— USBオーディオ/MIDIインターフェース機能は、どのような使われ方を想定していますか?
松永 近日公開のアップデートでの対応になるのですが、弊社の音楽制作アプリケーションZenbeatsとシームレスに連携できるようになります。この機能については、Zenbeatsの開発チームの一員であるマット・プレスリーに紹介してもらいます。
マット・プレスリー(MP) Zenbeatsを立ち上げたパソコンやタブレット、スマートフォンと「VERSELAB MV-1」をUSBで接続することで、完全に統合したシームレスな制作環境を実現します。具体的には、Zenbeats上で「VERSELAB MV-1」のクリップやミキサーをコントロールでき、もちろん完全に同期した形で、Zenbeats側のトラックやソフトウェア・シンセサイザー、オーディオ・エフェクトも使用することができます。もちろん、「VERSELAB MV-1」とZenbeatsはオーディオも送受信しますので、Zenbeatsの出力を「VERSELAB MV-1」でモニターしたり、「VERSELAB MV-1」に入力した音をZenbeatsに録音することも可能です。このように両者は、USBケーブル1本でシームレスに統合しますが、最も重要な点は「VERSELAB MV-1」のシンプルなワークフローはしっかり維持されるという点です。「VERSELAB MV-1」の良さは維持したまま、Zenbeatsを接続することで、画面やトラックを拡張することができるのです。
MC 「VERSELAB MV-1」の小さなディスプレイは、作業に集中できるので個人的にもとても気に入っています。ただ、緻密にミキシングしたいときは、Zenbeatsの大きな画面が便利ですね(笑)。あとは他のクリエイターとコラボレーションするときもZenbeatsとの連携機能が活躍してくれるのではないかと思います。「VERSELAB MV-1」とZenbeatsの組み合わせに関しては、いろいろなワークフローが想定されるので、本当にユーザー次第ですね。
——— マット・プレスリーさんはZenbeatsの開発チームの一員とのことですが、他のDAWソフトウェアと比較したアドバンテージはどのあたりにあると考えていますか?
MP 我々はZenbeatsをDAWソフトウェアとは捉えていません。世の中にはすでに素晴らしいDAWソフトウェアがたくさん存在しますし、それらと競う気はまったくないのです。それではZenbeatsとは何かということになりますが、我々はシンプルに“音楽制作アプリケーション”であると考えています。Zenbeatsが目指しているのは、誰でも、どこでも、どんなプラットフォームでも、簡単かつシンプルに、クールな音楽を作ることができるソフトウェアです。Mac、Windows、iOS、Androidの4つのOSに対応したマルチ・プラットフォームであるというのは、Zenbeatsの大きな強みと言っていいでしょう。
MC 私は教育市場にも関わっているのですが、アメリカの学校関係者の多くは子どもたちに音楽の楽しさを伝えたいと考えています。ピアノを演奏するような伝統的な音楽ではなく、もっとモダンな音楽を教えたいと考えている。しかし学校に置いてあるのはChromebookやiPadなので、パワフルなパソコンが使えるわけではありません。その点、ZenbeatsはChromebook(※)でも問題なく動作しますし、ユーザー・インターフェースもアクセサブルですから、学校で使用するのに最適なソリューションではないかと思います(※Zenbeatsは、AndroidアプリをサポートするChrome OSでのみ動作します)。
MP Zenbeatsは昨秋、バージョン2にアップデートし、ZC1というソフトウェア音源が追加されました。ZC1は『ZEN-Core Synthesis System』を採用した新しいソフトウェア音源で、MacやWindowsだけでなく、iOSとAndroidでも使用できるのが特徴です。つまり、スマートフォンに無料版のZenbeatsをダウンロードした若い人は、最初からローランドの本物のサウンドに触れることができるわけで、私はこれが大変意味のあることだと考えています。
——— 先ほど“ZenbeatsはDAWソフトウェアではない”とおっしゃっていましたが、この先どのように進化していくのでしょうか。
MP 他のDAWソフトウェアのように、どんどん機能を追加していくという方向性でないのは確かです。もちろん、ユーザーからの要望や意見には耳を傾けますし、必要な機能は盛り込んでいきます。ただ、どんなに機能を追加していっても、シンプルで、アクセサブルで、クールな音楽制作ソフトウェアというコンセプトは維持し続けます。
『ソング・テンプレート』を使えば、いろいろなアレンジを即座に試すことができる
——— 「VERSELAB MV-1」の話に戻りますが、中身だけでなく外観もこれまでのマシンと違うなと感じました。実機を目の前にすると側面が白というのが新鮮ですね。
MC 多くの若いクリエイターから、“何か特徴的な外観にしてほしい”とリクエストされたんです。“最近は黒色のマシンばかりでおもしろくない”と。なので、安易に全体を黒にしてしまうのではなく、側面を白にすることで、従来のマシンとの違いを際立たせました。右上の“VERSELAB”というロゴを金にしたのは、ヒップホップの象徴的な色だからです。
——— 今の時代のマシンにしては液晶ディスプレイが小さいと思いました。これはどうしてですか?
松永 あえてそうしたんです。画面があると、そこに表示される情報が気になってしまい、“曲作り”ではなく“作業”になってしまうじゃないですか。視覚情報に頼らずに曲作りができるマシンにしたいというのは最初から考えていたことです。
——— “VERSELAB”という製品名の由来をおしえてください。
MC 名付け親は私なのですが、楽曲内のセクションを意味する単語“VERSE”と、実験室の“LAB”を掛け合わせてネーミングしました。“VERSE”という単語には、楽曲内のセクション以上の意味は無いのですが、ヒップホップのコミュニティでは何でもかんでも“VERSE”と言いますし(笑)、アイコニックなワードになっているんです。続く単語を“LAB”にしたのは、実験によって使い手のクリエイティビティを引き出すマシンであるということを強調したかったからです。
——— 開発をスタートしてから完成までに苦労した点というと?
松永 いかに簡単に楽曲を作れるようにするかというのが一番苦労した点です。こういうマシンを開発していると、すぐに“あれも搭載しよう”、“あれもできるようにしよう”となってしまうのですが、そうやって機能を盛り込んでしまうとどうしても使い勝手が悪くなってしまう。楽曲制作に必要な機能をひととおり盛り込んだ上で、どれだけシンプルなマシンに仕上げられるかというのが、一番難しかったところですね。試作機を人に見せると、絶対に“あれを搭載してほしい”と言われますから(笑)、こちらの信念強さが重要になってきます。
MC これまでの製品以上にアメリカと日本でのやり取りが多かった気がしますが、松永さんと私はDJ-808やDJ-202でも一緒に仕事をしてきましたからコミュニケーションはまったく問題ありませんでした。コミュニケーションに関して言えば、ヒップホップのクリエイターとのやり取りが大変でしたね。松永さんは、英語以上に彼らの独特の言葉遣いに苦戦していたようです(笑)。
——— 最後に、この記事を読んでショップで「VERSELAB MV-1」に触れる人に、“ここに注目してほしい”というのがあればおしえてください。
松永 まずはデモ・ソングを聴いてほしいですね。何曲か入っているのですが、きっと“これ1台でこんな曲が作れるんだ”と驚かれるのではないかと。購入していただいた方は、気に入ったデモ・ソングの『ソング・テンプレート』を叩き台にして、曲作りをスタートしていただければと思います。
MC やっぱり『ソング・テンプレート』ですね。私自身、今でもDJ/プロデューサーとして楽曲制作を行なっていますが、作業の中でアレンジが一番難しい。その点「VERSELAB MV-1」ならば、『ソング・テンプレート』からいろいろなアレンジを試すことができます。自分の楽曲の雰囲気が簡単に変わっていくのはとてもおもしろいですよ。