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カルト的人気を誇るDAW「Tracktion」が遂に復活! Tracktion Softwareスタッフに訊く、復活までの経緯と今後の展開(プレゼントもあります!)
先月開催されたNAMM Showでは、“ICON的注目の新製品”として第3位の「Gittler Guitar」、第2位の「XO Audio Xonami」を紹介しましたが、肝心の第1位の発表がまだでした……(遅れてしまってすみません!)。
NAMM Show 2013の“ICON的注目の新製品”、栄えある第1位に輝いたのは、ショーの初日に突如発表/リリースされたTracktion Softwareの「Tracktion 4」です!
Tracktionについては説明するまでもないとは思いますが、つい先日までMackieが販売していたDAW。その優れたユーザー・インターフェースと軽快な動作で、世界中に多くのユーザーを抱え、カルト的な人気を誇るソフトウェアです。しかし残念ながら、ここ数年はロクにアップデートが行われず、最新のOSでは動作に不具合をきたすこともありました。Mackieもまったく売る気が無いようで、このままTracktionは葬り去られてしまうのか……と誰もが思っていたところにいきなりの復活。Tracktion Softwareという新会社が、「Tracktion 4」として販売を開始しました。この突然の復活劇に歓喜したユーザーは、きっと多いのではないでしょうか。
今回のNAMM Showでは、Tracktion Softwareはブースを構えていたわけではないのですが、会場向かいのMarriott Hotelでプライベート・デモを行っているとの情報をキャッチ。さっそくコンタクトを取り、リリースされたばかりの「Tracktion 4」を見せてもらいながら、今回の復活に至るまでの経緯と今後の展開について話を伺うことにしました。取材に応じてくれたのは、Tracktion Softwareのマーケティング担当のジェームス“ウッディ”ウッドバーン(James “Woody” Woodburn)氏と、セールス担当のデイヴ・クリステンソン(Dave Christenson)氏の二人。あと一人、今回のNAMM Showには来ていないプログラマーのジュリアン“ジュルス”ストーラー(Julian “Jules” Storer)を入れた三人で、Tracktion Softwareはスタートしたそうです。
64bit浮動小数点処理、最高192kHz対応、無制限のオーディオ/MIDIトラック、VST/AU/ReWireサポート、Mac/Windows対応とフル機能のDAWでありながら、59.95ドル(注:2013年2月23日時点でのレートで約5,600円!)という信じられない価格で販売されている「Tracktion 4」。この先9ヶ月〜1年の間に大きなバージョン・アップも予定されているというTracktionは、PreSonus Studio Oneと同じ“新世代のDAW”として、今後ユーザー数を一気に増やしていきそうな感じがします。
それでは発表/リリースの翌日(NAMM Show 2日目の2013年1月25日)に行ったTracktion Softwareのジェームス“ウッディ”ウッドバーン氏とデイヴ・クリステンソン氏のインタビューをお楽しみください。なお、Tracktion Softwareからは、ICONの読者に「Tracktion 4」を3本(!!!)いただきました! NAMM会場で捕獲したノベルティとともにプレゼントを実施しますので、ぜひご応募ください(応募方法は記事の最後に……)。
——— 昨日、何の前触れもなくTracktionが「Tracktion 4」として復活したのには本当に驚きました。Tracktionは日本でも、ひじょうにファンの多いDAWなのですが、まずは今回の復活に至るまでの経緯についておしえていただけますか。
ジェームス“ウッディ”ウッドバーン(JW) 私は昨年までAvidで働いていたのですが、その前はMackieでTracktionのプロダクト・マネージメントを手がけていたんです。MackieでTracktionに関わっていたスタッフは何人かいるんですが、みんなあのソフトウェアのことが大好きで、会社を離れた後も“Tracktion同窓会”といった感じで(笑)、常に連絡を取り合っていたんですよね。しかしMackieはと言えば、2007年にTracktion 3をリリースした後はほぼ放置状態で、もうこのソフトウェアは彼らの製品ラインナップから完全に外れてしまっていた感じでした。それでデイヴ(注:この後登場するデイヴ・クリステンソン氏)と“もの凄く良いソフトウェアなのに、このまま終わってしまうのはもったいない”という話になって、Mackieに権利を譲ってくれないか交渉してみることにしたんです。それが3年くらい前のことで、その後私がAvidに移ったりしたこともあり話し合いは止まってしまったんですが、一昨年ようやく権利譲渡の契約がまとまりました。そして今回、めでたく「Tracktion 4」として復活したというわけです。「Tracktion 4」は64bit対応で、Mac OS X 10.8 Mountain LionやWindows 8といった最新のプラットホームで動作させることができます!
——— デイヴさんも、ジェームスさんと一緒にMackieに勤められていたのですか。
デイヴ・クリステンソン(DC) そうですね。Mackieの前はSolid State Logicで北米担当のブロードキャスト・セールス、その前はEuphonixでインターナショナル・セールスの職に就いていました。Mackieでは、インターナショナル・セールスのディレクターとして働いていて、その頃にジェームスと親しくなったんです。
JW デイヴは長年、プロ・オーディオ市場に対してのセールスの仕事をしてきて、私はずっとプロダクト・マネージメントに関わる仕事をしてきました。
——— MackieからTracktionの権利を譲り受け、お二人で新しい会社を立ち上げたのですか?
DC あと一人、Tracktionの開発を行っているジュリアン(ジュリアン“ジュルス”ストーラー氏)と三人で、Tracktion Softwareという会社を立ち上げました。その名のとおり、Tracktionの開発と販売を行う会社です。この会社自体は、2011年に設立しました。我々のオフィスはシアトルにありますが、ジュリアンは一人ロンドンで開発を行っています。
JW ジュリアンは今回のNAMM Showには来ていません。根っからのプログラマーなので、太陽が嫌いなんですよ(笑)。
——— Tracktionが、天才プログラマーが一人で作り上げたDAWというのは知っていました。ジュリアンさんはなぜMackieに、その権利を譲渡してしまったのでしょうか。
JW Tracktionは、天才プログラマー、ジュリアン・ストーラーが一人で作り上げたソフトウェアです。最初のバージョンのリリースは2001年のことで、現在に至るまでほぼすべて一人で開発を行っています。一人のプログラマーが、すべてのコードを完全に熟知しているDAWというのは他には存在しないのではないでしょうか。
ジュリアンは本当の天才で、彼のような人物は、常にひとつのことに集中するものです。2000年代初頭、彼はTracktionの開発だけに没頭していました。しかし2003年、彼の中でTracktionは、ある程度完成したものになってしまったのです。そんなときにちょうど良いタイミングで、Mackieから彼に声がかかりました。そろそろ他のことに集中したいと考えていた彼は、Tracktionの権利をMackieに譲渡することを決めたのです。おそらくは、タイミングが上手く合ったということなのではないでしょうか。Mackieから提示された金額も、納得のいくものだったようです。
——— 逆にMackieはなぜ、Tracktionの権利を手に入れようと思ったのでしょうか。
JW 私は当時、Mackieでプロダクト・マネージメントの職に就いていたので、内部の事情についてはよく知っています。ひとことで言えば、自分たちでコントロールできるDAWが欲しかったんですよね。Mackieは当時、レコーディング関連製品に参入していましたが、Steinberg Cubaseのライト・バージョンをバンドルしたり、DAWに関してはずっと他社製品に頼っていました。しかしそれだとライセンスの問題もありますし、ライバル会社との差別化も図れない。なのでMackieブランドのDAWが欲しいとずっと思っていたんです。そんなときにMackieからジュリアンに直接声をかけたのか、間に仲介する会社や人物がいたのかは分かりませんが、Tracktionの権利譲渡の話が持ち上がった。それでさっそく調べてみたところ、ひじょうに優れたDAWということが分かったので、協議の結果、権利を譲り受けることになったんだと思います。
DC Mackieは、Tracktionの権利を譲り受けるのと同時に、ジュリアンもプログラマーとして雇用しました。ですので、Mackieが販売するようになった後も、開発はジュリアンが一人で行っていました。
——— しかしその後、Tracktionの進化は止まってしまいますね。
DC Tracktion 3のリリースは確か2007年のことだったと思いますが、セールス的にはけっこう成功したんですよ。だからMackieにとっては悪くない商材だったとは思うんですが、その翌年にリーマン・ショックが起こってアメリカの経済が冷え込んでしまった。当然、会社の売り上げも下降し、それを受けてMackieは製品ラインナップの整理を始めたんです。その結果、ミキサーや小規模のSR用スピーカーといった得意な分野にフォーカスすることになり、あまりセールスが芳しくなかったレコーディング関連製品は縮小することになった。Tracktionも“リストラ”の対象となったわけです。
JW デイヴが言ったとおり、Tracktionのセールス自体は悪くなかったんですよ。私はもっとプロモーションに注力すれば、このソフトウェアは化けるのではないかと感じていました。しかし結局、Mackieという会社はハードウェア・メーカーなんですよね。こういうソフトウェア製品の扱いに慣れていないんです。ソフトウェアは、OSのバージョンが変わったらそれに合わせてアップデートしなければなりませんし、ユーザーが望む機能もどんどん盛り込んでいかなければならない。しかしMackieは、ジュリアンからTracktionという“完成された製品”を手に入れたという意識だったんですよ。あとはひたすらコピーして売ればいいだろうという。私はそれではダメだと思っていましたし、とても良く出来たソフトウェアなのにもったいないとも感じていました。
——— 先ほど、Mackieに権利譲渡の話を最初に持ちかけたのは約3年前とおっしゃっていましたが、話し合いはけっこう難航したのですか。
JW いや、そういうわけではありません。話し合いの途中で私がAvidで働くことになったりして、何だか時間がかかってしまいました。それに権利を譲渡してもらう話なので、細かいところまでいろいろと詰めなければならず、この3年間はあっという間のできごとでしたね。本当はもっと早くローンチしたかったんですけど。
DC しかし我々は権利を快く譲渡してくれたMackieに心から感謝しています。彼らはTracktionユーザーのことを第一に考え、すばらしい決断をしてくれました。本当に正しい判断です。
——— その昔、GibsonはOpcode Systemsを買収して、何の成果も上げずにVisionをはじめとするソフトウェアを終わらせてしまいました。Mackieの判断によっては、同じ末路を辿ってしまう可能性もあったということですね。
DC そうです。悲しいことですが、会社の買収劇によってソフトウェアが終了してしまうのは珍しいことではありません。アメリカでは、何かしらの技術や権利が欲しくてソフトウェア・カンパニーを買収するのはよくあることです。欲しい技術や権利が手に入ったのなら、ソフトウェアなどは別に販売し続ける必要はありません。本当に今回のMackieの決断には感謝しています。
JW BiasのPeakも、ユーザーは多いソフトウェアなんですが、たぶん終わりでしょうね。どこかに譲渡してくれればいいんですが。
——— 昨日リリースされた新しい「Tracktion 4」についておしえてください。
JW もしかしたらご存じかもしれませんが、Tracktionはジュリアンが開発した“JUCE”というライブラリをベースに開発されたソフトウェアです。“JUCE”は、MacやWindowsをはじめ、Linux、iOS、Androidといった様々なプラットホームに対応したC++のクラス・ライブラリで、これを活用することにより優れたソフトウェアを素早く開発することが可能となります。ジュリアンはこの“JUCE”を、GPLライセンスのもと、2004年から無償で配布しています。
DC “JUCE”は、ソフトウェア開発者の間ではとても有名なライブラリです。名前を挙げるのは控えますが、多くのオーディオ・ソフトウェアはこれを基に開発されています。有名なメーカーも数社“JUCE”を採用していて、きっと名前を知ったら驚かれると思いますよ。
JW ジュリアンは、MackieにTracktionの権利を譲渡した後も、“JUCE”の開発をコツコツ続けていました。しかし肝心のTracktionの“JUCE”はと言えば、いろいろな問題があって、Mackieに譲渡した時点でのバージョンで止まってしまっていたんです。つまり、“JUCE”は刻々と進化していたのにも関わらず、Tracktionにはそれが反映されていなかったということですね。
新しい「Tracktion 4」では、ベースとなる“JUCE”が最新のものに換装されました。これが前バージョンとの大きな違いです。“JUCE”が最新のものになったことにより、64bitにも対応し、Mac OS X 10.8 Mountain LionやWindows 8といった最新のOSでも問題なく使えるようになりました。
DC エンジンがくたびれていたフェラーリを、最新のエンジンに交換したようなものです(笑)。
JW 最新の“JUCE”に換装されたメリットは、現行のOSに対応したことだけではありません。ソフトウェアの処理の効率が飛躍的に向上したため、入出力のレーテンシーをこれまで以上に低く抑えることが可能になり、同時に使用できるプラグインの数もかなり多くなりました。もともと同じコンピューターで使った場合、他のDAWと比べてTracktionの方が多くプラグインを使えていたのですが、今回のバージョン・アップでその差がさらに開いたと思います。また、起動ももの凄く速くなりました。
——— 最新の“JUCE”ベースになったこと以外、新機能などは特に無いのでしょうか?
JW 残念ながら「Tracktion 4」での新機能は特にありません。最新の“JUCE”に換装されたことにより、現行のOSに対応して、CPUパワーを効率よく使えるようになった点が「Tracktion 4」のフィーチャーです。
ユーザーの方々にはぜひ期待していただきたいのですが、Tracktionはこれから9ヶ月〜1年以内に大きなバージョン・アップを控えています。バージョン・ナンバーは、5になるか4.5になるかは未定ですけどね。きっと驚きのバージョン・アップになると思います。いま、フォーラムなどでユーザーからのリクエストを訊いている最中ですので、要望がある方はぜひ書き込んでください(笑)。Tracktion Softwareは、Tracktionのために設立された会社です。Mackie時代は約8年間で大きなバージョン・アップは2回しかありませんでしたが、これからは頻繁にアップデートしていくことになると思います。ムダなアップデートはユーザーを混乱させるだけですが、有益なアップデートはどんどん実施するべきですし、やはりソフトウェアは進化によってユーザーをインスパイアしていかないとダメだと思っています。
——— 「Tracktion 4」の開発にはどのくらい時間がかかったのですか?
JW 実質5ヶ月くらいだと思います。Tracktion 3からオーディオ・エンジンを取り除いて、最新の“JUCE”に換装したわけですけど、これだけでもかなり大変な作業なんですよ。Tracktionというソフトウェアがジュリアン一人の手で開発されたもので、すべてのソース・コードを熟知しているからこそ、わずか5ヶ月という期間で完成したと言っていいと思います。
——— このインタビューで、TracktionというDAWの存在を知った人もいると思います。ここで改めて、Tracktionというソフトウェアについておしえていただけますか。
JW Tracktionは、MacとWindowsに対応したフル機能のDAWです。オーディオ・トラックやMIDIトラックは無制限に使うことができ、VSTやAudio Unitsプラグイン、ReWireもサポートしています。高品位なタイム・ストレッチ/ピッチ・シフト機能やループ・ブラウザーも装備しているので、Ableton Live的な使い方もできます。オーディオ・クオリティは、64bit浮動小数点処理で最高192kHzのハイ・サンプル・レートにも対応しているので、生楽器中心の人にもきっと満足していただけるでしょう。DAWに求められる基本的な機能はすべて備わっていると思います。
DC 他のDAWとの大きな違いは、その価格です。Tracktionのフル・バージョンは、59.95ドル(注:2013年2月23日時点でのレートで約5,600円)と他のDAWとは桁が違います。Tracktionは、ビギナー向けの機能を限定したDAWではありません。フル機能のDAWです。
JW 今回リリースした「Tracktion 4」では64bitにも対応し、Mac OS X 10.8 Mountain LionやWindows 8といった最新のOSもサポートしました。
——— 他のDAWと比較したTracktionならではのセールス・ポイントというと?
JW Tracktionは、100%音楽をつくる人のためにデザインされたDAWであるということでしょうか。こういう言い方をすると誤解を招くかもしれませんが、Tracktionはエンジニア用にデザインされたソフトウェアではなく、レコーディング・スタジオなどで使われることをまったく考慮していません。これはTracktionのユニークなところだと思います。Pro Toolsをはじめ、いわゆるDAWというソフトウェアは、レコーディング・スタジオのメタファーで成り立っています。Pro Toolsの編集ウィンドウはマルチトラック・レコーダーですし、ミックス・ウィンドウはミキシング・コンソールですしね。Tracktionは、Pro Toolsをはじめとする他のDAWとは異なり、レコーディング・スタジオを再現することはまったく考えていないのです。
Tracktionのユーザー・インターフェースは、音楽制作のことだけを考慮し、誰もが簡単に操作できるようデザインされています。基本的にウィンドウは1枚で、あらゆる操作がドラッグ&ドロップで行えるようになっています。いわゆるプルダウン・メニューもほとんど備わっていません。そのユーザー・インターフェース・デザインは、マウス操作を前提としたコンピューター用というより、どちらかと言えばiOSやAndroidアプリに近い感じです。
DC そういうシンプルな使いやすいユーザー・インターフェースでありながら、機能面は十分プロフェッショナルの使用に耐えるものになっています。
JW Traktionというかジュリアンは、ラリー・テスラー(Larry Tesler)の影響を大きく受けています。ラリー・テスラーのことはご存じでしょうか? XEROXのパロアルト研究所出身のラリー・テスラーは、Appleのチーフ・サイエンティストだった人物で、“モードレス・ソフトウェア”という概念を生み出しました。“モードレス・ソフトウェア”については、説明すると話が長くなってしまうのですが、簡単に言ってしまえばモードを切り替えることなく使用できるソフトウェアということです。何かを操作するために、モードやページを切り替えることのない直感的なユーザー・インターフェース。現在のiOSなどは、この“モードレス・ソフトウェア”の影響下にあるインターフェース・デザインになっていると思います。ジュリアンは、この“モードレス・ソフトウェア”の思想にひじょうにインスパイアされています。たとえばTracktionには、Pro Toolsにあるようなツール・ボックスの類が一切ありません。それが他のDAWとはまったく違う点です。ほとんどの操作は、ドラッグ&ドロップで行うことができるようになっています。
DC ちなみにラリー・テスラーはAppleを辞めた後、AmazonやYahoo!といったIT系の企業で働いていたようです。詳しくはWikipediaを参照してください(笑)。
——— ドラッグ&ドロップで直感的に使えるユーザー・インターフェースが大きな特徴であるということですね。
JW そのとおりです。Tracktionは、音楽制作のためにデザインされたクリエイティブなソフトウェアです。Pro Toolsをはじめとするレコーディング・スタジオをメタファーとしたDAWは、私個人の意見では作曲には向いているとは思いません。目的が作曲やアレンジならば、Tracktionの方が何倍も効率よく作業できると思います。もちろんPro Toolsは、ひじょうに優れたソフトウェアであり、その機能はとても成熟していると思います。ビデオ機能やブロードキャスト向けの機能など、Tracktionには無い細やかな機能がたくさん備わっていますしね。プロフェッショナルな現場でのスタンダードであることに疑う余地はありません。
DC ユーザーの中には、作曲やアレンジはTracktionで行い、ミックスや最終的なフィニッシュはPro Toolsで行うという人もいます。そういう人に話を訊くと、作曲やアレンジに関してはTracktionの方が素早くできると言ってくれます。
JW もちろんTracktionでも、ミックスや最終的なフィニッシュまでできますけどね(笑)。
——— Tracktionはひじょうに安価なソフトウェアですが、プラグイン・エフェクトやソフト・シンセなども付属しているのですか?
JW エフェクトに関しては、EQやダイナミクス、モジュレーション系、ディレイ、リバーブと、ミックス作業に必要なものはひととおり備わっています。一方、ソフト・シンセに関しては、現時点では標準装備のものはありません。シンプルなシンセサイザーとプリセット・サンプラーくらいだったら付けてもいいのかなとは思うのですが、いまはみんな大量のソフト・シンセを持っているじゃないですか。Native InstrumentsのKompleteを持っている人も多いでしょうし、フリーのソフト・シンセも大量に出回っている。そんな状況を踏まえ、中途半端なものだったら付けない方がいいだろうという判断です。将来的には分からないですけどね。
——— 今後9ヶ月〜1年以内に大きなバージョン・アップを実施予定とのことですが、日本語など英語以外の言語にローカライズする予定はありますか?
JW 現時点では予定はありませんが、Tracktionはローカライズ作業が非常にしやすい設計になっているんですよ。メニューやヘルプなどで使っているテキストは、すべて簡単にエクスポートすることが可能で、ローカライズしたテキストは簡単にインポートできるようになっています。ですので日本語化も、テキストを翻訳するだけで簡単に実現できると思いますが、これはバージョン5以降での課題でしょうね。
DC これは個人的な意見ですが、私はローカライズはそれほど重要ではないと考えています。操作が複雑なソフトウェアでしたらローカライズの意義はあるでしょうが、Tracktionは本当に直感的に使うことができるので、英語が母国語でない人でもメニューやヘルプの言語が障害になることはないと思います。
——— 今後も“JUCE”は無償のライブラリとして提供され続けるのでしょうか?
JW 今後も提供され続けます。Tracktionだけでなく、“JUCE”に関しても大きなバージョン・アップが控えているんですよ。Tracktionの次期バージョンは、それがベースとなります。
——— しかしこれだけのDAWを一人のプログラマーが開発し続けるというのは大変ですね。
JW そうですね。ですので近い将来、セカンド・プログラマーを雇おうと考えています。ジュリアンと一緒に仕事ができるだけの優秀な人材を探すのは、かなり大変なことだとは思いますけど。
——— Tracktionは、Tracktion SoftwareのWebサイトからのダウンロード販売のみなのでしょうか?
JW 現時点ではそうです。ですので日本の方々も我々のサイトから安心して購入いただければと思います(笑)。ただ、いくつかの国ではボックス版の需要があるようなので、それは検討したいと思っています。ボックス版に関しては、つくろうと思えば簡単につくれますからね。
——— Tracktion Softwareという会社は、今後もTracktionの開発と販売に専念する予定なのでしょうか。たとえばプラグイン・エフェクトやソフト・シンセなどを開発する予定はありませんか?
JW 現時点では考えていません。当面はTracktionに専念していきたいと思っています。ただ、Tracktion用のハードウェアは検討しているんですよ。ジェイミーという古くからの友人がいて、iPhone用のバッテリー内蔵ケースをつくったりしている人物なんですが、彼はもの凄いハードウェア・ギークなんですよ。彼と何かしらTracktion用のハードウェアをつくれないか話し合っているところです。今回のNAMM Showにも同行しているので、よろしければ明日紹介しますよ。
——— 日本ではここ1年くらいで、PreSonusのStudio Oneの人気が高まっているのですが、あのDAWについてはどのような印象をお持ちですか。
JW もの凄く良く出来たソフトウェアだと思っています。正直に言うと、大好きです(笑)。ただ世の中には、そんな優れたStudio Oneにも満足できないという人がいますし、それはPro ToolsやLiveに関しても同じです。すべての人を満足させられるものなんて、結局のところ、どんなにがんばっても創造できないんですよ。Studio OneにはStudio Oneのテリトリーがあって、TracktionにはTracktionのテリトリーがある。それでいいんだと思っています。
DC 自分でも音楽を作りたくて、憧れのアーティストと同じDAWを手に入れてはみたものの、難しすぎて途中で挫折してしまった人というのは少なくないと思うんですよ。そういう人にアドバイスしたいのは、決して音楽を作る能力が無かったわけではなく、そのDAWがあなたに合わなかっただけではないかということ。一度DAWを手に入れて、音楽制作を諦めてしまった人にこそ、ぜひTracktionを試してもらいたいですね。
——— 昨日発表されたばかりの「Tracktion 4」ですが、反応はいかがですか?
JW すばらしいの一言です。発表してからまだ丸一日経っていないと思うのですが、Webサイトへのアクセスは20,000PVを上回りました。
——— 今回のNAMM Show期間中は連日ミーティングだと伺いました。そんな中、インタビューに応じていただき、ありがとうございます。
JW こちらこそインタビューを申し込んでくれて嬉しかったです。昨日、「Tracktion 4」を発表して、最初にインタビューを申し込んでくれたのがICONなんですよ。本当にリリース直後にコンタクトしてきたので、“何だこのメディアは!”と驚きました(笑)。そのカッティング・エッジなジャーナリズムはとてもすばらしいと思います。ですからこの取材が、Tracktion Softwareとしての記念すべき最初のインタビューということになるんですよ。
——— それは嬉しいです。本日はありがとうございました!