SYNTH & MACHINE
“どこでも作曲マシン”、「Ableton Move」がデビュー…… バッテリー駆動、スピーカーやマイクも内蔵したコンパクトな音楽制作デバイス
リビングでもカフェでも電車の中でも、場所を選ばずに曲づくりが行える音楽制作デバイス、「Ableton Move」がデビュー。バッテリー駆動でスピーカーやマイクも内蔵した、“どこでも作曲マシン”の登場です。
先月終わりにティーザー・ページが公開され、世界中で大きな話題になっていた「Ableton Move」の全貌がついに明らかになりました。本日(2024年10月8日)、発表と同時に販売が開始される「Ableton Move」は、シンセサイザー、サンプラー、エフェクター、シーケンサーといった機能を網羅したオール・イン・ワンの音楽制作デバイス。横幅313.5mm/重量970グラムと軽量・コンパクトで、最大4時間使用できるバッテリーも搭載、ステレオ・スピーカーやサンプリング用マイクも内蔵したハードウェアです。完全にスタンドアロンで使用できる「Ableton Move」ですが、もちろんAbleton Liveと連携させることもでき、作成した楽曲はAbleton Cloud/Move Manager経由でAbleton Live(あるいはAbleton Note)に転送することが可能(「Ableton Move」は、Wi-Fi接続にも対応)。パソコンに向かって作曲しているときは、Ableton Live用のコントロール・サーフェス/2ch入出力のオーディオ・インターフェースとしても機能します。
ここまで読んで、“なるほど、スタンドアロンPushの小型バージョンか”と思った人もいるかもしれませんが、「Ableton Move」の開発コンセプト/Abletonが想定しているアプリケーションは、Ableton Pushのそれとは大きく異なります。スタンドアロンPushは、パソコンなしでAbleton Liveの機能を利用可能にした“本格的な音楽制作デバイス(電子楽器)”であり、完全にスタジオ・ユース(もしくはライブ・ユース)をターゲットに開発された製品です。一方、新製品の「Ableton Move」は、スタンドアロンPush同様にAbleton Liveの機能をベースにしているものの、トラック数は(あえて)4に制限され、とにかく“シンプルで直感的な操作性”に重点を置いて設計されています。たとえば、電源を入れれば4つのトラックには音源が自動的に(ランダムに)ロードされ、4×8のパッドを使って即座にメロディーやドラム・パターンを打ち込むことができます。パッドの右側には、コピー、デリート、アンドゥ/リドゥといった頻繁に使う機能の専用ボタンが用意され、音色はパッド上の8基のエンコーダーでエディットすることが可能(エンコーダーはタッチ・センシティブ仕様!)。そして外部の音を取り込みたければ、内蔵マイクを使って即サンプリングすることができるのです。この類のハードウェアは最初に使い方を覚えるのが億劫ですが、「Ableton Move」の操作体系は本当に簡潔・明快なので、はじめにスタート・ガイドに目を通すだけで、すぐに曲づくりを開始することができるでしょう。
トラック数が4ということに驚いた人もいると思いますが、「誰でも簡単に作曲できるデバイス」を実現するべく、Abletonは“あえて”トラック数を制限したのではないかと思います。楽曲の骨格となる4つの要素…… リズム、ベース、コード、メロディを記録できる最低限のトラック数に制限することで、とにかく「曲づくり」に集中できるデバイスにする。操作の中心となるパッドが4行×8列なのは、トラック数が4、トラックごとに作成できるクリップ数が最大8だからで、「Ableton Move」ではページを切り替えるという操作が排除されています(つまりパッドの一番上の行は、トラック1固定です)。複雑なアレンジや細かい音づくりは後にして、まずは「曲づくり」、アイディアのキャプチャーに没頭できるマシン、それが「Ableton Move」なのです。このあたりのコンセプトは、iOSアプリのAbleton Noteに近く、“現代のカセットMTR”を目指して開発されたのかもしれません。
「Ableton Move」の筐体は艶消しブラックで、サイズは横幅313.5mm×奥行き146.3mm×高さ34mm/0.97kgとコンパクトでスリム。横幅と奥行きは、Roland Boutiqueに近いサイズ感です。端子類はすべて背面にまとめられ、給電/パソコン接続用のUSB端子(Type-C)、MIDI入出力用のUSB端子(Type-A)、ヘッドフォン出力/ステレオ・オーディオ出力端子(3.5mm)、ステレオ・オーディオ入力端子(3.5mm)、電源ボタンを搭載。パッケージには電源アダプターが含まれていますが、先述のとおり「Ableton Move」はバッテリーを搭載しているため、電源が無い環境でも最長4時間使用することができます。また、サンプリング用のマイクは、操作面の右上に埋め込まれており(小さな穴が開いている)、ステレオ・スピーカーは前面(手前)に搭載。また、Wi-Fi接続に対応しているので、パソコンと無線で楽曲のやり取りを行うことができます。
操作面の中心となるのは、4行×8列=合計32個のパッドで、ベロシティだけでなくポリフォニック・アフタータッチにも対応。ポリフォニック・アフタータッチに対応したインストゥルメントならば、押し込む強さでパラメーターを変化させることができます。パッドの上部には8基のロータリー・エンコーダー(タッチ・センシティブ対応)、下部には16ステップのシーケンサー・ボタン(シフト・スイッチと組み合わせて、他の操作でも使用)、左側には高解像度OLEDディスプレイ/大型コントロール・ホイール/トランスポート、右側にはマスター・ボリューム/各種コマンド・スイッチ/ナビゲーション・ボタンを搭載。パッドの左端には4つのトラック・セレクト・ボタンが備わり(縦長のボタン)、このボタンで操作したいトラックを選択して、コントロール・ホイールやロータリー・エンコーダーで音色をエディットするという操作体系になります。
「Ableton Move」では、4種類のインストゥルメント(音源)と8種類のエフェクトを使用することができます。搭載されているインストゥルメントは、ドラム・サンプラー『Drum Rack』、ウェーブテーブル・シンセサイザー『Wavetable』、伝統的なアナログ・シンセサイザーにインスパイアされた『Drift』、サンプルに音階を付けて発音できる『Melodic Sampler』の4種類。『Drum Rack』は、Ableton Live 12.1で追加された新開発のワン・ショット・サンプラー『Drum Sampler』を16基組み合わせたもので、『Wavetable』と『Drift』は、Ableton Liveの同名のデバイスを元に開発されたインストゥルメントです。一方のエフェクトは、『Reverb』、『Delay』、『Saturator』、『Chorus-Ensemble』、『Phaser-Flanger』、『Redux』(ビット・クラッシャー)、『Channel EQ』、『Dynamics』の8種類。これらのエフェクトは、トラックごとに2種類、それとは別にマスターで2種類選んで使用することができます。
4種類のインストゥルメントと8種類のエフェクトが搭載されている「Ableton Move」ですが、実際には曲づくりを始める段階で、その存在を意識することはありません。「Ableton Move」では、インストゥルメントと2種類のエフェクトの組み合わせが、“プリセット”として1,500種類以上用意されており、その中から好みのものを4つのトラックに割り当てるという形になります。プリセットは、『Drum』、『Bass』、『Piano & Keys』、『Synth Lead』など、16カテゴリーに分類され、左上のエンコーダー&ディスプレイを使って素早くブラウズすることが可能。新しい“セット”(「Ableton Move」におけるソング)を作成したときは、トラック1にはドラム系のプリセット、トラック2にはベース系のプリセット、トラック3にはパッド/シンセ/リズミック・サウンド系のプリセット、トラック4にはシンセ・リード/管楽器系のプリセットがランダムにロードされるため、すぐに曲づくりを開始することができます(もちろん、ロードされた音色が気に入らなければ別の音色に変えることもできますし、4トラックすべてを同じプリセット/同系統の音色にすることもできます)。
「Ableton Move」では、各トラックにフレーズやパターンを入力するための『Note』モードと、『Note』モードで作成したクリップを切り替えて楽曲を組み立てる『Session』モードという2つのモードが用意されています。『Note』モード時、パッドはMPCスタイルのドラム・インターフェースと、音階演奏用のメロディック・インターフェースを切り替えることが可能。常に最大のベロシティで記録するフル・ベロシティ機能や、メロディック・インターフェースのキー&スケール設定機能も用意されています。レコーディングは、Recordボタンを押せば始まりますが、秀逸なのが“試し弾き”などもすべてレコーディングしてくれる『Capture』機能を備えている点。『Capture』機能を有効にしておけば、「Ableton Move」はパッドやエンコーダーの操作を勝手にレコーディングし、その内容から推測したテンポを自動的に設定します。Ableton Liveにも同様の機能が備わっていますが、何気ないパッド・プレイを記録してくれるこの機能は、いろいろなアイディアを試しているときに大いに役立つ機能と言えるでしょう。
シンプルで使いやすいサンプリング機能も、「Ableton Move」の大きなフィーチャーです。右上のSamplingボタンを押せば、直ちにサンプリング・モードに入ることができ、内蔵メモリに最大240秒のサンプリングが可能。サンプリング・ソースは、内蔵マイクと背面のオーディオ入力から選択でき、入力ゲインやモニターのオン/オフなども設定することができます。そしてサンプリングしたサウンドは、ブラウザから選択して、『Drum Rack』や『Melodic Sampler』で使用することが可能。フィルター・フリケンシー/レゾナンス、ピッチ、スタート・ポイント、エンベロープ、トリガー・モード/ゲート・モードといったパラメーターを設定することもできます。
作成した楽曲やレコーディングしたサンプルをパソコンに移したいときは、USBあるいはWi-Fiでパソコンに接続して、『Move Manager』を使用します。Move Managerは、Webブラウザ・ベースのソフトウェアで、接続されている「Ableton Move」内のセット/サンプル/プリセットをブラウズすることが可能。任意のファイルをダウンロードするだけでなく、セットをオーディオ・ファイルとしてエクスポートしたり、リネームや削除といった操作も行うことができます。また、セットのアップロード/ダウンロードだけならば、Ableton Cloudを利用することも可能。Ableton Cloudならば、iPhoneのAbleton Noteともやり取りすることができます。
ティーザー・ページの公開後、“Abletonからついにグルボが登場するようだ”といった噂も流れていましたが、「Ableton Move」は、いわゆるグルボとはまったく異なるコンセプトのデバイスです。一応MIDI入出力端子(USB Type-A)は備わっていますが、これはキーボード・コントローラーなどの接続を前提としたもので、他のグルボやハードウェア・マシンと組み合わせて使用するタイプのデバイスではないと言っていいでしょう(Ableton Linkに対応していますし、もちろんそういう使い方もできると思います)。繰り返しになりますが、Abletonが「Ableton Move」で目指したのは“どこでも作曲マシン”であり、“アイディアを素早くキャプチャーできるデバイス”なのです。常にバッグの中に忍ばせて、カフェでも公園でも電車の中でも、どこでも曲づくりができる音楽制作マシン。“4”という現代のマシンにしては少ないトラック数からも、“面倒くさいことは後にして、とにかく曲を作ろうぜ”というAbletonからの強いメッセージを感じます。
「Ableton Move」の価格は69,800円(税込)で、本日(2024年10月8日)から全世界同時に販売がスタートするとのこと。初回の販売台数はかなり少ないようなので、欲しい人は早めにオーダーした方がいいかもしれません。機能や仕様についての詳細は、AbletonのWebサイトをご覧ください。