ART & DESIGN
チップチューン・ガール、TORIENAのドット絵ミュージック・ビデオはいかにして作られたのか? 〜 m7kenjiが語るPhotoshopとFlashを駆使したプロダクション
今年8月にリリースされた、チップチューン・ガール:TORIENAのサード・アルバム、『A.I Complex』。発売後しばらく入手困難な状態が続くなど、歌モノではないコアなチップチューンとしては異例の大ヒット作品となりましたが、そのセールスを後押ししたのが、YouTubeで公開された『Pulse Fighter』のミュージック・ビデオです。VJ/デザイナー/プログラマーとして活躍するm7kenji氏が制作したこのミュージック・ビデオは、’80sビデオ・ゲームをモチーフとした100%ドット絵のムービーとなっており、まるで実在するゲームのような完成度の高さで、大きな話題を呼びました。そしてこのたび、『Pulse Fighter』のミュージック・ビデオがDVD-ROMとしてパッケージ販売されることに。そこでICONでは、このすばらしく完成度の高いミュージック・ビデオはいかにして作られたのか、制作を手がけたm7kenji氏にそのプロダクションについて話をうかがってみることにしました。
ドット絵の作画に入る前に、Adobe Flash Professionalでラフな動画を作る
——— m7kenjiさんとTORIENAさんの出会いは?
m7kenji 2012年の秋に高円寺Highで行われたチップチューンのイベント、『Blip Festival Tokyo』が最初ですね。そのイベントにはぼくを含めてVJが3人参加していたんですけど、ぼくがTORIENAを担当することになったんです。でも彼女は京都の人なので、その後はソーシャルで繋がった程度で、何か一緒にやるということはありませんでした。
——— 最初の印象は?
m7kenji そのイベントで一緒になるまで、彼女のことはまったく知らなかったんですよ。だから音を聴いて、最初はちょっと驚きましたね。“へぇ、若い女の子なのに、こんなにコアなチップチューンをやるんだ”って。あと彼女ってイラストを描いて、それをTwitterとかで公開しているじゃないですか。それがすごくいいなと思いました。どれも個性的で、モチーフとなっているものも独特で……。色使いも普通じゃなくて、特に女の子の肌の色や髪の色がすごくおもしろいんですよ。そういうイラストを見て、いいなと思うのと同時に、自分のセンスをすごく大事にしている人だなと思いましたね。
——— 今回、m7kenjiさんが彼女のミュージック・ビデオを制作することになったのは?
m7kenji 去年の秋、ちょうどTORIENAが『ササクレフェスティバル』に出演した頃に、“映像を作ってほしい”というメールを貰ったんですよ。ぼくは当時、スマートフォン・アプリ『BUGTRONICA』の開発が一段落して、何か新しいことをやりたいなと考えていたときで、TORIENAの映像だったらおもしろいものが作れそうだなと思い、やってみることにしたんです。映像に関しては当時、“やってほしい”というオファーは結構貰っていたんですが、『BUGTRONICA』の開発でいっぱいいっぱいで、しばらく出来ていなかったんですよ。でも、TORIENAからは『BUGTRONICA』の開発が一段落したときに声をかけてもらったので、タイミングが良かったんですよね。
——— TORIENAさんがm7kenjiさんに声をかけたのはなぜだったのでしょう。
m7kenji 彼女の中では最初から『Pulse Fighter』の完成形が見えていて、ドット絵ムービーでやりたかったからだと思います。ぼくは2012年に、DOTAMA×USKの『通勤ソングに栄光を』という曲のミュージック・ビデオを制作したんですが、あのドット絵がぼくの映像のスタイルという感じでしたからね。ぼくに頼んだ時点で、ああいうタッチを求めていたのかなと。
——— 最初から3枚目のアルバム収録曲のミュージック・ビデオという依頼だったのですか?
m7kenji 最初に打ち合わせしたときは、彼女の中で3枚目のアルバムのストーリーが固まってなくて、過去の曲か新しい曲かというのは決まってませんでした。でも、すぐに3枚目のアルバムに収録する新しい曲のビデオを作ってほしいということになって、5曲くらいの中から選んでほしいと言われたんですよ。でも、それは自分で選ぶべきだと言って、彼女が選んだのが『Pulse Fighter』だったんです。それが去年の終わりくらいの話で、そのときは既に楽曲はほとんど完成していましたね。
——— TORIENAさんのアルバムはすべてそうですが、今回の『A.I Complex』は特にすごいコンセプト・アルバムになっています。ストーリーに関しては早い段階で知らされていたのですか?(註:『A.I Complex』のストーリーについては、こちらのインタビューをどうぞ)
m7kenji そうですね。曲を聴かせてもらった段階でストーリーは細かく出来ていて、すごい量のテキストをもらったんですよ。たまたまそのとき、楳図かずお先生の『わたしは真悟』(註:産業用ロボットをテーマに描かれた作品)を読んでいたこともあり、すごくおもしろいストーリーだなと思いましたね。同時に、こんなストーリーを考える子なんだということにも驚きました。最初は気楽な気分で受けてしまったんですが、これはちゃんとやらないとヤバいなと。あと彼女、ストーリーを話しながら自分のことを中二病とか言っていて、それまではサバサバしたイメージだったので“あれ、そうなんだ”と思ったんですけど、中二病なら自分も負けないぞって(笑)。
——— その後、m7kenjiさんは東京、TORIENAさんは京都で、どんな感じで制作は進んでいったのですか?
m7kenji Google DocsやDropboxを使って、イメージ画や絵コンテをやり取りしました。まずは彼女から登場人物のイメージ画や絵コンテを貰い、それを元にAdobe Flash Professionalでラフな動画を作ったんです。やっぱり絵コンテだけですと音に合っているか、そのシーンだけで20秒もたせられるか、わからなかったりするので。それで“こんな感じはどう?”と彼女に提案したりしながら、最初の2〜3ヶ月は内容を詰めていった感じですね。そして内容が出来上がって、ようやくドット絵の作画に取りかかりました。それが今年の春のことです。
一旦Adobe Flash Professionalで連番の静止画を書き出し、再びインポートして動画を作成
——— ここからは制作方法を具体的におしえてください。まず、ドット画はどのようなツールを使って描かれたのですか?
m7kenji 特別なツールは何も使ってなくて、Adobe Photoshopだけですよ。Photoshopで、自分がドット絵を描くときのツール・セットというのがあるんです。左上にファミコンで使われる色を集めたカラー・パレット画像を置いて、右側にはレイヤー・ウィンドウを置いて。そしてカラー・パレットからスポイト・ツールで使いたい色を拾って、ひたすらペン・ツールで描いていく。それだけです。ちゃんとしたピクセル・アーティストは、特別なツールを使ってやっていると思うんですけど、ぼくはまだまだ発展途上なので……。極めて原始的なやり方でやっています。
——— カンバスのサイズは?
m7kenji ファミコンの画面サイズは256×224ピクセルなんですけど、ぼくは320×180ピクセルのカンバスに描いています。16:9の画角で、そのまま等倍するとHDになるサイズですね。
——— Photoshopで描いたドット絵をどうやってアニメーションさせるのですか?
m7kenji Photoshopでは、キャラクターや背景、その他の動きのあるものをレイヤーで作るんです。そしてPhotoshop上で、簡単なGIFアニメーションを作り、作成したキャラクターがちゃんと動くかチェックする。それで問題がなければ、各レイヤーをPSDファイルで書き出し、Flash Professionalに読み込んで、そこで本番のアニメーションを作るんですよ。ですからPhotoshopで作るのはあくまでも静止画で、動きはFlash Professionalで付けるという使い分けですね。人形や舞台はPhotoshopで作って、それらを動かすのはFlash Professionalというか。
——— Flash Professionalのタイムラインでアニメーションを作っていくと。
m7kenji そうです。今回はTORIENAから貰った『Pulse Fighter』の楽曲データ…… ステレオのWAVファイルを読み込み、それを聴きながらアニメーションを作っていきました。フレーム・レートは、最初は60fpsでやろうかなと思ったんですけど、結局30fpsでやりましたね。
Flash Professionalって、今やみんなディスってますけど(笑)、すごくポテンシャルを持ったソフトウェアだと思うんですよ。スプライト画像も作れますし、アニメーションを連番の画像として書き出すこともできますし、何よりソフトウェアとしての敷居が低い。Adobe Systemsさんにはもっとがんばってサポートしてもらいたいですね。
——— Flash Professional上でアニメーションが完成した後は?
m7kenji ここからはぼく独特のやり方だと思うんですけど、まずはFlash Professionalで1フレームごとに連番の画像を書き出すんです。ファイル・フォーマットはPNGで。そしてその連番の画像を再度Flash Professionalに読み込んで、1,920×1,080のHDサイズに拡大し、そこで初めて非圧縮のMOVファイルとして書き出すんですよ。なぜこんな面倒なことをやっているのかと言うと、ドットとドットの間に微妙な隙間が生じるのが嫌なので、まずは正確な静止画を作成してからアニメーションを作っているんです。そして非圧縮のHDムービーとして書き出してしまえば、あとはAdobe Media Encoderを使ってどんなフォーマットにも変換できますから。
——— そして『Pulse Fighter』のミュージック・ビデオは7月30日にYouTubeで公開されたわけですが、最初からもの凄い反響でしたね。
m7kenji ぼくは良いものを作れば絶対に反響はあると思っているので、TORIENAの曲も良かったですし、ある程度話題にはなるかなとは思っていたんですけど、正直想像以上の反響でしたね。再生回数の上がり方も凄くて、MTVやKotakuといった海外のメディアも取り上げてくれましたし、これは約4ヶ月、ひたすらドットを打ち続けた甲斐があったなと(笑)。
——— 今回、DVD-ROMとしてパッケージでも販売されましたが、これは?
m7kenji 別にYouTubeが好評だったからではなく、最初からDVD-ROMを作ろうと話していたんです。今回作ったのは普通のDVDではなく、パソコン用のDVD-ROMで、『Pulse Fighter』のムービーのほか、リミックスや各種制作データなども収録しています。パッケージやブックレットなども本物のゲーム・ソフトのような感じでこだわったので、ぜひ手に取っていただきたいですね。とは言っても、先日の『デザインフェスタ』で用意した分はすべて完売してしまって、今週末の『ピコノロジック』(2014年11月22日/於・大阪 Loft PlusOne West)で販売する若干数しか残ってないんですけど。欲しい人はぜひ『ピコノロジック』に来てください!
——— 最後に、m7kenjiさんにとって今回のTORIENAさんとのコラボレーションはいかがでしたか?
m7kenji TORIENAというのは自分の世界観をしっかり持っていて、出来ることはすべて自分でやってしまう、そんなアーティストだと思うんですよ。ぼくも同じタイプで、出来ることはすべて自分でやってしまいたい。それでも彼女と一緒にやってみたくなったのは、TORIENAの世界観が自分にとって刺激的だからなんですよね。すごくインスパイアされるというか。ぼくは『BUGTRONICA』の開発ですべてを出し切ってしまって、まるで抜け殻のようだったんですが、TORIENAの世界観に刺激されて再び創作に戻って来れたという感じがします。
とりあえずぼくとTORIENAのコラボレーションは今度の『ピコノロジック』で一旦終了なんですが、彼女への注目はどんどん上がってきているので、いずれは別のアーティストがTORIENAのミュージック・ビデオを作ることになると思うんですよ。それでドット絵ムービーを作ろうということになったときは、過去の『Pulse Fighter』をチェックすると思うんですが、その際に“うわ、これはヤバい”と焦ってくれたら嬉しいですね(笑)。実際、ドット絵ムービーとしては、後続のアーティストが焦るくらいのレベルに仕上がっていると自負しています。