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映画『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の音響制作 〜 サウンド・デザイナー:ウィル・ファイルズ氏インタビュー
2015年12月に公開された『スター・ウォーズ』シリーズの7作目、映画『スター・ウォーズ/フォースの覚醒(原題:Star Wars: The Force Awakens)』。The Walt Disney CompanyがLucasfilm買収後に初めて製作した『スター・ウォーズ』ということもあり、劇場公開時には世界的に大きな話題になりました。その『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』にサウンド・デザイナーの一人として関わり、特に予告編の音響制作で大きな役割を果たしたのが、Skywalker Soundのウィル・ファイルズ(Will Files)氏です。ICONでは、劇場公開直前に『Inter BEE 2015』のAvidブースでのセミナーに登壇するために来日したウィル・ファイルズ氏にインタビュー。本編のサウンドに関しては、上映前のため一切お話できないとのことでしたが、今作の音響制作に参加することになった経緯や、J・J・エイブラムス(J.J. Abrams)監督とのやり取り、そしてYouTubeで再生回数1億回を超えた予告編の音響制作について、じっくり話を伺うことができました。ハリウッドでは一体どのような体制で音響制作が行われているのか、貴重な情報が詰まった記事になっていると思います。映画の音響制作に興味のある方は、ぜひご一読ください。
サウンド・デザイナーというのは、音で映画のシーンを表現できる凄くクリエイティブな仕事
——— 『Inter BEE』のAvidブースでのデモンストレーションは、もの凄い人だかりでしたね。
WF 日本のみなさんが『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』をどれだけ楽しみにしているかが分かりましたよ。大勢の人たちを前にいろいろな話ができて、とても楽しい時間でした。私はこういうイベントでデモンストレーションをするのが大好きなんです。デモンストレーションの最後には、みなさんから質問を受け付けるでしょう? 会場によって違う興味深い質問が出るので、それに答えるのが好きなんですよ(笑)。
——— 日本には何度か来られたことがあるのですか?
WF 2年前の『Inter BEE』でもAvidブースでデモンストレーションを行いました。そのときの題材は『スター・トレック イントゥ・ダークネス』で、監督は今回と同じJ・J(J・J・エイブラムス)です。
——— ウィルさんはハリウッドで、“最も優秀で才能のある35歳以下の職人”と非常に高く評価されています。既に権威あるゴールデン・リール賞も獲得されていますが、まずはその経歴からおしえていただけますか。
WF 私は小さい頃から映画の大ファンで、学生時代はあらゆるジャンルの作品を見まくっていました。だから大学は映画関連の学校に進学したいと思ったんです。でも当時の私は音響にはあまり興味がなく、大学では映像を学びたいと思っていたんですけどね(笑)。それで大学に進学し、映画製作について総合的に学び始めたんですが、その過程でサウンド・デザイナーという職種があることを知りました。映像に合った音を作るサウンド・デザイナーはとてもおもしろそうな仕事だと思い、そこから映画音響について勉強し始めたのです。そしてあるカンファレンスでランディ・トム(Randy Thom)の講義を受けて感銘を受け、事務所を介して彼に連絡を取ったところ、Skywalker Soundでインターンとして働かせてもらえることになったんです。ランディのことはご存じかと思いますが、『スター・ウォーズ』や『Mr.インクレディブル』といった作品の音響を手がけたサウンド・デザイナーの大御所です。Skywalker Soundでは彼の元でアシスタントとして何年か働き、次第にいろいろな仕事を任されるようになりました。そして念願だったSkywalker Soundの一員となることができたのです。
——— サウンド・デザイナーという職種のどのあたりに惹かれたのでしょうか。
WF 凄くクリエイティブな仕事だなと思ったんです。音で映画の1シーンを表現できるわけですから。特に『スター・ウォーズ』のような作品の場合は、サウンド・デザイナーのクリエイティビティが重要になってきます。ただ、Skywalker Soundで仕事をするようになり、私の師匠であるランディはサウンド・デザインとミキシングの両方を手がける人だったので、その仕事ぶりを見て、私も両方できるようになりたいと思いました。ですから今は、サウンド・デザイナー/リレコーディング・ミキサーとして両方の仕事をこなしています。
——— 学生時代は映画を見まくっていたとのことですが、特に好きだった作品をおしえてください。
WF たくさんありますよ。『スター・ウォーズ』の最初の二作(『新たなる希望』と『帝国の逆襲』)は大好きですし、『インディ・ジョーンズ』シリーズ、『ブレードランナー』、『シャイニング』といった作品はマイ・フェイヴァリットです。
『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』規模の作品の場合、SE担当とダイアログ担当、2人のスーパーヴァイジング・サウンド・エディターがいる
——— ハリウッドで製作される映画は、非常に多くのスタッフが関わっていることは有名ですが、音響制作に関してもその仕事はかなり細分化されていると聞きます。エンド・ロールを見ると、日本には無い肩書きもあったりするのですが、そのチーム編成について簡単におしえていただけますか。
WF 今回の『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』規模の作品ですと、スーパーヴァイジング・サウンド・エディター(Supervising Sound Editor)が2人います。スーパーヴァイジング・サウンド・エディターは音響チームの中心となり、予算やスケジュールの管理なども行います。監督がイメージするサウンドを理解し、そのイメージに沿って音響チーム全体が進むべき針路を示すというのも重要な役割です。そして今回のような作品では通常、1人がSEを担当し、もう1人がダイアログ(台詞)を担当します。SE担当のスーパーヴァイジング・サウンド・エディターがサウンド・デザイナーを兼ねるというのもハリウッドの慣習ですね。その他、イメージに沿って実際に音を制作するサウンド・デザイナー(Sound Designer)、アフレコの収録を行うADRレコーディスト(ADR Recordist)、ステム・ミックスを作成するサウンド・ミキサー/ADRミキサー(Sound Mixer/ADR Mixer)、ファイナル・ダビングを行うリレコーディング・ミキサー(Re-Recording Mixer)など、たくさんのスタッフの手によって映画の音響は作られていきます。
——— 今回の『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』では、サウンド・デザイナーは何人関わっているのですか?
WF 4人です。
——— サウンド・デザイナーがステム・ミックスを作ることはないのですか?
WF 古典的な定義では、サウンド・デザイナーはSEなどの音響制作が主な仕事です。しかしながらハリウッドでは近年、サウンド・デザイナーが音の構成を組み上げたり、またステム・ミックスを作ることも多くなっています。もちろん、純粋にSEだけを作ることもありますが、最近はサウンド・デザイナーはそれ以上の仕事をするのが当たり前になっていますね。私個人のことを言えば、スーパーヴァイズからサウンド・デザイン、ファイナル・ダビングまで、音に関するほとんどの工程をこなすこともあります(笑)。
——— 『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』のような大作になると、リレコーディング・ミキサーも複数関わるのですか?
WF そのとおりです。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』のダビングは、アンディ・ネルソン(Andy Nelson)を中心に複数のリレコーディング・ミキサーが手がけています。リレコーディング・ミキサーというのは、言ってしまえばダビング・ミキサーのことです。膨大な数のトラックをどんどん減らしていくのが仕事であるため、ハリウッドではリレコーディング・ミキサーという呼び方が定着していますね。
——— 監督と一番やり取りをするのはスーパーヴァイジング・サウンド・エディターですか?
WF そうですね。スーパーヴァイジング・サウンド・エディターとリレコーディング・ミキサーが監督に最も近いところにいます。
——— サウンド・デザイナーやサウンド・ミキサーには、スーパーヴァイジング・サウンド・エディターを介して監督のイメージが伝えられると。
WF 一般的にはそうですが、既に監督との関係が出来上がっているサウンド・デザイナーは、直接話をすることもあります。今回の私とJ・Jのケースがそうですね。
——— J・J・エイブラムスは、どのような映画監督ですか?
WF 私にとっては、一緒に仕事をするのがとても楽しい監督のうちの一人です。もしかしたら最も楽しい監督かもしれません。ただ、彼との仕事はとてもチャレンジングでもあります。
ルーク3部作のフィールを保ちつつモダンなサウンドに仕上げるというのが今回のコンセプト
——— ここからは本題の『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』について話を伺いたいと思います。依頼はいつくらいにあったのですか?
WF 約1年前のことです。J・Jの事務所から連絡があり、最初の予告編を手伝ってくれないかというオファーがあったんです。ご存じかと思いますが、ハリウッド作品では予告編はかなり重要なので、それだけのために大きな予算が投じられます。特に『スター・ウォーズ』のような作品になると、予告編はいくつかのバリエーションが製作されますが、J・Jは最初に公開される予告編が非常に重要であると考えていました。
——— それはなぜですか?
WF 『スター・ウォーズ』の新作は、世界中のファンが首を長くして待ち望んでいる作品です。ですからJ・Jは、最初の予告編で、世界中の人たちから信頼を得るのが重要だと考えたんです。最初に公開される予告編で、世界中のファンの期待を裏切らない作品であるということを印象づける必要があったんです。
——— そんな重要な最初の予告編の仕事を依頼されたということは、ウィルさんはJ・J・エイブラムスからの信頼が厚いということですね。
WF 彼とは何度か仕事を一緒にしているので、お互い信頼関係ができているのです。予告編の仕事に関して、最初はダビングだけを行う予定だったんですが、すぐにスーパーヴァイズやサウンド・デザインも手がけるようになりました。J・Jは最初の予告編の製作に入る際、かなりナーバスになっていたんですが、一緒に仕事をしたことがある私が深く関わるようになり、少し気分がラクになったようです。
——— それでは実際の作業について細かく話を訊かせてください。最初にJ・J・エイブラムスからは音のイメージについてどのような話がありましたか?
WF 彼が私に最初に言ったのは、最初の3部作(ルーク3部作)のフィールをとにかく大事にしたいということでした。彼は今回の作品で、最初の3部作のすばらしさを世界中のファンと共有したいと考えたのです。オリジナル『スター・ウォーズ』のフィールを保ちつつ、モダンなサウンドに仕上げる。それが今回の音のコンセプトでした。
私は今回の仕事に取りかかる前、最初の3部作を何度も見直しました。その目的は何か新しいアイディアを得るためではなく、最初の3部作のフィーリングを今一度感じ取りたかったのです。そこで分かったのは、想像以上に音の構成がシンプルであるということでした。一度にそれほど多くの音は鳴りません。それはある種、日本食にも通じるサウンド・デザインだと思います。使用する素材は少ないが、それぞれは高品質。それに対して、最近の映画はもの凄くたくさんの音が鳴り、一つ一つの音は埋もれてしまっています。私は最初の3部作を見直すことで、あのフィーリングを再度感じるのと同時に、インスピレーションを得ることもできました。
——— 最初の3部作のフィールを保つため、具体的にどのようなプロダクションを行ったのですか?
WF ここからお話しするのは、予告編のプロダクションに関してです。本編に関しては、まだ上映前であるため、少しもお話しすることはできません。
J・Jは今回の作品で、最初の3部作で使用されたSEやサウンドをできるだけ多く活用しようと考えました。サウンドというのは、『スター・ウォーズ』の世界観を構築する上で、とても大切な要素です。ライトセーバーの音やダース・ベイダーの息づかいと言えば、ファンならすぐにイメージできるのではないでしょうか。最初の3部作の世界観を醸し出すには、実際に使用されたSEやサウンドを再利用するのが早道なのではないかと考えたのです。
——— エピソード1〜3でも最初の3部作のサウンドは使用されているのですか?
WF アナキン3部作でも最初の3部作のサウンドは使われていますが、それほど多くはありません。なぜなら、アナキン3部作と最初の3部作では、登場するキャラクターや戦闘機、武器などで共通するものは少なく、時代背景もかなり違いますからね。
——— 旧作で使用されたサウンドは、アーカイヴ化されているのですか?
WF Skywalker Soundでは、過去の作品で使用したサウンドがライブラリーとしてすべてアーカイヴ化されています。ですから、そういったサウンドを再利用をするのは簡単なのですが、今回はより高品位な音を求め、オリジナルの1/4インチ・マスター・テープから取り込み直すことにしました。そして新たに取り込んだ音を丁寧にリマスターして使用したのです。
——— 具体的にはどのようなシステムを使用して、マスター・テープの音を取り込みましたか?
WF Skywalker Soundではレストレーション専門のチームが組織されており、実作業を行ったのは彼らですが、最高品質のテープ・レコーダーを使って、Avid Pro Tools|HDXシステムに取り込みました。ADコンバーターはAvid HD I/Oで、フォーマットは24bit/192kHzです。ミックスやダビングといった作業は24bit/48kHzで行うのですが、レコーディングする際はなるべく96kHzや192kHzといったハイ・サンプル・レートで行います。なぜなら、Pro Toolsに取り込んだ後にタイム・ストレッチしたりして音を加工するので、その際の劣化のことを考えると、できるだけ高いサンプル・レートで取り込んでおいた方がいいんです。
——— ミックスやダビングはハイ・サンプル・レートではなく48kHzで行われるんですね。
WF 映画はとにかくたくさんのトラックを使用しますからね。HarrisonやAMS Neveといったダビング用コンソールとの互換性を考えても48kHzの方がいいですし、現状フィルムを配信するまでのインフラも48kHzで統一されています。デジタル・シネマでは96kHzをはじめとするハイ・サンプル・レートにも対応していますが、現状ほとんど使われていません。また、安全性という点でも48kHzにはアドバンテージがあります。しかし個人的には、いずれハイ・サンプル・レートで作業できるようになったらと思っています。
——— 取り込んだ後に行ったというリマスター作業についておしえてください。
WF レストレーション作業が主になります。具体的には、iZotope RXといったツールを使って、音を丁寧にレストレーションしていきました。
サウンド・デザインの基本はレイヤーで、タイム・ストレッチ、ピッチ・シフト、リバースの3つが基本かつパワフルな処理となる
——— 取り込んだ旧作のサウンドを元に、その後はどのような作業が行われたのですか?
WF 例えば、ミレニアム・ファルコンがワープするシーン(1:09〜)。これまでこのシーンでは、コックピット視点で作られたSEが使われていましたが、今回は視点を変え、外側からの視点で新しいSEを作ってみることにしました。そこで従来のSEに新しいサウンドを組み合わせることで、これまでのイメージを保ちつつモダンな音に仕上げたのです。具体的には旧作のSEに、ライトセーバーのために作ったSEや風の音などをレイヤーさせています。新しいSEは、ライトセーバーではイマイチだったんですが、ミレニアム・ファルコンがワープするシーンで使ってみたらバッチリだったんですよ。他の箇所で使ってみたらバッチリだったというのは、映画の音響制作ではよくあることです(笑)。あと、風の音も重要ですね。宇宙には風など存在しないので、実際にはあり得ないサウンドになっているんですが、このシーンにはとてもマッチしています。
——— これまでと視点を変えたというのがおもしろいですね。
WF その結果、ミックスの中でとても映えた音になっています。なぜこの音が映えて聴こえるのかと言えば、それは音楽的なSEだからでしょう。音楽性が感じられるSEというのはとてもユニークだと思います。
——— 複数の音を組み合わせることがサウンド・デザインの基本になるのでしょうか?
WF サウンド・デザインの基本はレイヤーです。劇中で聴くことができるほぼすべてのサウンドは、複数の音のレイヤーで成り立っています。レイヤーする必要がないような音も、少しスピードを変化させた音を重ねることで、より大きなサウンドが得られたりします。
——— レイヤー以外のサウンド・デザインの手法についておしえてください。
WF タイム・ストレッチ、ピッチ・シフト、そしてリバース。この3つが最も基本かつパワフルな音処理と言えると思います。そしてさらにプラグインなどを使って、元の音が何なのか分からなくなるくらい加工することもあります。
サウンド・デザインで重要なのは、頭の中に浮かんだイメージをいかに具現化するかということです。もちろん監督からリクエストを貰うこともあります。“もっと怖い音がいい”とか、“楽しくなる感じ”とか……。時には“金属的な音にしてほしい”と具体的なことを言われることもあります。そういった監督のイメージを忠実に具体化するというのもサウンド・デザイナーに課せられた仕事です。
——— 旧作のサウンドを活用せず、ゼロからもたくさんの音を作られたわけですよね?
WF もちろんです。今作から新たに登場する戦闘機や武器、ドロイドがたくさんあったので、それらのサウンドはゼロから作る必要がありました。
——— 今回の作品では、どれくらいのSEが使われているのですか?
WF 私にも分かりません(笑)。数千、数万もの音が使われているはずです。少なくとも私は千数百の音を作りました。
——— 今回作った音で、特に気に入っているものはありますか?
WF 先ほど紹介したミレニアム・ファルコンがワープするときのSEはとても気に入っていますが、一番のお気に入りは新型ドロイド、BB-8の音です(1:40〜)。なぜかと言うと、その音がBB-8というキャラクターの個性を表しているからです。しかし、ああいうキャラクターの音を作るのは大変プレッシャーのかかる仕事でもあります。キャラクターに合った音を作らなければなりませんからね。音によって、そのキャラクターを見たときの人の感情はかなり変わってきますから。
それとライトセーバーのSEも気に入っています(1:37〜)。あの新しいライトセーバーのSEのキーワードは、“危険・パワフル・不完全”でした。危険で、何かうまくいっていない音。不完全であることが危険な音に繋がるというのはJ・Jのアイディアで、なおかつ動きに合わせてとてもパワフルな音に仕上げています。まるで動物が怒っているかのようなSEで、ちょっと爆発音にも似た感じですね。
耳に痛くないサウンドに仕上げるため、Avid Pro Multiband Dynamicsを使って中域を抑える
——— 予告編は、もの哀しいピアノの音で始まるのが印象的です。
WF 予告編の製作が始まった段階で、クラシックな『スター・ウォーズ』のテーマ曲を解体して組み替えようというアイディアがありました。そこで孤独感漂う哀しいピアノの音でスタートすることにしたのです(0:01〜)。『スター・ウォーズ』で、このようなピアノの音が使われるのは珍しいのではないでしょうか。私は冒頭のシーンで、何も存在しない広い空間を表現しようと考えました。ミステリアスな雰囲気を醸し出すことによって、見る人を引きこもうと考えたのです。そしてこのミステリアスな雰囲気によって、次のシーンのインパクトがより強いものになっています。
ピアノにはリバーブ音をレイヤーして、残響がフェード・インするようなオートメーションを書いています。これによって、リバーブ・テイルが踊っているような感覚を作り、始まりの雰囲気が持続するようにしています。
——— そして『スター・ウォーズ』らしいオーケストラが加わっていきますね(0:40〜)。
WF 我々は今回、予告編のためだけにオーケストラのレコーディングを行いました。ロンドンのスタジオに出向き、弦楽器、管楽器、コーラスのレコーディングを行ったんです。ただ、このオーケストラのサウンドは生楽器だけで構成されているわけではありません。実際にはサンプルも使用されているのです。具体的にはトランペットにサンプルが使用されています。とてもシンプルなフレーズなんですが、人間では吹くことができない長さが必要だったため、サンプルを使用することにしました。また強いインパクトを加えるため、サンプルのパーカッションも使用しています。
オーケストラ・パートには、ソロのボーカルも入っています。ボーカルに関しては、天使の声のようなイメージで仕上げました。また、最後の方では太鼓のサンプルも使用しています。ジョン・ウィリアムズのスコアに太鼓の音を加えることで、より大きなスケール感のあるムービー・サウンドに仕上げたんです。
——— 予告編のミックスでは、ダイアログの処理も重要になってくるのではないでしょうか?
WF おっしゃるとおりです。ただ、ダイアログのミックスは予告編と本編では少し異なります。予告編の音量は全体に大きく、サウンド全体の中でのダイアログの立ち位置が本編とは微妙に異なるのです。つまり、本編以上に細かいダイナミック・レンジの調整が必要になるということです。私がダイアログを処理する際、定番的に使用しているツールがいくつかあります。
まず、すべてのダイアログ・トラックには最初にAvid Channel Stripをインサートします。Avid Channel Stripは、EQ、ダイナミクス、フィルター、ゲイン・コントロールといったプロセッサーが統合されたチャンネル・ストリップですが、なぜこのプラグインを使うのかと言えば、System 5の時代から非常に使い慣れているからです。そのニュートラルでクリアな音質もとても気に入っています。また、Avid Channel StripはDSPの消費量が少ないので、多くのトラックにインサートすることができます。実際、予告編のセッションでもほとんどのトラックにAvid Channel Stripがインサートしてありますが、HDXカード1枚でまかなえています。
——— Avid Channel Stripではどのような処理を行うのですか?
WF 最初にハイパス・フィルターとローパス・フィルターを使って、ダイアログに重要ではない帯域を削り落とします。具体的にはハイパス・フィルターを使って約60Hz以下の帯域、ローパス・フィルターを使って約12kHz以上の帯域をカットします。この処理によって、風の音やマイクが何かにぶつかってしまったノイズなどを取り除くことができます。
そしてコンプレッサーを使って声を整えます。私の場合、レシオは1:3、スレッショルドは少々高め、そしてニーを使うというのが基本のセッティングで、ここから微調整していきます。ニーを使うことによって、より穏やかなコンプレッションを得ることができるのです。
コンプレッサーを使うことによって耳障りな歯擦音も持ち上がってしまうので、そのポイントはEQを使ってカットします。歯擦音は小さなスピーカーでは気にならなくても、劇場で聴くととても耳障りですからね。場合によっては、Avid Dynamics IIIのDe-Esserで歯擦音をコントロールすることもあります。Avid Dynamics IIIのDe-Esserはとてもシンプルなプラグインですが、耳障りな帯域にしっかり反応してくれるのがいいんです。大体7kHzあたりをコントロールして、声に合わせてレンジを変化させます。
予告編も本編同様、大きく迫力のあるサウンドに仕上げる必要があるのですが、同時に耳障りでない音に仕上げる必要があります。予告編の音が耳障りだったら、誰もその映画を見たいとは思わないでしょうからね。
耳に痛くないサウンドに仕上げるために活躍ツールが、マルチバンド・ダイナミクスです。マルチバンド・ダイナミクスは各社からいろいろ出ていますが、私が個人的に気に入っているのは、Avid Pro Multiband Dynamicsです。Avid Pro Multiband Dynamicsはとてもパワフルなプラグインなのですが、使い勝手はシンプルな点が気に入っています。Avid Pro Multiband Dynamicsを使ってどのような処理を行うのかというと、低周波数帯域はコンプレッションせずに、中域にのみ深くコンプレッションをかけ、高域は緩やかに処理をします。ミッド・レンジが最も耳障りな帯域なので、その部分をAvid Pro Multiband Dynamicsで抑えているわけですが、それによってダイアログの響きがより豊かなものになります。その効果は、ハリソン・フォードの声(1:04〜)でよく分かりますね。
——— Avid純正のプラグインが最も多用されるのでしょうか?
WF そうですね。他にもAvid ReVibe IIやAvid Pro Subharmonicといったプラグインを愛用しています。Avidのプラグインは高性能なのはもちろんですが、システム間の互換性を維持できる点でも有利なのです。ほぼすべてのプラグインは、DSP版とネイティブ版の両方が用意されているため、スタジオの大規模なシステムとノート型パソコンの両方で使うことができます。
——— Pro Tools|HDXシステム環境では、DSP版の使用が基本になるのでしょうか?
WF Pro Toolsの大きなアドバンテージは、トラックの種類によってDSP版とネイティブ版を使い分けられる点です。例えば私の場合、オーディオ・トラックでは大抵、ネイティブ版のプラグインを使用します。なぜなら、オーディオ・トラックでは既にボイスを消費してしまっているからです。一方、AUXトラックやマスター・トラックではDSP版のプラグインを使用します。なぜならそれらのトラックは、最初からDSPを消費してしまうタイプのトラックだからです。この使い分けによってボイスの無駄な消費を避けることができ、結果的にレーテンシーも抑えることが可能になります。
ハリウッドの音響制作では欠くことのできないツール、Pro Tools|HDXシステムとS6
——— ファイナル・ダビングは、どのようなシステムで行われたのですか?
WF 本編では、ダイアログ、音楽、SE、フォーリーなどを合わせると数千のトラックを再生しなければならなかったため、HDXカードを複数枚装着した大規模なPro Tools|HDXシステムを少なくとも6台は使用したと思います。ミックスは、AMS Neve DFCとPro Toolsミキサーを併用したハイブリッド・システムで行われました。
一方、予告編の作業は、Pro Tools|HDXシステムを使い、完全に“In-the-Box”で行いました。予告編に関しては、編集とミックスを同時進行で行ったのです。作業はJ・Jの事務所であるBad Robot Productionのスタジオで行い、ディズニーのスタジオに関係者を集めて最終チェックを行いました。もちろんそこから修正が入るわけですが、“In-the-Box”のシステムだったため、作業はとてもスムースに行うことができました。
“In-the-Box”ミックスの良さは、何と言ってもセッションの互換性が維持されることです。Avid Artist Mixしかないような小さな部屋で作業を開始し、その後Avid S6があるような大きな部屋で続きを行う場合も、“In-the-Box”であればセッションを移動するだけで直前の作業内容が完璧に再現できます。この方法なら、世界中のどこにいてもミックスの修正を行うことが可能です。
——— 予告編とはいえ、ハリウッド作品のミックスが“In-the-Box”で行われることもあるんですね。
WF 時代は変わり、ハリウッドではPro ToolsやS6、ICONでミックスを行う場面が増えており、そのトレンドは年々加速しているように感じます。もちろん、大御所の中にはファイナル・ダビングは大規模なコンソールで行わなければダメだという人もいますが、若い人たちはPro ToolsやS6を使い“In-the-Box”で作業をするのが当たり前になっていますね。S6を使えば、今回の予告編で私が行ったような編集とミックスを同時進行で行うハイブリッド・スタイルにも対応できますし、伝統的なコンソールでのミックス・スタイルにも対応することができます。S6は本当に柔軟性のあるツールです。
——— ウィルさんにとって、S6は無くてはならないツールになっていますか?
WF 状況によってはマウスとキーボードだけで作業することもあるんですが、やはりミックスに関してはS6のようなサーフェースがあった方が格段にスムースです。特に音楽のミックスは、パフォーマンスをしているようなものですから(笑)、フェーダーは欠かせません。
新しいS6の良さはいろいろありますが、第一に視認性が非常に優れていることが挙げられます。私はセッション上のトラックをカテゴリーごとに色分けしているのですが、それはS6のフェーダーにもすべて反映されます。これによって、手元にあるフェーダーがどのカテゴリーに属しているのか一目瞭然です。そしてS6のスピル機能によって、カテゴリー内のフェーダーを瞬時に展開することができます。波形が表示されるディスプレイ・モジュールもすばらしいですね。波形表示によって時間軸のナビゲートが簡単に行えます。また、私はクリップによってEQのカーブを変えるのですが、S6ではそれもすぐに確認することができます。よく使う機能をマッピングできるソフト・キーやアナログ・コンソールのようにミックスできるVCAフェーダーもとても便利です。普通、こういうサーフェースは全体のミックスを行うためのもののようなイメージがありますが、S6は個別の要素を細かく調整できる点が大きな特徴と言えるのではないでしょうか。
——— S6のコアであるPro Tools|HDXシステムに関してはいかがですか?
WF 以前のPro Tools|HDシステムと比べると飛躍的に進化したと思います。処理能力もそうですが、音の解像度がまるで違いますね。我々の作業は基本Pro Tools|HDXシステムで行いますが、一部のダイアログのエディターなどはAvid Pro Tools|HD Nativeシステムも使用しています。ダイアログのセッションなどはそれほど大きくないですから、Pro Tools|HD Nativeシステムでも十分なんです。
——— 音だけでも非常に多くのスタッフが関わっているわけですが、ファイルの管理などはどのように行っているんですか?
WF J・JのBad Robot ProductionスタジオにはAvidの共有サーバー、ISISが導入されており、すべてのファイルはそこで管理されています。そしてISISには、20式以上のAvid Media Composerと複数台のPro Tools|HDXシステムが接続されています。ISISを使用する最大のメリットは、データはすべて共有されているので、誰かが何らかの編集を施した場合も、オーディオ・ファイルやビデオ・ファイルのリンクは保持される点です。また、ローカルのストレージにコピーすることなく、ISISからすべてのファイルを直接再生できるのも大きなメリットで、これによりデータの安全性が保たれます。特に今回のような作品では、ファイルのセキュリティ管理が大変重要になります。
——— 最初に公開された予告編は、YouTubeで数千万回以上再生されています。YouTubeでの再生用にミックスの修正は行っているのでしょうか?
WF 最初はもちろん劇場での上映のことだけを考えて作業を行います。そして完成したミックスをスタート・ポイントに、ホーム・シアター用やYouTube用にミックスを最適化するのです。具体的には、ホーム・シアター用には少しダイナミクスを狭めたミックス…… 我々は“ニアフィールド・ミックス”と呼んでいますが、そういったバリエーションをいくつも作るのです。
J・Jはギア・ギークで、iPhoneのようなデバイスが大好きです。ですから今回の予告編に関しても、“小さなデバイスでもキチンと再生できる音に仕上げてほしい”というリクエストがありました。そこで私は、Pro Multiband DynamicsやiZotope Ozoneといったプラグインを使ってミックスの最適化を行ったのです。ミックスのチェックには、MacBook Airの内蔵スピーカーなどを使いました。そしてファイルをJ・Jに送り、彼は自分のiPhoneでチェックしてOKか否か判断したのです。
——— 最後に、ウィルさんのようなサウンド・デザイナー/リレコーディング・ミキサーを目指している日本の若者にメッセージがあればよろしくお願いいたします。
WF 映画の1シーンのフィールを追求できるサウンド・デザイナーは、とても楽しい仕事です。自分のセンスを頼りに、ひたすらフィールを追求していけばいいわけですからね。それが科学的に正解である必要はないのです。J・Jのような映画監督はとても忙しいので、すべてに渡って細かく指示を出すことはありません。そしてたとえ指示があったとしても、それは“虹の色”とか、とても抽象的なものだったりします。そして我々は“虹の色”を一生懸命イメージして、音で表現するのです。それはとてもチャレンジングなことですが、やりがいのある仕事ですよ。