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製品開発ストーリー #37:コルグ prologue 〜 ユーザーがプログラムしたオシレーター/エフェクトをロードできる”ハッカブル・シンセ”
先月の『The NAMM Show』でデビューをはたしたコルグの大型新製品、「prologue(プロローグ)」がいよいよ明日(2018年2月24日)発売されます。コルグが満を持して発売する「prologue」は、minilogue(製品開発ストーリーはこちら)/monologue(製品開発ストーリーはこちら)の上に位置付けられるフラッグシップのアナログ・シンセサイザー。プレーヤー待望のフル・サイズ鍵盤を搭載し、16ボイス仕様の「prologue-16」、8ボイス仕様の「prologue-8」の2モデルがラインナップされます。オシレーターは2基のアナログVCOに加え、新開発の『マルチ・エンジン』を搭載し、VPM(FM)やノイズ・ジェネレーターといったデジタル音源を第3のオシレーターとして使用することが可能。これにより温かみのあるアナログ・サウンドと、エッジが効いたデジタル・サウンドをブレンドした、幅の広い音作りが可能になっています。そして何と言っても注目は、『マルチ・エンジン』とデジタル・エフェクトに、ユーザーが作成したプログラムをロードできる“スロット”が用意されている点。これにより、自作のオシレーター/エフェクトを「prologue」で使用することが可能になっているのです。プログラムの知識がある人向けのハイ・レベルな機能ではありますが、今後ネットにはユーザー・オリジナルのプログラムがたくさん出回るはず。今後の展開が非常に楽しみなシンセサイザーと言っていいでしょう。
そこでICONでは、「prologue」の開発チームにインタビュー。その開発コンセプトと機能についてじっくり話を伺ってみました。取材に応じてくださったのは、株式会社コルグの山田嘉人氏(開発リーダー/電子回路設計担当)、ノロ・エベール エティエン氏(OSとDSP開発担当)、小林匡輔氏(デザイン担当)の3氏です。
自作のオシレーター・プログラムをロードできる、新開発の『マルチ・エンジン』
——— 『The NAMM Show』に合わせて発表された新型シンセサイザー「prologue」、かなり気合いが入った製品という印象ですが、まずはその開発のスタート・ポイントからおしえていただけますか。
山田 開発プロジェクトはもう2年以上前、minilogueの開発が終わった直後にスタートしました。ですから企画自体は、monologueとほぼ同時に持ち上がった感じですね。minilogueによって、アナログのポリ・シンセをそこそこの価格で作れることが分かったので、次はフル・サイズの鍵盤で、ボイス数の多いアナログ・シンセをフラッグシップ・モデルとして作ってみようと。実際、キーボーディストの方からも、”フル鍵盤のアナログ・シンセを出してほしい”と多くのリクエストがありました。でも、単純にminilogueのボイス数を増やして、フル鍵盤にしたモデルを作ってもおもしろくない。そこで何か新しい要素を盛り込んで、これまでに無いタイプのアナログ・シンセを作ろうと考えました。
——— どんな要素を盛り込もうと考えたのですか?
山田 まず考えたのが、アナログ・オシレーターと並列にFMオシレーターを搭載するということです。デジタル音源には他にも、PCMやフィジカル・モデリングなどいろいろありますが、ダイナミックな音色変化という点ではFMがいちばん優れている。ちょっとしたパラメーター変化で過激に音色が変化しますし、アナログ・オシレーターとのコントラストも強い。アナログ・オシレーターとFMオシレーターを組み合わせれば、かなり幅の広い音作りができるのではないかと思ったんです。でも、どうせデジタル・オシレーターを搭載するのであれば、その部分をユーザーにも開放して、オリジナルのオシレーターをロードできるようにしたらおもしろいんじゃないかと。それで出来上がったのが「prologue」の大きなフィーチャーである新音源『マルチ・エンジン』というわけです。『マルチ・エンジン』では、我々が『VPM(Variable Phase Modulation)オシレーター』と呼んでいるFMオシレーターと、4タイプの『ノイズ・ジェネレーター』、そしてユーザーが自作のオシレーターをロードできる『ユーザー・オシレーター』という3種類のオシレーターを選択することができます。
——— 2基のアナログ・オシレーターと、デジタル・オシレーターである『マルチ・エンジン』、計3基のオシレーターが備わっているというわけですね。
山田 そのとおりです。そしてこの3基のオシレーターの出力はミックスされてアナログ・フィルターへと送られます。必要に応じて『マルチ・エンジン』のみ、アナログ・フィルターの後段にパッチすることも可能です。
エティエン 『VPMオシレーター』は、基本1モジュレーター/1キャリアのFMオシレーターで、モジュレーター・フィードバックとノイズ・モジュレーターも入ってます。シンプルなFMオシレーターですが、キャラクターが豊かで倍音の多い音色が作りやすく、アナログ・オシレーターとのコントラストが強いのが特徴です。
——— FMオシレーターとノイズ・ジェネレーターを積んだシンセは珍しくありませんが、加えてユーザー自作のオシレーターも使えるというのは、他には無い非常にユニークな仕様ですね。
エティエン 私はKAOSS PAD KP3+が大好きで、あれに自作のエフェクトを入れたいとずっと思っていたんです。それは実現できなかったのですが、同じようなことを考えている人は少なからずいると思ったので、今回『ユーザー・オシレーター』としてオシレーター部分を開放することにしたというわけです。
山田 ある種の実験ですね。monotronもユーザーがハックできるようになっていましたが、それと同じことをこのフラッグシップ・シンセでもできるようにしてしまおうと。volca sampleもSDKを公開することで、様々なソフトウェアが作られましたし、今後いろいろなオリジナル・オシレーターが登場するのではないかと思います。
——— オリジナル・オシレーターは、どのように作成/ロードするのですか?
山田 prologue SDKを2018年春頃に公開予定です。これを使うことでユーザー・オシレーター、ユーザー・エフェクトのプログラムを作成し、コンパイルできるようになります。その生成したデータは、ライブラリアン経由で「prologue」に転送します。
エティエン オリジナル・オシレーターを作るには、自分でコードを書く必要があります。ですからプログラムの知識がある人向けの機能ではあるんですが、今後もう少し敷居を下げた開発環境を提供する予定もあります。なお、『ユーザー・オシレーター』にはオリジナル・オシレーターをロードできるスロットが16個あり、その中の1スロットにはプリセットとしてモーフィング・ウェーブテーブル・オシレーターがロードしてあります。そのソース・コードをサンプルとして公開することも検討しています。
——— アナログ・オシレーターとアナログ・フィルターについておしえてください。
山田 細かな調整、改良を行っているので音は微妙に違うんですが、オシレーターはほぼminilogueと同じものです。フィルターに関しては、minilogueよりもmonologueに近い感じのものですね。OTA素子を使用した2ポール・フィルターで、音色的にはローエンドが太く、レゾナンスを上げていっても低域がリダクションしないのが特徴です。逆に音が立っていくタイプのフィルターというか。
エティエン minilogueと同じ有機ELディスプレイには、エフェクトの前段、VCAから出力された信号の波形が表示されます。
——— 「prologue-16」は16ボイス、「prologue-8」は8ボイス仕様とのことですが、どのような発音モードが用意されていますか?
山田 発音に関しては、『POLY』、『MONO』、『UNISON』、『CHORD』という4種類のボイス・モードが用意されています。minilogueのボイス・モードとはちょっと違っていて、今回はプレーヤー向けのボイス・モードに絞って搭載しました。まず『POLY』は、最大16ボイス(prologue-16)/8ボイス(prologue-8)のポリ・シンセとして使用できるモードで、”VOICE MODE DEPTH”ノブを上げれば、DUOモードとして使用することもできます。DUOモードでは8ボイス(prologue-16)/4ボイス(prologue-8)とボイス数は少なくなるんですが、ボイスを2つレイヤーすることで、厚みのあるサウンドを得ることができます。また『MONO』はサブ・オシレーター付きのモノ・シンセとして使用するためのモード、『UNISON』はすべてのボイスがユニゾンしたモノ・シンセとして使用するためのモードです。最後の『CHORD』は、1ノートで4音のコードを鳴らすことができるモードですね。
エティエン 「prologue」は2ティンバー仕様で、例えば「prologue-16」だったら8ボイスのシンセ2基として使うことも可能です。それぞれボイス・モードを選択できるので、一方を『POLY』、もう一方を『MONO』に設定することもできます。
——— アルペジエーターも入っているのですか?
山田 もちろん入っています。minilogueではアルペジエーターがボイス・モードの一部だったので、『MONO』モードとアルペジエーターという組み合わせができませんでした。しかし今回、アルペジエーターとボイス・モードを分離させたので、例えば『UNISON』でアルペジエーターを使ったりといったことができるようになっています。『CHORD』とアルページエーターの組み合わせとか、かなりおもしろいですね。
prologue-16は、完全アナログ回路のコンプレッサーを最後段に搭載
——— 内蔵エフェクトについておしえてください。
山田 minilogueはシンプルなディレイが入っているだけだったんですが、「prologue」には32bit浮動小数点処理のデジタル・エフェクトが2基入っています。1基はコーラスやアンサンブルなどのモジュレーション・エフェクト、もう1基はディレイ/リバーブで、今回エフェクトにはかなり力を入れました。他の製品から移植したアルゴリズムではなく、すべて「prologue」のために新規開発したアルゴリズムで、特にリバーブはゴージャスなサウンドで自信作です。
エティエン 普通のリバーブだけでなく、倍音が増えていくタイプのリバーブも入っています。ディレイでは、テープ・エコーのような温かみのあるエフェクトも使用できます。
山田 こういうアナログ・シンセの内蔵エフェクトって、ヴィンテージのシミュレーションものが多いと思うんですが、今回はモダンなエフェクトを中心に搭載しました。例えばリバーブはシマー・タイプだったり、BBDのシミュレーションものなんかはあえて入れていません。古くさくない現代的な音のシンセにしたかったんです。
エティエン そしてエフェクトに関しても、ユーザーが作成したオリジナル・エフェクトをロードできるようになっています。『マルチ・エンジン』の『ユーザー・オシレーター』と同じで、コードをライブラリアンでロードし、スロットは16個用意されています。オシレーターだけでなくエフェクトもオリジナルのものを使えるというのは、プログラムができる人にとってはかなり魅力的なのではないかと思います。
——— そして「prologue-16」のみ、最後段にアナログ・コンプレッサーも搭載されているそうですね。
山田 今回の「prologue」、音をサチュレーションできる要素がいたるところに入っているんです。フィルターにはドライブが備わっていますし、VCAも音を突っ込むことで気持ち良くサチュレーションするような設計になっている。ですからminilogueやmonologueとはかなり違う音のシンセに仕上がっているんですが、ここまでアナログらしいサウンドがするんだったら、一番最後でさらに”音の密度”をコントロールできたらいいんじゃないかと。それで実験的にアナログ回路のコンプレッサーを作ってみたところ、すべての音色に対して効果的だったんです。音の密度が増して、響きがより豊かになるというか。
エティエン 完全なアナログ・コンプレッサーで、回路的にはマルチバンド・コンプレッサーの低域部分だけ実装している感じです。
山田 音の印象って、低域の鳴り方で全然違ってきますからね。制作の現場では録音後に後処理を施すのが普通だと思うので、だからこそこのアナログ・コンプは特にライブで有効です。61鍵の「prologue-16」は、キーボーディストの方がライブで演奏されることを想定しているので。
——— その他、新しい機能はありますか?
エティエン プログラム・ソート機能はかなり便利です。「prologue」ではファクトリー・プログラム250種類、ユーザー・プログラム250種類、計500種類のプログラムを扱うことができるんですが、それらを番号順だけでなく、カテゴリー順、アルファベット順、使用回数順などで並べ替えることができる。自分で”Like”を付けたプログラムだけ取り出したり、エンベロープの形によって並べ替えることもできます。
押し出し工法/ヘアライン処理によって製作される、美しく先鋭的なデザインの筐体
——— 今回、外観のデザインについてはどのようなことを考えましたか?
小林 「prologue」は、minilogueやmonologueの単なるフル鍵盤モデルではないので、サイズを大きくしただけのデザインにはしたくなかったんです。minilogueの流れを汲みつつ、フラッグシップ・モデルらしいデザインというのを意識しました。カーブしたパネルや先端が鋭角になったシャープなシルエットという要素を、木製の側板やブラックのパネルといった王道のアナログ・シンセの構成に落とし込んだことで、これまでに無いデザインになっているのではないかと思います。
山田 minilogueの筐体は、平板の部材を曲げるプレス工法で製作したんですが、今回はアルミサッシなどで使われている”押し出し”という工法で製作しました。この工法自体は珍しいものではないんですけど、これだけのサイズのアルミ筐体を押し出し加工で作ってくれる業者がどこにもいない(笑)。その業者を探すのがとても大変でした。
——— パネルのカーブは、minilogueと同じですか?
小林 はい。同じR1,400mmの曲率ですね。
——— カラーリングも独特の色味の黒ですよね。漆的な黒というか。
小林 そうですね。minilogueでは、ブラスト処理という金属の粒子を吹き付けて表面をザラザラにする加工を採用していたんですが、今回はヘアライン処理を採用し、極限まで光沢を出しています。最初はブラスト処理を試してみたんですけど、高級感という点でちょっと物足りなかったんです。ヘアライン処理は細かい線が入っているので、それによって複雑な光り方をするんですよ。金属の素材感を引き出すことで、フラッグシップ・モデルらしい高級感が出たのではないかと思います。あとノブにもこだわっていて、これまではプラスチック製のパーツにラバー・コーティングをしていたのですが、今回は金属製のパーツを新たに製作しました。アルマイト処理をした後に、指標の部分をダイヤカットで削り光沢のある金属の地を見せています。
山田 だから見る角度によって、ノブがキラッと光るんです。ノブに関して言えば、minilogueはちょっと詰め込み感があるんですけど、今回は間隔に余裕があるので操作しやすいと思います。
——— 鍵盤は日本製とのことですね。
山田 KRONOSなどでも採用している日本製のナチュラル・タッチ・キーボードを採用しています。ちなみに鍵盤だけでなく、組み立ても日本の工場で行っています。
——— 開発にあたって苦労した点というと?
山田 「prologue-16」ではCPUを20個くらい使用していて、それらがすべて通信し合って動いています。外観はスタイリッシュですが、内部では非常に複雑な処理が行われているんです。そういった部分の設計には時間がかかりました。
エティエン 新規開発のところが多かったのでかなり忙しい開発サイクルでした。本実装や最適化などはハードウエアが安定してから実際に進めていける作業ですし。でもパフォーマンスと品質のいいバランスを取れたと思いますので、骨折り甲斐がありました。
山田 ディスクリート部品で構成するアナログ・シンセの開発って本当に手間がかかっていて、ちょっと音を変えようと思ったら、かなりの部品に手を加えなければならない。16ボイスだったら変更作業も16倍です(笑)。MS-20 miniに始まり、ARP ODYSSEY、minilogue、monologueと、ここ数年アナログ・シンセの開発を続けてノウハウを蓄積してきたからこそ完成させられた製品だと思っています。
——— これから楽器店で「prologue」に触れる人に、”ここに注目してほしい”というのがあればおしえてください。
山田 何と言っても音です。アナログ・シンセならではの有機的な音がする。普段ソフト・シンセしか使わないという人であれば、すぐにその音の違いが分かっていただけると思います。
エティエン アナログ・オシレーターとデジタル・オシレーターのコンビネーションをぜひ聴いていただきたいですね。両方の世界の音が上手くブレンドされた新しいサウンドがするシンセだと思います。
- コルグ – prologue-16:216,000円(税込)
- コルグ – prologue-8:162,000円(税込)