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デニス・フェラー、自身のスタジオとシンセサイザー・コレクションを語る

ニューヨークのダンス・ミュージック・シーンを牽引するプロデューサー/DJ、デニス・フェラー(Dennis Ferrer)。デニス・フェラーというと、2000年代に入ってから頭角を現したというイメージがありますが、実は90年代初頭には既にBig Beatから作品をリリースしており、その後はテツ・イノウエとの共作でアンビエント/テクノ作品を発表するなど、長いキャリアを持ったプロデューサー/DJです。今回のニューヨーク取材では、そんなデニス・フェラーのプライベート・スタジオを訪問することができました。ニューヨーク郊外、ニュージャージーの住宅街にあるプライベート・スタジオは、多数のシンセサイザーが揃えられた機材マニアのデニス・フェラーらしい作業場でした。

Dennis Ferrer

ハードウェア・シンセサイザーは、約2年間ですべて揃えた

——— このスタジオはいつごろ開設されたのですか?

DF 10年くらい前かな。それまではケリー・チャンドラーのスタジオの一部を貸してもらって、しばらくそこで作業をしていたんだけど、徐々に自分のスタジオが欲しくなってここを造ったんだ。車庫を改装してね。防音はしっかりやったし、機材もかなり揃っているけど、人には貸さないよ。あくまでも自分だけのワークスペースなんだ。

——— コンディションの良いシンセサイザーがたくさん揃えられていますね。

DF 実は約2年前は、100%ソフト・シンセで制作していたんだよ。ここにあるシンセサイザーはすべて、この2年間で揃えたものなんだ。

——— 本当ですか? それは驚きです。

DF 90年代はハード・シンセだけで作業していたんだけどね。ぼくはかなりのシンセ・マニアで…… マンハッタンにあるRogue Musicって楽器店知ってる?

——— 知っています。有名な楽器店ですよね。

DF ぼくは学生時代、あそこで働いていたんだよ。まだ良い時代でね。いまは10,000ドルするローランド JUPITER-8も、当時は500ドルくらいで買えたので、結局3台も買ったよ(笑)。E-mu SP-1200なんかも300ドルくらいで買えたしね。そこで働きながら、ローランド SH-101、MC-202、TB-303、TR-909、コルグ SQ-10といった機材を揃えていって、Apple Macintosh LC、MOTU Digital Performer、Alesis ADATにコンソールといった機器を組み合わせて曲を作っていたんだ。中でもお気に入りだったのはSQ-10で、あれは本当に大好きだったよ。

そんな感じでずっとハードウェアに囲まれながら制作をしていたわけだけど、コンピューターがパワフルになるに伴って徐々にプラグインやソフト・シンセに移行していって、2年前にはハードウェアはまったく無くなっていた。完全にコンピューター内のプロダクションに移行してしまったのさ。でも音質面をはじめ、フィジカルなオペレーションという点でもコンピューター内ですべてを完結させるやり方に限界を感じて、またハードウェアも併用し始めたら…… 2年でご覧のとおりさ(笑)。シンセサイザーに関しては本当にすべて手放してしまっていたので、2年でここまで買い戻すのは大変だったよ。調子の良くないものは直したりしてね。

Dennis Ferrer

ニューヨーク郊外にあるデニス・フェラーのプライベート・スタジオ

Dennis Ferrer

モニター・スピーカー、ADAM S3X

——— 現在はハードウェアとソフト・シンセを併用しているんですか?

DF そうだね。でも9割はハードウェアだ。ソフト・シンセは、Native Instruments KontaktとAudiobro LA Scoring Stringsの組み合わせをストリングス用に使って、あとはFXpansion GeistGeistはあまり評価されていないようだけど、すばらしいソフトウェアだ。サウンドがソリッドでヘヴィで本当に良いんだ。同じサンプルでもGeistで鳴らすだけで全然違うんだよ。それにGeistはフィルターが最高だ。ソフト・シンセの中では、FXpansion製品のフィルターがベストだと思っているよ。

——— Native Instruments Maschine Studioもありますね。

DF Maschineも使う。ユーザー・インターフェースに関しては、GeistよりもMaschineの方が良いね(笑)。便利さとサウンド、どちらを取るかという感じかな。

Dennis Ferrer

Native Instruments Maschine Studio

——— ハードウェア・シンセサイザーは、DAWのMIDIトラックで鳴らして?

DF そう。DAWは、Avid Pro ToolsやAbleton Liveなどひととおり持っているけど、メインで使っているのはApple Logic Proだ。

——— ハードウェア・シンセサイザーの使い分けについておしえてください。

DF Oberheim OB-Xはシンセ・パッド、Sequential Circuits Pro Oneはベース、ARP Odysseyは一風変わったサウンド、Ensoniq SQ-80はデジタルの変な音、Oberheim OB-8は常にストリングス、ローランド JUNO-60はベース、PPG Wave 2.2はベル、Moog Memorymoogはとにかくぶっ太い音が欲しいときに使う。ヤマハ DX7も本当にすばらしいシンセサイザーだ。

Dennis Ferrer

コンソールに向かって右側のスタンドには、Oberheim OB-8、ローランド JUNO-60、PPG Wave 2.2、Moog Memorymoog、ヤマハ DX7をマウント

——— モジュールに関しては?

DF Kurzweil K2600はお気に入りの1台で、どんな音色にでも使う。まさに“オールラウンド・マシン”だね。ローランド MKS-70はストリングス用で、少し前に手に入れたコルグ EX-8000はシンセ・サウンド用。フィルターが凄く良いんだよ。ただ、パネルでの操作はバカみたいに面倒なので、Kiwitechnics Patch Editorをプログラマーとして組み合わせている。Kiwitechnics Patch Editorは本当に良く出来たプログラマーで、1台あればたくさんのシンセサイザーをエディットできるんだ。MKS-70もコイツを使ってエディットしているよ。Kiwitechnics Patch Editorが対応していないシンセサイザーに関しては、Sound Questのエディター/ライブラリアン、Midi Questを愛用している。Midi Questもグレイトなソフトウェアだね。

Dennis Ferrer

コンソールに向かって右側のラックにマウントされたモジュール類。Kurzweil K2600、ローランド MKS-70、コルグ EX-8000などを収納

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コルグ EX-8000やローランド MKS-70のエディット用に活躍しているKiwitechnics Patch Editor

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ソフト・シンセをはじめ、多くの音源のエディット用に使用しているというSound Questのエディター/ライブラリアン、Midi Quest

——— Oberheimのシンセサイザーが、OB-X、OB-Xa、OB-8、そして最新のSEMと、4台もありますね。

DF Oberheimサウンドが大好きなんだ。OB-XとOB-Xa、OB-8の3台は似たようなルックスだけど、サウンドは全然違う。女の子にたとえるとわかりやすいんだけど(笑)、OB-8は誰もが振り返るようなかわいい女の子だね。長い髪で、ドレスを着たようなかわいい女の子(笑)。そしてOB-Xは、ちょっと太めのグラマーな女の子だ。で、OB-Xaは“ビッチ”だね(笑)。ダーティーでアングリーなサウンドで……。でもそれがとても良いんだよ。新しいSEMも気に入っているよ。

Dennis Ferrer

コンソールに向かって左側のスタンドには、Oberheim OB-X、ARP Odyssey、Sequential Circuits Pro One、Ensoniq SQ-80をマウント。一番下にあるのはRhodes

——— 中でもいちばんのお気に入りは?

DF コンソール脇のOctave Plateau Voyetra 8。これは“My Baby”だ。これまで、たくさんのシンセサイザーがソフトウェア化されてきたけど、Voyetra 8だけはいまだにソフトウェア化されていない。似たようなサウンドが出せるシンセサイザーは、ぼくが知る限り存在しないし、コイツでなければ“あのサウンド”は絶対に出せないよ。New Orderの『Blue Monday』や、Eurythmicsの『Sweet Dreams』で誰もが聴いたことのある“あのサウンド”ね。SSMのフィルターがすばらしいし、異なるサウンドを左右でスプリットできるのもいい。

ご存じのとおり、とてもレアなシンセサイザーだけど、ショップで偶然壊れているものを発見したんだ。ぼくはたまたまOctave Plateauで働いていた人間を知っていたので、修理してもらうことができたんだよ。Voyetra Sequencer PlusというMIDIシーケンサーのことは憶えてる? Voyetra 8とVoyetra Sequencer Plusは同じ開発者の手によるものなんだ。Octave CATも同じ開発者が手がけたものだよ。

Dennis Ferrer

“My Baby”と語るシンセサイザー、Octave Plateau Voyetra 8とローランド TR-909。コンソールの左脇に鎮座

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Voyetra 8のMIDI端子はなんとXLR!

——— Voyetra 8の上にはローランド TR-909が置かれていますね。

DF このTR-909は改造してあるんだ。裏のカートリッジのスロットにツマミやスイッチが取り付けてあって、キックのディケイをTR-808のように伸ばしたり、ハイハットのピッチを変えられるようにしてある。ディケイをめいっぱい伸ばした909キックのサウンドは強力だよ。

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TR-909は改造が施してあり、背面のカートリッジ・スロットのツマミやスイッチによって、キックのディケイやハイハットのピッチが調整可能になっている

TR-909と言えば、ラルフィ・ロザリオの909の話は知ってる? TR-909は個体差があって、1台1台グルーヴが違うけど、ラルフィが持っている909は超独特のグルーヴを持っているんだ。だから90年代、ハウスのプロデューサーはみんなラルフィから909を借りて使っていたんだよ。たぶんあのグルーヴは、内部的に何かがおかしくなって生じているものだと思うんだけど、本当に独特のノリを持っているんだ。彼が自分の909を持って街中を歩いていたら、きっと泥棒に奪われるだろうね(笑)。それくらい伝説の909だ。あれはスミソニアン博物館に所蔵されるべき逸品だと思うよ(笑)。

——— ローランド AIRAも、TR-8、TB-3、System-1と3台ありますね。

DF TB-3はシーケンサーとして使ったりもしている。System-1は、新しいSH-2 Plug-Outを試しているところだけど、実機にかなり似ているね。ぼくは実機を持っているので、じっくり比べてみたんだけど、本当によく再現されているなと思ったよ。

Dennis Ferrer

コンソールの右脇に置かれたローランド AIRA TB-3、Tom Oberheim SEM、Lexicon LARC

——— スタジオの中心となるのは、Ocean Audioのアナログ・コンソール、Ark 516ですか?

DF そうだね。シンセサイザーはすべてこのコンソールに入力して味付けとミックスを行い、Logic Proにレコーディングしている。Ark 516はとても気に入っていて、そのサウンドがすばらしいのはもちろんのこと、500 Seriesモジュール用のスロットが40基も用意されているのがいいんだ。ぼくはチャンネル・ストリップにはAvedis Audioのプリアンプ・モジュール MA5と、ElectrodyneのEQモジュール 511を装着している。加えてインサート用として、Dramastic Audioのバス・コンプレッサー・モジュール Obsidian 500、Shinyboxのフィルター・モジュール Guillotineを4台装着しているよ。

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スタジオの中心となるアナログ・コンソール、Ocean Audio Ark 516

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チャンネル・ストリップには、Avedis Audioのプリアンプ・モジュール MA5、ElectrodyneのEQモジュール 511が装着されている

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インサート用としては、Dramastic Audioのバス・コンプレッサー・モジュール Obsidian 500、Shinyboxのフィルター・モジュール Guillotineを4台装着(一番右側のモジュールはメーカー/製品名不明)

それとOberheimの古いシンセサイザーなどは、コンソールに入力する前にRadial Engineeringのダイレクト・ボックス、JDI Duplexを通している。JDI Duplexは、Jensenのトランスフォーマーが入っていて凄く良いんだけど、最近のものはJensenではないようなので、購入する場合は注意が必要だね(笑)。

Dennis Ferrer

Radial Engineeringのダイレクト・ボックス、JDI Duplex

——— アウトボードもかなり用意されていますね。

DF 定番モノばかりだね。Lexicon 480L、Model 300、TC Electronic 2290、Eventide H3000SE、ローランド SDD-320とか。Neve 1084、Telefunken V72、Teletronix LA-2A、Universal AudioのBlue Stripe 1176は、すべてオリジナルだ。

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コンソール右側に設置されたアウトボード・ラック。Teletronix LA-2A、Universal Audio 1176、Lexicon 480L、Model 300、TC Electronic 2290、Eventide H3000SE、ローランド SDD-320などを収納

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Vintage King製ラックにノックダウンされたオリジナルNeve 1084とTelefunken V72

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コンソールの左側には、Antelope Trinity、10M、Waves L2などを収納

——— オーディオ・インターフェースは、Lynx Aurora 16ですね。

DF 実はこれ、仮に使っているだけで、本当のメイン・インターフェースは、iZ Technology ADA IIなんだ。ADA IIを2台、48ch入出力で使っている。ADA IIは、とにかくサウンドがすばらしくて、ハウス・ミュージックにはバッチリだ。

——— 今後の予定をおしえてください。

DF いろいろやっているけど、今は自分名義のアルバムの制作に入っている。このアルバムは、Defectedからリリースされる予定だよ。

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