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製品開発ストーリー #12:Image-Line FL Studio 12 〜 ベクター・グラフィックス表示とマルチ・タッチ操作をいち早く導入、未来を見据えた先進のDAW

ここ数年の間に、一気にメジャーDAWの仲間入りをはたしたImage-Line社のFL Studio。従来のDAW/MIDIシーケンサーとは一線を画した柔軟で使いやすいユーザー・インターフェースと、付属のソフト・シンセ/プラグインの音の良さで、EDMをはじめとするダンス・ミュージックのクリエイターを中心に大きな支持を集めています。アルファ・バージョンながら待望のMac版も公開され、これからますますユーザーを増やしていきそうなFL Studio。そこでICONでは、Ver.12へのバージョン・アップを機に、FL Studioの開発チームにインタビューを試みました。対応してくれたのは、Image-Line社のコミュニケーション・マネージャーであるスコット・フィッシャー(Scott Fisher)氏。「FL Studio 12」の新機能と、発売が待ち望まれるMac版について話を訊きました。

Image-Line FL Studio 12

FL Studio 12の開発コンセプトは、“これからの10年を見据えた新しいUIの実装”

——— 先ごろリリースされたFL Studioの最新バージョン、「FL Studio 12」の開発コンセプトからおしえてください。

SF あなたの目に今回のバージョンがどのように映っているか分かりませんが、15年以上にも及ぶこのFL Studioの歴史の中で、「FL Studio 12」は最も大きな変革が行われたバージョンになります。我々はこれからの10年を見据え、「FL Studio 12」のユーザー・インターフェースにベクター・グラフィックスを全面採用しました。これまでは一般的なソフトウェア同様、ビットマップ・グラフィックスを採用していましたが、新たにベクター・グラフィックスを採用したことにより、これまで以上に美しく、滑らかで、視認性に優れた表示を実現しています。また、新たに設計されたミキサーは、マルチタッチ操作に完全に対応しました。「FL Studio 12」では、指先で快適にミキシングを行うことが可能です。その他、プラグインを大幅にアップデートするなど、バージョン・アップの内容はかなり多岐に渡っているのですが、「FL Studio 12」の開発コンセプトは、“これからの10年を見据えた新しいユーザー・インターフェースの実装”ということになるでしょうか。

——— なぜ今回、ユーザー・インターフェースを再設計しようと思ったのですか?

SF Appleが2010年に発売したiPhone 4で、それまでの倍の解像度を持つRetina Displayを採用して以降、テクノロジーの世界はモニター・ディスプレイの高解像度化に突き進んでいます。最近では4Kや5K対応のモニター・ディスプレイが普通に販売されており、そのうち8K対応のものも珍しくなくなるでしょう。モニター・ディスプレイの高解像度化が進んでいるのに、ソフトウェアのユーザー・インターフェースがビットマップのままというのはもったいないですし、ユーザーの側に立っても決して気分のいいものではありません。そこで我々は今回、モダンでフレキシブルなベクター・グラフィックスを全面採用することにしたのです。ソフトウェアのユーザー・インターフェースの描画方式を全面的に変えるというのは決して容易な作業ではありませんが、FL Studioの未来のことを考えれば、ここで取り組まなければダメだと思ったんですよ。

Image-Line - Scott Fisher

——— ベクター・グラフィックス化した「FL Studio 12」のユーザー・インターフェースは本当に美しいですね。

SF ベクター・グラフィックスですので、基本的にモニター・ディスプレイの解像度に制限は受けませんが、「FL Studio 12」は最大8K、7,680×4,320ピクセルの表示に対応します。そしてこのスペックは、ソース・コードを書き換えることで、いつでも拡張できるようになっています。

ベクター・グラフィックスによる恩恵は、見た目の美しさだけではありません。ビットマップ・グラフィックスのように固定化された表示ではないため、モニター・ディスプレイのサイズに合わせたフレキシブルな描画が可能なのです。例えばミキサーでは、モニター・ディスプレイのサイズに合わせてチャンネル・ストリップをダイナミックにスケールさせたり、ズームさせることができます。使用するモニター・ディスプレイのサイズが大きければ、より多くの操作子を表示させることができるのです。効率のよいワークフローを実現するためには、モニター・ディスプレイの限られた表示領域を最大限活用しなければなりません。業務スタジオなどでは、モニター・ディスプレイを複数枚使う例も見られますが、我々としては大型のモニター・ディスプレイを1面、効率良く使用するのがベストだと考えています。もちろん、すべてのユーザーが4K対応のモニター・ディスプレイを使用しているわけではないということも理解しており、「FL Studio 12」のベクター・グラフィックスは大きくないモニター・ディスプレイでも優れた操作性と視認性を提供します。

——— マルチタッチ操作への対応についてもおしえてください。

SF FL Studioは、これまでもタッチ・スクリーン操作に対応していましたが、新しい「FL Studio 12」ではマルチタッチ操作を強化するなど、指先でのより快適な操作感を実現しました。特にタッチ操作のメリットが大きいミキサーに関しては、マルチタッチに完全対応しています。前世紀までは、コンピューターをはじめとするデジタル・デバイスを操作するインターフェースはマウスとキーボードが主流でしたが、今世紀に入り登場したスマートフォンやタブレットといった新しいデジタル・デバイスによって、画面を指先で触れて操作するスタイルが当たり前になりました。この新しいマン・マシン・インターフェースが、音楽制作のワークフローをより円滑なものにするのであれば、我々はそれをサポートしないわけにはいきません。我々は、タッチ操作がミュージック・クリエイターに革新的なワークフローをもたらすと確信しています。

ただ、デスクトップOSはマウスとキーボードを使った操作を前提とした設計になっているので、そこにタッチ操作を取り入れるには慎重なデザインが必要です。マウス・ポインターと指先では大きさが異なるため、単にタッチ操作に対応したというだけでは、快適な操作性は得られません。先ほども紹介したとおり、「FL Studio 12」は新しいベクター・グラフィックス表示により、ミキサーなどを自由にスケーリングできるようになりました。これにより、自分の指先に適したサイズで、快適な操作が可能になります。タッチ操作に完全に対応させるためには、ベクター・グラフィックスの導入は不可欠だったのです。

Image-Line FL Studio 12

——— DAWを指先で操作することに、まだピンときていない人も多いと思います。タッチ操作は、ユーザーにどのようなメリットをもたらしますか?

SF ミキサーなどのグラフィックに、直接触れて操作できる環境は、間違いなくユーザーの“感覚”を刺激します。YouTubeにアップされているMolten Music Technology制作の「FL Studio 12」のレビュー動画をぜひご覧ください。このレビュー動画は非常に素すばらしく、「FL Studio 12」の革新的なユーザー・インターフェースがよく理解できる内容になっています。タッチ操作は、よりインタラクティブな操作感をユーザーにもたらします。

——— 「FL Studio 12」では、3xOSCやEdisonといったプラグインのユーザー・インターフェースも刷新されましたね。

SF 我々は当然、本体となるFL Studioだけでなく、付属のプラグインもすべてベクター・クラフィックスに対応させなければなりません。しかし一気にすべてを対応させることはできないので、人気のあるプラグインからベクター・クラフィックスに対応させたのです。ユーザー・フォーラムで意見を募ったところ、3xOSCが最もヘヴィに使われているとのことだったので、このプラグインを最初にアップデートしました。しかし時間はかかるでしょうが、我々はすべてのプラグインをベクター・クラフィックスに対応させる予定です。その中でも、FPCやDirectWaveは優先して対応させなければならないでしょうね。

——— Signature Bundleには、Harmless、Newtone、GrossBeat、Picherといったこれまで有償で販売されていたプラグインがバンドルされるようになりました。かなり大盤振る舞いな印象です。

SF 我々が数年前に導入した“ライフタイムアップデート(生涯永久無償アップデート)”はすばらしい制度であると自負しており、今回のような大きなバージョン・アップ時には、ユーザーの皆様の想像以上のものを提供したいと考えています。そこでFL Studioユーザーにとても人気のあるHarmlessやNewtoneといったプラグインを無償で提供することにしたのです。我々は、ユーザーの皆様に“FL Studioを愛用していた良かった”と感じていただけるようなバージョン・アップを実施していきたいと考えています。

——— とはいえ、有償のプラグインを無償でバンドルしてしまうと、会社の収益源が減ってしまうのではないですか?

SF 我々はFL Studioのユーザーを、もっともっと増やしたいのです。ただ、おっしゃるとおり商品の数が減ってしまうのは会社にとってマイナスなので、有償のプラグインをどんどん充実させていきたいと考えています。

Image-Line FL Studio 12

EDMのプロデューサーに支持されており、トップDJ 100人のうち20〜30%はFL Studioユーザー

——— 最近のDAWソフトウェアは、どれも十分な機能を備えており、“できること”に関しては、ほとんど差は無いのではないかという印象です。そんな中で、FL Studioのアドバンテージというと?

SF 柔軟なワークフローでしょうね。FL Studioでは、あらゆる方法で曲作りやトラックメイクが行えます。例えば、FL Studioにはパターンを並べて楽曲の構成を自由に組むことができるPlaylistという便利な機能が備わっていますが、Playlistを構成するクリップ・トラックは特定のインストゥルメントやオーディオ素材、クリップの種類に縛られません。他のほとんどのDAWソフトウェアでは、MIDIやオーディオといったトラックの属性が固定されており、そのトラックに紐付けられるインストゥルメントも普通は1つです。しかしFL Studioでは、1つのクリップ・トラックから、たくさんのインストゥルメントを鳴らすことができるのです。このPlaylistの柔軟さを一度でも体験してしまったら、きっと他のDAWソフトウェアは窮屈で使えなくなってしまうでしょう。個人的にも、FL StudioのPlaylistは、他に類を見ない“Genius Feature”だと感じています。

もちろん、Playlistを使った縦横無尽な曲作りをユーザーに強いるものではありません。トラックに録音して、編集して、ミックスして…… という既存のDAWソフトウェアで標準となっている“積み上げ式のワークフロー”にも対応しています。しかしこのワークフローは、FL Studioにおいては曲作りの選択肢の1つに過ぎないということです。

——— FL Studioは、EDMのDJ/プロデューサーの間で非常に人気がありますね。

SF そうですね。少し前に調査したところ、トップDJ 100人のFL Studioユーザーの割合は10〜15%でした。最近は他のDAWソフトウェアをメインで使うユーザーも、FL Studioを併用してくれていたりするので、そういった人を含めると20〜30%はFL Studioユーザーだと思います。この結果は我々にとって本当に誇らしいことですね。EDMがブームになる前は、FL Studioはヒップホップのプロデューサー/DJに非常に人気があり、この傾向は今でも続いています。こららのことを踏まえると、FL Studioはその時代、時代の最新の音楽を作り出すプロデューサー/DJに支持されているということになります。彼らが支持してくれている理由は様々でしょうが、柔軟性の高さとクリエイティブ・ツールとしての“深み”が大きな要因なんじゃないかと思っています。

——— つい先日、待望のOS X版がアルファ・バージョンながら公開されました。Macへの対応についておしえていただけますか。

SF OS X版については、まだ多くを語れる段階にはないのですが、ネイティブ・コードのFL StudioがOS X上で動いているというのは、ちょっとした奇跡だと思います。我々は、OS X版FL Studioを何とかして実現するため、この世界で有名な敏腕プログラマーに開発を依頼しました。まだ開発の初期段階で、リリース日はまったく決まっていないのですが、アルファ・バージョンを公開することで、我々がOS X版の開発に取り組んでいることを証明したかったのです。

Image-Line FL Studio 12 for Mac

——— OS Xは、タッチ操作に対応していません。Windows版とMac版では、ユーザー・インターフェース面で違いが出てきそうですね。

SF 近い将来、AppleもデスクトップOSのタッチ操作対応に取り組むのではないかと期待しています。 何かしら新しいハードウェアが登場するタイミングで、OS XとiOSが融合する可能性もあるのではないかとも考えています。ですから、Windows版とMac版の違いについては、あまり心配していません。

——— 気が早いですが、バージョン13ではどのような新機能を追加する予定ですか?

SF 我々には製品の開発ロードマップがあり、そこにユーザーからのリクエストを加味して新バージョンの内容を決定しています。あとは世間のトレンドも注視しています。Newtoneを開発したのは、Celemony Melodyneがヒットしていたからなんですよ。新しいバージョンについては、まだ何もお話しできませんが、バージョン12ではベクター・グラフィックスへの対応という大きなハードルを乗り越えることができたので、今度はユーザーに喜ばれるような新機能を搭載できればと考えています。

——— 最後に、日本のFL Studioユーザーにメッセージをお願いいたします。

SF 日本の皆さんの長年にわたるFL Studioへのサポートに心から感謝します。FL Studioは、我々の想像を遥かに上回る成功を収め、代表的な音楽制作ソフトウェアの1つに数えられるまでになりました。FL Studioのデモ・バージョンは現在、1日あたり30,000回以上ダウンロードされており、この数字にはいまだに驚いています。我々はFL Studioをより良いソフトウェアにするべく、多くのエネルギーを費やして開発作業を行っています。FL Studioの未来をぜひ楽しみにしていてください。