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製品開発ストーリー #32:コルグ monologue 〜 5色のカラバリも魅力! 3万円以下で買える100%アナログ音源のマイクロ・シンセサイザー
昨年末のクリスマス・イブに販売が開始され、世界的に品薄状態になっているコルグの「monologue(モノローグ)」。2オクターブ鍵盤のコンパクト筐体に、minilogue直系の音源回路を搭載したモノ仕様のアナログ・シンセサイザーです。minilogue直系の音源回路と言っても、フィルターなどは新設計の回路に換装され、音の存在感や“図太さ”が重視されるモノ・シンセに特化した設計になっているのがポイント。モーション・シーケンスのステップ入力(!)も可能になるなど、シーケンサーも大幅に強化され、かのAphex Twinのアイディアでマイクロチューニング機能も装備しています。
5色用意されたカラー・バリエーションも物欲をそそる、コルグ渾身のアナログ・シンセサイザー「monologue」。ICONでは開発者のみなさんに、そのコンセプトと完成に至るまでの経緯について話を伺いました。取材に応じてくださったのは、コルグ 開発部の高橋達也氏と同じく開発部の山田嘉人氏、そして商品企画室の小林匡輔氏の3氏です(なお、海外のWebメディアの記事で、高橋氏がコルグを退職されたというニュースを見た人も多いと思いますが、氏は今後もアドバイザーとしてコルグのシンセサイザー開発に関わっていくとのこと。きっと今回お話を伺った山田氏や小林氏とともに、今後もあっと驚くシンセサイザーを生み出してくれることでしょう)。
モノ・シンセならではのサウンド、おもしろさが詰まった「monologue」
——— まずは「monologue」開発のスタート・ポイントからおしえてください。minilogueのモノ・バージョンというところから開発はスタートしたのですか?
高橋 そうですね。単純にminilogueを小さく軽くしたモノ・バージョンを作ろうといったところからプロジェクトはスタートしました。しかしminilogueはポリフォニックに特化した音作りになっているので、そのままモノにしたのでは音的に弱いということでフィルターを違うものに変えたりとか、ステップ・シーケンサーなどもパワー・アップしたりして、結果的にminilogueとはかなり性格が異なるシンセになりましたね。
——— 「monologue」をminilogueのモノ・バージョンと捉えている人も多いと思うのですが、音源部はかなり違うのですか?
高橋 違いますね。minilogueはボイスが気持ち良く重なるようにフィルターを調整していて、完全にポリ・シンセに合わせたチューニングになっているんです。その結果、幅広い用途で使える器用なシンセになったと思うのですが、1ボイスの存在感というか、音の“刺さる感じ”は少し薄いかなと。なので今回の「monologue」では、minilogueで抑えた部分をそのままにしようと思ったんです。実際に回路を設計したのは山田くんなんですが。
山田 minilogueの音源部は、何か叩き台があったわけではなく、完全にスクラッチから高橋が開発したんですけど、その回路図を渡されて“これを元にモノ・シンセを作ってくれ”と言われまして(笑)。最初の半年くらいは、ああでもないこうでもないと言いながら一人でやっていました。
——— minilogueと「monologue」の音源部の違いについておしえてください。
高橋 オシレーターに関しては、基本的に同じです。違うのはフィルター回路と、ドライブ回路が追加されている点ですね。
山田 minilogueを音色面で支配していたのがフィルターだったので、まずはその部分を作り直すことにしたんです。
高橋 minilogueの4ポール・フィルターは、ノートン・アンプ(註:電流差動型のOPアンプ)を使った設計になっていて、専門用語で言うと“カスケーデッド・インテグレーター”というタイプの回路なんです。複数ボイスの馴染みが良く、なめらかでシルキーな音にしたかったので、その回路を採用したんですが、シンセではあまり一般的ではないですね。
山田 それを「monologue」では、ステート・バリアブル・フィルターの変形というか、少しチューニングした回路に替えました。使っている素子はOTAで、回路自体はアナログ・シンセでは定番のものだと思います。スペック的には、12dB/octの2ポール・フィルターですね。minilogueのフィルターと違うのは、レゾナンスを上げていっても音色があまり変化しないところ。レゾナンスって、言ってみればフィードバックのようなものなので、普通のフィルター回路では少なからず音色が変化してしまうんですけど、「monologue」のフィルターは比較的音色変化が少ないのが特徴ですね。また、低域の太さを保ったままセルフ・オシレーションまで持っていけるんですけど、発振が近づくに従って、波形がやや歪み気味のダーティーな感じになるのもポイントです。
高橋 ひとことで言うなら、低域を大事にしたフィルターですね。モノ・シンセなんだから、ローがガンガンこないとダメでしょ?という(笑)。
山田 アナログ・シンセでは定番のフィルターと言いましたが、元の回路のタイプは同じでも実装の仕方によって出音は激変するんですよ。それがアナログ・シンセ開発のおもしろさなんです。
——— minilogueと基本同じというオシレーターは、どんな特徴があるんですか?
高橋 一番の特徴は、“SHAPE”というパラメーターが用意されているところですかね。“SHAPE”を操作することによって、矩形波のパルス幅を変えるような感覚で、鋸波や三角波を変形させることができるんです。音色の変化をフィルターに依存してしまうのではなく、音の発生源から変化させられるようにしようと。アナログ回路のオシレーターで、ここまで波形を変えられるものはなかなかないんじゃないかと思います。
山田 波形の変化は、有機ELディスプレイで視覚的に確認することができます。オシレーターも設計し直しても良かったんですが、minilogueがとてもよく出来ていたので、今回は同じオシレーターを使って、他の回路で差別化を図るというアプローチで開発を行いました。
——— 新たに備わったドライブ回路で音を歪ませることもできるようになっていますが、いわゆるディストーションとは違う歪み方ですよね。
山田 そうですね。ディストーションというのは意外と難しいエフェクトで、深くかけるとどんな波形でも似たような音になってしまうんですよ。また、ギター用のオーバードライブ回路も、真空管アンプの特性をシミュレートするために実はかなりEQがかかっているので、それをそのままシンセにかけてしまうと、汚いジャリジャリとした音になってしまう。シンセのおいしい部分がなくなってしまうんです。「monologue」のドライブ回路は、モノ・シンセに合った特性になっていて、かかりを強くすると下の方から膨れてくるのが特徴ですね。ドライブ回路によって、フィルターのレゾナンスも上手く丸まってくれます。
高橋 ドライブを上げると、すごく良い感じでローが持ち上がるんです。
——— モジュレーターは、EGとLFOが1基ずつ備わっていますが、このあたりもminilogueとは違うのですか?
山田 EGはデジタル制御で、内部的にはminilogueと同じなのですが、パラメーターがシンプルになっています。具体的には3種類のプリセット・カーブの中から任意のものを選んで、アタックとディケイを調整するという感じですね。最初、音作りの幅が狭まってしまうかなと少し心配だったんですが、実際にはパラメーターの数が少ないからかパッパッと操作ができて、頭の中にあるイメージを素早く音にすることができますね。音作りのスピードが上がると思います。
高橋 あんまり頭を使わないで済むんです(笑)。シンセの音色は、7〜8割は3種類のプリセット・カーブに当てはまりますから。
山田 プリセット・カーブの上2つはアンプ・エンベロープとモジュレーターを兼ねていて、一番下はモジュレーターとしてだけ機能するようになっています。
高橋 そしてLFOは、波形はminilogueと一緒なのですが、スピードが10倍以上になっています(笑)。これによって音作りの幅がかなり広くなっていますね。先ほど話に出たオシレーターの“SHAPE”を変調してもおもしろいと思いますよ。
さらに進化したステップ・シーケンサーと、Aphex Twinが開発に関わったマイクロチューニング機能
——— ステップ・シーケンサーはどのあたりが強化されているのですか?
高橋 minilogueでは8個だったフィジカル・ボタンを、「monologue」では16個すべて表に出して即興性を上げました。1小節のステップ数はどちらも16なんですけど、minilogueではフィジカル・ボタンを2周する感じだったんです。
機能面で一番大きいのは、モーション・シーケンスですね。minilogueでは、モーション・シーケンスをリアルタイムでしか記録できなかったんですが、「monologue」ではフィジカル・ボタンを押すことによって、任意のステップに固定値を入力できるようになりました。もちろん、引き続きリアルタイムでの記録にも対応しているので、まずはシーケンスを走らせながらリアルタイムに記録して、後で特定のステップの値を設定するという使い方ができます。
——— モーション・シ−ケンスの解像度についておしえてください。
山田 minilogue、「monologue」ともに4種類のパラメーターをシーケンスできるんですが、時間軸の1小節あたりの分解能はminilogueが16だったのに対し、「monologue」では4倍の64になっています。これによって非常に滑らかなパラメーター変化になっていますね。パラメーター値の解像度は最大1,024ですが、パラメーターによってフル・レンジの解像度を持っているものとそうでないものがあります。
——— モーション・シーケンスできないパラメーターもあるのですか?
高橋 マスター・ボリュームとテンポくらいです。オシレーター波形もモーション・シーケンスできるので、ステップごとに波形を変えたり、一瞬だけノイズにしたりすることもできます(笑)。
山田 鍵盤でモーション・シーケンスを再生できるキー・トリガーも「monologue」で追加した新しい機能ですね。ただ単にシーケンスをトリガーするだけでなく、トランスポーズさせることもできます。
高橋 本当に「monologue」のステップ・シーケンサーは強力ですよ。もちろんminilogue同様、すべてのノブはCCを出力するので、パラメーターをDAWでコントロールすることもできます。
——— そして「monologue」の隠れたフィーチャーと言えるのが、音律を自由に設定できるマイクロチューニング機能です。かなりマニアックな機能という感じですが、なぜ「monologue」にマイクロチューニングを搭載しようと思ったのですか?
高橋 きっかけはAphex Twinなんです。minilogueを発表した直後に、Aphex Twinから突然、“すごく良いシンセだと思うけど、マイクロチューニングを付けることはできないのか”という連絡がありまして(笑)。別にマイクロチューニングの実装自体は難しくなかったんですけど、マスに向けた機能ではないなと思ったので、“カスタムでできるようにしてあげるよ”と返事をしたらすごく喜んでくれて。それでMIDIのピッチ・ベンドを利用してマイクロチューニングができるMIDI変換ボックスを作ったんですが、彼のスタジオに送る前に試してみたら想像以上におもしろかったんです(笑)。“うわ、マイクロチューニングってこんなにおもしろいんだ”って。これはマスに広めるだけの価値のある機能だなと思い、「monologue」に搭載した感じですね。Aphex Twinにプリセット音色のチューニング制作を依頼したら、“喜んで!”とノッてやってくれましたよ。30個のプリセット音色と6個のプリセット・スケールがAphex Twinによるものです。
——— この価格帯のシンセでマイクロチューニングに対応したものってなかなかないですよね。
高橋 昔は一般的な機能だったと思うんですけど、最近はハイ・エンドのシンセでしかできないですね。たとえできたとしても、1オクターブを50分割したような特殊な音律はできなかったりとか。その点「monologue」は、128ノートすべてに任意の音程を設定して、細かいセント調整もできるようになっています。やろうと思えば、鍵盤の高低をひっくり返すこともできる(笑)。ここまで自由度があるものは少ないと思います。
山田 Aphex Twinが作ったものなど、20種類のプリセットが搭載されていますので、まずはそれでマイクロチューニングのおもしろさを味わっていただきたいですね。
——— 文章では今ひとつそのおもしろさが伝わらなさそうですね。
高橋 そうかもしれないですね。ぜひ実際に試していただきたいんですが、マイクロチューニングってちょっとずらすだけで雰囲気がガラリと変わるんですよ。同じシーケンスを走らせながら、少しずらしただけで楽曲の表情がまったく別のものになるというか。シーケンスを構成する音のそれぞれの意味がマイクロチューニングによって変わるのがおもしろいんです。この機能を使うと、いかに自分が平均律に縛られていたか気づかされますよ。ぼくは鍵盤を弾かないんですけど、それでも平均律に縛られていたことをすごく感じますね。
5色のカラー・バリエーションは、アルマイト処理によって独特の色味を実現
——— 「monologue」、デザインがすごく良いですよね。凝縮感があって、所有欲を掻き立てられるデザインだと思います。
小林 単純にminilogueを小さくしただけのデザインにはしたくなかったんです。minilogueはパネルがカーブしているんですけど、いろいろな案を検討した結果、「monologue」には直線的なデザインが合っているなと。その方がコンパクトさが強調されると思ったんです。minilogueにあったパネルの周囲の余白をなくし、できるだけ薄くしています。でもパッと見て、minilogueの兄弟ということが分かるように、アルミ・パネルの1枚板感や背面の木はそのままにしてあります。
高橋 音の雰囲気が伝わるデザインですよね。小さいけど凶暴、やんちゃな感じが上手く出ているなと。小林くんには実機の音を聴かせてなかったのに不思議です(笑)。
——— 5色カラバリがあるのもいいですね。
高橋 カラバリ・モデルって、限定とかで後から発売になることが多いと思うんですけど、我々が感謝しなければならないのは最初に購入してくださるユーザーさんなんですよ。だから後から魅力的なものを出すのではなくて、最初から選択肢を用意しようと思ったんです。
小林 色に関しては、できるだけ多くの人に満足いただけるように慎重にチョイスしました。
——— すべて色味が独特ですね。
小林 今回もminilogueと同様、ブラストしてからアルマイト加工してあるので、金属独特の光沢があって、光や角度によって見え方もかなり違うと思います。
高橋 写真だとこの感じがなかなか伝わらないですよね。今回、業者にアルマイトとブラストのマトリクスを作ってもらって、ベストな色味を新調に選びました。単純な塗装と違って、色が剥がれないのもポイントです。
山田 色に金属っぽい深みがありますよね。
小林 ダーク・ブルーは、Mono/Polyとか昔のコルグ・シンセの色を意識しています。
山田 人気の色は国によって違いそうですけど、日本ではダーク・ブルーが人気が出そうですね。
——— 鍵盤がCではなく、Eから始まっているのもおもしろいなと思いました。
山田 最初は普通にCから始まる2オクターブだったんです。でもそれを機構担当に見せたら、“ベースで活躍するモノ・シンセなのに、Cから始まるなんてあり得ない”と言われてしまいまして(笑)。その機構担当はベース・プレーヤーだったんです(笑)。
高橋 クラブでキックと一緒に最も良く鳴る音階がFとかF#だったりするので、この鍵盤は正解だと思います。
——— これだけのアナログ・シンセを電池駆動できるようにするのは大変だったのではないですか?
山田 minilogueは単純に「monologue」の4倍電気を食うので難しかったんですけど、今回はモノ・シンセだったので何とか電池駆動させることができました。アルカリ乾電池6本で6時間くらいは使えると思います。
——— 開発にあたって苦労した点というと?
山田 minilogueはすべてがスクラッチだったので、産みの苦しみというか、暗闇の中を進むような感じで大変だったんですけど、今回はそれほど苦労はありませんでしたね。むしろ楽しく完成まで持っていけました。
高橋 強いて言うならデザインですかね。ぼくが手がけたわけではないですけど、このサイズでカッコいいデザインに仕上げるというのは難しかったんじゃないかと思います。
——— これからショップで実機をチェックする人に、“ここを注目してほしい”というのがあればおしえてください。
高橋 やっぱり一番は音ですね。minilogueも4音重ねることで分厚い音を出すことができるんですが、「monologue」は1音で分厚いガツンとした音が出ますから。ドライブ回路を上手く使えば、音にリッチさを加えることもできますし。フィルターの歪みもいい感じですし、すごく音に説得力のあるシンセに仕上がったと思います。
——— 見た目の割に凶暴な音がするシンセですよね。
高橋 パラメーターの設定範囲をまったくセーブしていませんからね(笑)。昔のmonotribeもLFOを数kHzまで上げられたり、その極端さがおもしろかったりしたんですけど、それを今回「monologue」には上手く引き継げたんじゃないかと思っています。シーケンサーもよく出来ていますし、シンセ好きの方はぜひチェックしていただきたいですね。
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