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開発者が語るローランド初のガジェット楽器、「AIRA Compact」…… 感覚的にコード進行を作れる『コード・シーケンサー』とは一体?
先日発表されたローランドの新製品、「AIRA Compact(アイラ・コンパクト)」がいよいよ明日(2022年5月27日)、発売になります。カラフルなデザインが特徴的な「AIRA Compact」は、本格的なサウンドで手軽に曲づくりを楽しめる新種のガジェット楽器。1台でドラムとベースを鳴らすことができる“ビート・マシン”「T-8」、簡単にコード・シーケンスを作成できる“コード・シンセサイザー”「J-6」、声を加工してループ&チョップできる“ボイス・ツイーカー”「E-4」という3製品がラインナップされ、パソコンとUSB接続することでオーディオ・インターフェースとしても機能するという優れものです。ローランドが満を持して発売する新感覚ガジェット楽器、「AIRA Compact」。そのコンセプトと機能について、開発チームのリーダーである久保和広氏に話を伺いました。
ローランド初のガジェット楽器、「AIRA Compact」
——— ローランドが最初のAIRAプロダクトを発売したのは2014年、8年以上も前のことになります。新製品「AIRA Compact」の話に入る前に、“AIRA”とはどのようなコンセプトの製品なのか、あらためておしえていただけますか。
久保 AIRAをローンチしたときに公開した特設サイトで、“Create Today, Play Tonight”というコピーを使ったのですが、楽曲制作とライブ・パフォーマンスを一直線に行うことができるマシンというのが大きなコンセプトでした。今日スタジオで作った楽曲を、その日の晩にライブ・ハウスやクラブで演奏できてしまうマシン。AIRAでターゲットとしたのは、ダンス・ミュージックやエレクトロニック・ミュージックのクリエイターで、最初の製品であるTR-8にパターンを繋ぎ合わせる、いわゆるソング・モード的な機能を搭載しなかったのも、演奏性を第一に考えたからです。
——— AIRAというのは製品ラインの名称ではなく、ブランドの名称なのですか?
久保 そうです。FANTOMやJUNOは製品ラインの名称ですが、それらと並列ではありません。TR-8やSYSTEM-1といった製品を発売するにあたって、ローランドという会社をクールに見せたいと思い、立ち上げたのが“AIRA”というブランドなんです。新しいブランドを立ち上げるだけでなく、外観は黒や緑を基調にした無骨なプロっぽいデザインにして、一目見てAIRAと分かる世界観を目指しました。ただ、筐体に“Roland”と“AIRA”という2つのロゴが並んでいるのはどうかと思ったので、AIRAというブランドを大々的にプッシュしていたわけではありません。あくまでもローランドをクールに見せるためのブランドですから、“AIRA”というロゴは箱などでさりげなく使用し、徐々にその認知度が高まっていけばいいなと思ったんです。
——— Roland Boutiqueは、AIRAに含まれるのでしょうか。
久保 社内的には別の製品ラインですが、そのあたりはユーザーに委ねています(笑)。
——— 新製品「AIRA Compact」開発のスタート・ポイントをおしえてください。
久保 2つありまして、1つはAIRAのリフレッシュを図りたいなと思ったのがきっかけです。最初のTR-8やSYSTEM-1を発売して8年も経ったわけですから、このあたりで新基軸の製品を投入して、AIRAというブランドをリフレッシュしたいなと。また、エントリー・ポイントとなる製品をラインナップしたかったというのも開発動機の1つです。AIRAに興味はあるけれども、なかなか手が出せないという人は相当数いると思っていて、そういった方々でも楽しんでいただける手に取りやすい製品もラインナップしたいなと。「AIRA Compact」をきっかけに、上位モデルのTR-8SやMC-707に興味を持っていただければ、メーカーとしては最高です。
——— ユーザーの中には、20万円〜30万円クラスのモデル、よりハイ・レベルなAIRAを期待している人も多いと思います。
久保 現在、AIRAを代表する製品はTR-8Sだと思うのですが、我々としてはとても完成度の高い製品であると自負しているんです。だから、次はエントリー・ポイントの製品をラインナップすることで、AIRAの世界にもっと人を呼び込みたかったんですよね。
——— “エントリーAIRA”を開発するにあたって、どのようなイメージがありましたか。
久保 開発に取り組むにあたって掲げたのが、“本気の音をお手軽に”というキーワードです。上位モデルに引けをとらないサウンドを、お求めやすい価格で実現しようと。サウンドだけでなく、操作性や機能面に関しても妥協をせずに、できる限りの低価格を実現するというのが大きな目標でした。また、開発時に意識したのが、5万円以下のシンセサイザーやリズム・マシン、いわゆるガジェット楽器の世界です。既にガジェット楽器の世界はできあがっていましたから、そこに上手く収まるサイズ感や、一緒に使ってもらえるかどうか?ということは強く意識しました。
——— 「AIRA Compact」を最初に見たときにおもしろいなと思ったのが、各モデルのまとめ方です。単純なTR-8Sのコンパクト版、TB-3のコンパクト版ではなく、「T-8」はリズムとベースの両方を鳴らせるマシン、「J-6」はコードを鳴らせるシンセサイザーとして、これまでに無かったタイプのマシンに仕上げられている。このアイディアについておしえてください。
久保 普通のリズム・マシンやシンセサイザーをコンパクト・サイズで出しても、そういう製品は既に市場にたくさんありますし、おもしろくないかなと。ならばどんな製品がいいかなと考え、1台に2つの機能を入れ込むというアイディアを思い付いたんです。「T-8」はリズム・マシンとベース・シンセ、「J-6」はポリ・シンセとコード・シーケンサー、「E-4」はボイス・トランスフォーマーとルーパー。2つの機能、2つの価値を持たせることで、1台でも十分に楽しめるマシンにしようと。
——— おもしろいですね。「T-8」が単にコンパクトなリズム・マシンだったらTR-8Sユーザーは欲しくならないと思いますが、1台でTB-303も鳴らせるということで、きっとTR-8Sユーザーも食指が動くのではないかと思います。
久保 「AIRA Compact」を開発するにあたって、”機能のまとめ方” が重要だと思いました。「T-8」にTRシリーズすべての音を入れてしまっても良かったんですけど、こういった楽器を初めて手に取る人にとっては、たくさんの音色が入っているよりも、リズムとベースを一緒に鳴らせた方が嬉しいのではないかなと。購入してすぐに楽しめる、適当に触っているだけで曲らしきものができてしまうということを第一に考え、機能の取捨選択をしていきました。
——— スマホのようにリチウムイオン・バッテリーが内蔵されているというのもいいですね。電車の中やカフェでも使うことができます。
久保 リチウムイオン・バッテリーを採用したのは、筐体を薄くしたかったからなんです。筐体が薄いとスタイリッシュですし、気軽に持ち運ぶことができますからね。乾電池駆動にすると少し厚くなってしまうので、スリム筐体を実現するためにリチウムイオン・バッテリーを採用することに決めたんです。できればスピーカーも内蔵したかったんですけど、バッテリーの保ちも短くなってしまいますし、入れる場所も無かったので、総合的に判断して今回は見送りました。そのかわりにミックス・イン端子が備わっていますので、ディージーチェーン接続していただければ、終端の1台からすべての音をモニターすることができます。
リズムと303ベースを1台でカバーする「T-8」
——— ではまず、“BEAT MACHINE”「T-8」からご紹介ください。
久保 「T-8」は、6トラックのリズム・マシンと、TB-303直系のベース・シンセサイザーを統合したマシンで、ドラム・サウンドとベース・サウンドを1台でカバーできるのが特徴です。音源はローランド独自のモデリング技術『ACB(Analog Circuit Behavior)』で開発し、ディレイやリバーブ、オーバードライブといったエフェクトも搭載しています。シーケンサーの最大ステップ数は32で、伝統の『TR-REC』によって、初心者の方でも直感的にパターンを作ることができます。
——— 音源は「T-8」用に新たに開発したものなのですか?
久保 これまで『ACB』でモデリングした膨大な音源資産がありますので、それらをいろいろな組み合わせで聴き比べ、一番バランスの良いキットに仕上げました。具体的には、バス・ドラムはTR-909、ハイハットはTR-606、クラップはTR-808と、名機のおいしい音色を組み合わせた構成になっています。ベース音源はTB-303、ほぼそのままです。
——— 余談ですが、TR-808の音色を鳴らすことができる製品は現在、AIRAのTR-8S、Roland BoutiqueのTR-08、Roland CloudのTR-808 Software Rhythm Composer、そして新しい「T-8」とたくさんあるわけですが、これらの音色はすべて同じと考えていいのでしょうか。
久保 製品ごとに回路やDAコンバーター、電圧などが異なりますので、厳密には違うのですが、“同等の音色”と言っていいと思います。「T-8」が安価だからと言って、音質が劣っているということはありません。
——— シーケンサーは、どのような仕様になっていますか?
久保 TR-8Sのシーケンサーをアレンジして載せています。ステップの中に連打を入力できる『サブ・ステップ』、発音確率をステップごとに設定できる『プロバビリティー』、特定のステップをループさせることができる『ステップ・ループ』といった機能も利用でき、個人的に一番のおすすめは『ランダマイザー』ですね。リズムに『ランダマイザー』をかけるとランダムなパターン、ベースに『ランダマイザー』をかけるとランダムなフレーズが生成されるわけですが、簡単に音楽的な結果が得られます。
感覚的にコード進行を作ることができる「J-6」
——— 3モデルの中で、最も注目を集めそうなのが“CHORD SYNTHESIZER”「J-6」です。
久保 「J-6」は、『ACB』でモデリングしたJUNO-60の音源に新開発の『コード・シーケンサー』を組み合わせた、これまでに無かったタイプのマシンです。作曲の知識が無い人でも、「J-6」ならば簡単にコードを鳴らすことができます。
——— モジュラー・シンセサイザーの世界でも最近はコードが注目されていて、コード・オシレーターやコードを打ち込めるシーケンサーが人気を集めています。
久保 単純なリズム・パターンとベース・フレーズでも、コードを加えるだけで一気に音楽的になるんですよね。しかしコードを加えるためにポリ・シンセを手に入れたとしても、音楽理論が必要だったり、ジャンルによって使うコードも違ったりするので、そういう知識が無い人にはなかなか難しい。そこで今回、そんな知識が無い人でも簡単にコード・シーケンスを作れるマシンを開発しようと思ったんです。
「J-6」では、12種類のコードの組み合わせを『コード・セット』として100種類搭載しています。100種類の『コード・セット』には、ポップス、ジャズ、R&B、ハウス、テクノ、シンセウェーブ、シネマティックなど、音楽スタイルの名前が付けられており、手前の鍵盤を使って1キーで鳴らせるようになっています。
——— 鍵盤で押したキーがルートになるわけですか?
久保 基本的にはそうですが、『コード・セット』によっては鍵盤のキーとルートが合っていないものもあります。鍵盤のキーは、あくまでもインターフェースですので、適当に鳴らしていただければ、感覚だけでコード・シーケンスを作っていただけると思います。
——— 右上に備わっている8つのボタンについておしえてください。
久保 これがコード・シーケンスを作るための『コード・シーケンサー』になります。『コード・シーケンサー』は最大64ステップで、ステップごとにコードを設定し、コード進行=コード・シーケンスを作っていくというわけです。ステップの長さは全音符や16分音符など、自由に設定することができます。おもしろいのがコード・シーケンスを作った後でも『コード・セット』を変更できる点です。いろいろなジャンルのコードを組み合わせてシーケンスを作り上げることができるので、組み合わせは無限大と言っていいと思います。
また、コード・シーケンスを変化させることができる、『スタイル/バリエーション』という機能も装備しています。普通にコード・シーケンスを組んだだけですと、単純な白玉のシーケンスになってしまうわけですが、『スタイル/バリエーション』機能を使用すれば、コード・バッキングのような刻みフレーズにしたり、アルペジオっぽいフレーズにしたりできるんです。この『スタイル/バリエーション』も『コード・セット』同様、かなりの数を搭載しています。
——— 『コード・シーケンサー』で外部の音源を鳴らすこともできるのですか?
久保 もちろんです。他のシンセサイザーやUSB接続したパソコンのソフト・シンセを鳴らすこともできます。むしろ、ぜひそういう使い方をしていただきたいですね(笑)。ユーザーのインスピレーションを引き出す、まったく新しい作曲ツールだと思います。
——— 内蔵音源として、JUPITERやJX、JUNO-106ではなく、JUNO-60をセレクトした理由をおしえてください。
久保 単純に『コード・シーケンサー』で鳴らしたときに、一番しっくりきたからです。パッドなどのコード・サウンドが良いだけでなく、アンサンブルとして鳴らしたときに邪魔をしない音というか。
——— どのような音色が収録されているのですか?
久保 Roland Boutique JU-06Aの人気のプリセットなどから、『コード・シーケンサー』用に厳選した64種類の音色を収録しています。表には『FILTER』と『ENVELOPE』という2つのツマミが備わっているので、それを使って音色をエディットすることも可能です。“SHIFT”ボタンを押しながら操作すれば、『RESONANCE』などの裏パラメーターも調整できます。
——— コーラス・スイッチが備わっていても良かったかもしれませんね。
久保 検討したのですが、コーラス・スイッチを搭載してしまうと、JUNO感が強くなってしまうかなと(笑)。大抵はオンにしてしまいますしね。「J-6」は、マイクロJUNO-60というよりも“コード・シンセサイザー”としてアピールしたかったんです。
歌声を加工してループ&チョップできる「E-4」
——— 第3のマシンとして、ボイス・トランスフォーマーを選ばれたのは?
久保 リズムとベース、コードときたら、声を重ねたくなるだろうと(笑)。一番最初のAIRAも、そういうラインナップでしたしね。とはいえ、ずっと声を出し続けるのもキツいだろうと思い(笑)、ループ機能とスキャッター機能も搭載したというわけです。ボイス・トランスフォーマーで加工した声をループさせ、スキャッターで切り刻むだけで不思議と音楽的なサウンドになるんですよ。
——— ボイス・トランスフォーマーは、VT-4がベースになっているのですか?
久保 そうですね。『AUTO PITCH』『HARMONY』『VOCODER』という3種類のアルゴリズムを搭載し、3つ同時にかけることもできます。『VOCODER』はシンプルながら本格的で、外部MIDIキーボードからコントロールできるだけでなく、キャリア波形を選択することも可能です。ルーパーの最大録音時間は約24秒で、リバーブも搭載しています。ループ機能とスキャッター機能が入っていることで、非常にAIRA的というか音楽的なマシンになっていますね。
——— 普通に考えたら製品名は“V-4”だと思うのですが、「E-4」という製品名になったのは?
久保 エフェクトの“E”から「E-4」という製品名にしました。確かに、普通に考えたら“V-4”かもしれませんが、ローランドには既にV-4(注:ビデオ・ミキサー)という製品があるんです(笑)。
——— デザイン面でのコンセプトはありましたか?
久保 実は最初、こんなカラフルなカラーリングではなく、AIRAっぽくなるように黒や白といった無機質なカラーリングを考えていたんです。しかしAIRAをリフレッシュする製品なわけですし、これまでとは違う方がいいだろうということで、ポップなカラーリングを採用することにしました。「T-8」に関しては、ローランドはTRでスタートした会社ですので、ストレートにブランド・カラーのオレンジでいこうと。「J-6」は、JUNO-60ベースの製品なので“JUNOを想起させるブルー”を採用しつつ、少しパステルな色合いにアレンジして。「E-4」に関しては、ルーパー製品やボーカル製品で採用している赤を基調に、こちらもパステルな色合いにアレンジしてあります。ベースとなる色を最初に決めて、その色合いをデザイナーと一緒に調整していった感じですね。
——— 完成までに苦労した点というと?
久保 「J-6」の『コード・シーケンサー』の開発です。様々なジャンルのコード・セットを100種類、さらにそれぞれに合うスタイルとバリエーションを作るというのはかなり大変な作業でした。『コード・シーケンサー』自体、ローランドにとって初と言っていい機能でしたので、開発メンバーと共に試行錯誤の繰り返しでしたね。その甲斐あって、とてもおもしろい製品に仕上がったのではないかと思います。3モデルに共通して言えるのは、何がユーザーにとって大事で、何を残すべきなのか、その取捨選択にかなりの時間をかけました。あとはできるだけ薄くするための機構設計も苦労した点です。
——— これからショップなどで「AIRA Compact」に触れる人に、“ここに注目してほしい」というのがあればおしえてください。
久保 まずは3モデル一緒に鳴らしてみてください(笑)。「T-8」の一番最初のパターンと「J-6」の一番最初のパターンは、同期させて同時に鳴らすときれいに合うようになっていますので、まずはそれを楽しんでいただければなと。そしてそのパターンに合わせて、適当に声を出してもらって「E-4」で加工していただければ、それだけでいい感じの楽曲になると思います。「AIRA Compact」によって、音楽を作ったり演奏したりすることの楽しさに気付いていただけたら、開発チーム一同これ以上の喜びはありません。絶対にガッカリしない製品に仕上がっていると自負していますので、少しでも気になっている人はぜひ手に取っていただきたいですね。
——— 気が早いですが、「AIRA Compact」の第4弾は?
久保 せっかくこういう新しい世界観の製品を作ったわけですので、今後の展開ももちろん考えていきたいと思っています。この世界観の中に、ユーザーはどのようなマシンを求めているのか、しっかりリサーチしていきたいですね。
——— メインのAIRAの方は?
久保 「AIRA Compact」でリフレッシュしましたので、メインのAIRAの方も次はどんな製品が出てくるのか、ぜひ妄想を膨らませていただければと思います。