MUSIKTECHNIK

Line 6 共同設立者 マーカス・ライル・インタビュー:ギター・アンプを“再発明”した話題の新製品「AMPLIFi」と、ヤマハによるLine 6の完全子会社化について語る

1月のNAMM Showで発表され、つい先ごろ日本でも販売が開始された話題の新製品、「AMPLIFi(アンプリファイ)」。Line 6が、“ギター・アンプの再発明”と謳うこの製品は、自宅でギター・プレイを楽しむ人向けに開発された、まったく新しいスタイルのギター・アンプです。

Line 6 - Marcus Ryle Interview

ギター・アンプとしては、POD直系のモデリング・テクノロジーによって、ありとあらゆるギター・トーンを再現することができる「AMPLIFi」ですが、それだけでなく、コンピューター(Mac/Windows)やスマートフォン/タブレット(iOS/Android)の音楽も、Bluetooth接続によりワイヤレスで再生することが可能。もちろん、普通のギター用スピーカーでは音楽をフル・レンジで再生することはできないため、「AMPLIFi」ではギター用スピーカーの両脇に2ウェイのステレオ・スピーカーを搭載して、計5個のスピーカーを有機的にフル活用することによって、ギター・サウンドとフル・レンジの音楽を同時に再生できる仕様になっているのです(つまり、ギター・アンプとオーディオ用ステレオ・スピーカーが合体した製品ということですね)。

「AMPLIFi」の特徴はこれだけではありません。“トーンマッチング”と呼ばれる画期的な機能により、あらゆる楽曲のギター・トーンをリアルに再現することが可能になっているのです。たとえば、The Eaglesの『Hotel California』を弾きたければ、専用のiOSアプリを使って『Hotel California』のトラックを再生するだけで、それにマッチしたギター・トーンがクラウドから読み込まれて準備は完了。「AMPLIFi」には、製品発売時に計7,000ものギター・トーンが用意されているだけでなく、ユーザーが作成したオリジナルのギター・トーンをクラウドにアップできるようになっているため、『Hotel California』のような名曲だけでなく、日本のアーティストを含むさまざまな楽曲への対応が行われています。

Line 6 - Marcus Ryle Interview

VOX AC30をモダンにしたようなデザインで、自宅の部屋やリビングに置いても違和感のない「AMPLIFi」。普段はコンピューターやタブレットをBluetooth経由やAUX入力に接続してリスニング用のオーディオ・スピーカーとして使い、ギターを弾きたくなったときはアンプとしても使えるという、これまでにありそうでなかったタイプの製品と言っていいでしょう。

そこでICONでは、カリフォルニアのカラバサスという街にあるLine 6本社におじゃまして、同社の共同設立者でありCSO(註:Chief Strategy Officer/最高戦略責任者)でもあるマーカス・ライル(Marcus Ryle)氏にインタビューを敢行。マーカスさんは、ご存じの方も多いと思いますが、あのOberheimでキャリアをスタートさせ、その後AlesisでADAT、DigidesignでSampleCell、そしてLine 6でPODを開発した、この業界のレジェンドのひとりです。今回のインタビューでは、氏の最新の“発明品”である「AMPLIFi」についてはもちろんのこと、世界中を驚かせたヤマハによるLine 6の完全子会社化の一件や、幻の“Oberheim Matrix-24”についてなど、興味深い話をたくさん訊くことができました。ぜひご一読ください。

Line 6 - Marcus Ryle Interview

ギター・アンプの“再発明”、話題の新製品「AMPLIFi」

——— マーカスさんは、Line 6の共同設立者のひとりとして日本でも有名ですが、現在はどのようなポジションに就かれているのですか?

MR 私はこのところ、CSO(註:Chief Strategy Officer/最高戦略責任者)という立場にあります。CSOというのは、会社の戦略やビジョンを決定する責任者ですね。製品のロードマップを含め、戦略やビジョンに関しては私ひとりで考えているわけではありませんが、私がLine 6の意思を統括しているのは確かです。わかりやすく言えば、ミュージシャンが抱えている問題を解決していくのが我々の使命なわけですが、たくさんある問題の中で我々はどれを解決するべきなのか、どのような順番で解決していくべきかというのを検討し、決定するのが私の仕事ですね。

——— NAMM Showで発表された新製品「AMPLIFi」は、ギター・アンプとBluetoothスピーカーが融合した、これまでになかったタイプの製品ですね。この製品は、どのようなアイディアから生まれたのでしょうか。

MR ギタリストは誰しも、ジャムるのが大好きです。彼らはいちどジャムり始めたら、時間を忘れて延々と演奏し続けます(笑)。しかし、常にジャムれる仲間が周囲にいて、バンド演奏可能なスタジオを持っているギタリストなんていうのは、世界中にほんの一握りしかいません。つまり、世のギタリストはジャムるのが大好きなのに、実際には思う存分ジャムれてないということです。我々はこのことに気づき、彼らのストレスを何とかして解消したいと思ったんですよ(笑)。そしてギタリストが好きな時間に、好きなだけジャムれるツールを提供しようと考えたのです。これが「AMPLIFi」開発のスタート・ポイントですね。

Line 6 - Marcus Ryle Interview

1月のNAMM Showでの「AMPLIFi」の発表会のようす。「ギター・アンプの“再発明”」という刺激的なキャッチ・コピーもあって、世界中から多くのメディアが詰めかけた

Line 6 - Marcus Ryle Interview

発表会の会場にズラリと並べられた「AMPLIFi」。スピーカーのサイズと出力が異なる「AMPLIFi 150」と「AMPLIFi 75」という2製品がラインナップされている

Line 6 - Marcus Ryle Interview

「AMPLIFi 75」を上から見下ろしたところ。基本的にはiOSデバイス(iPadやiPhoneなど)と組み合わせて使用する「AMPLIFi」だが、ドライブやベース/ミッド/ハイ、ボリュームなどは普通のギター・アンプと同様にツマミで操作することが可能。ツマミの奥にある凹みには、iPadなどのタブレットを立てかけておけるデザインになっている

Line 6 - Marcus Ryle Interview

発表会で、「AMPLIFi」の注目機能“トーンマッチング”が紹介されているところ。名曲のギター・トーンが実際にデモンストレーションされ、そのサウンドの酷似ぶりには集まったメディアも驚いたようすだった

——— 「AMPLIFi」の特徴を簡単におしえていただけますか。

MR 「AMPLIFi」は、DSPを搭載したパワフルなギター・アンプであるのと同時に、Bluetooth接続のオーディオ・スピーカーとしても機能する点が大きな特徴です。つまり、ギターを繋いで楽しむだけでなく、コンピューターやiPadをBluetoothで接続して、音楽を再生することもできるのです。もちろん、オケを流しながら、その上でギター・サウンドを鳴らすこともできますよ(笑)。

そして“トーンマッチング”という機能も、「AMPLIFi」の大きなフィーチャーです。「AMPLIFi」では、クラウドに用意された膨大な数のギター・トーンをiOSデバイス経由で利用することができ、著名な楽曲のサウンドを瞬時に再現できるようになっています。たとえば、『Highway Star』を弾きたいと思ったら、クラウドからそのギター・トーンを呼び出せばいいのです。リッチー・ブラックモアのギター・サウンドを苦労して作り出す必要はありません。もちろん、クラウドに用意されている『Highway Star』のギター・トーンが気に入らなかった場合は、ご自身で作成されても構いませんけどね(笑)。「AMPLIFi」には、「AMPLIFi Remote」という専用アプリが用意されているので、iPadやiPhoneからギター・トーンを自在にエディットすることができます。そして良いギター・トーンができたなら、ぜひクラウドにアップしてください。そうすれば、作成したギター・トーンは世界中の人々が利用できるようになり、また人々がそれをレーティング(評価)することで、クラウドにアップされているギター・トーンのレベルがどんどん上がっていくという仕組みです。「AMPLIFi」は本当におもしろい製品ですよ。

Line 6 - Marcus Ryle Interview

The Eaglesの『Life in the Fast Lane』のギター・トーンが読み込まれたiPadの画面

——— これまでのLine 6のギター・アンプというと、プロがステージやスタジオで使うイメージでしたが、「AMPLIFi」はホーム・ユースをターゲットにした製品なんですね。

MR そうですね。プロ・ギタリストがステージで使う、DTシリーズのようなブティック・アンプとは違うタイプの製品です。しかし、だからといってプロ・ギタリストが対象外というわけではありません。プロのギタリストだって、自宅のリビングでギターをつま弾くことはあるでしょう。曲を作ったり、リフを考えたりするときとか……。スタジオでPro Toolsを使っているプロデューサーが、自宅でのスケッチ用にGarageBandを使うように。あとはバック・ステージで、ウォームアップのためにギターを弾くこともありますよね。「AMPLIFi」は、そんな用途にも最適な製品です。もちろん、大きいほうの「AMPLIFi 150」はかなりパワーがあるので、メイン・アンプとしてステージでも活躍すると思いますよ。音色にうるさいプロフェッショナルの方々にも納得していただけるクオリティの製品に仕上がっていると自負しています。

ギター用スピーカーとオーディオ用ステレオ・スピーカーを融合

——— ギター・アンプとしての機能と、オーディオ用スピーカーとしての機能を両立させるのは難しかったのではないでしょうか?

MR おっしゃるとおりです。そもそも、ギター・アンプというのは、フル・レンジの音楽を再生するのにはまったく適していません。そこで我々は長い時間をかけて研究開発を行った結果、ギター用のラウド・スピーカーを、ミッド/ハイの2ウェイ・スピーカー2本で挟み込むというスピーカー・デザインに辿り着いたのです。この理にかなったスピーカー・デザインによって、「AMPLIFi」はパワフルなギター・アンプとしてはもちろんのこと、音楽をフル・レンジで再生できる高性能なオーディオ用スピーカーとしても機能する製品になったのです。コンピューターやタブレットをBluetoothで接続して、音楽をワイヤレスで再生できる点は「AMPLIFi」の大きな特徴ですが、最近は多くのBluetooth対応スピーカーが市場に出回っているものの、オーディオ的な特性に優れ、なおかつ高出力なものというとほとんど見当たりません。ですので、我々はギター・アンプ部分だけでなく、フル・レンジ・スピーカー部分もかなり時間をかけて開発を行いました。その結果、オーディオ用スピーカーとしても自信をもっておすすめできる製品に仕上がったと思っています。

とはいえ、両脇の2ウェイ・スピーカーは、音楽を再生するためだけのものではありません。エフェクトを上手く使って音作りをするギタリストの多くは、メインのギター・アンプと、エフェクト用のフル・レンジ・アンプを使い分けていたりします。ディストーションの利いたリード・ギターはメインのアンプ、ステレオ・コーラスがかかったクリーンなサウンドの場合はフル・レンジ・アンプという使い分けですよね。5スピーカー・デザインの「AMPLIFi」は、そういったアンプの使い分けにも1台で対応します。たとえば、中央のラウド・スピーカーからはドライなディストーション・サウンドだけを出力し、両脇の2ウェイ・スピーカーからはリバーブやディレイのエフェクト音だけをステレオで出力するということが可能なのです。

Line 6 - Marcus Ryle Interview

画期的な「AMPLIFi」のスピーカー・デザイン。中央には12インチのギター用ラウド・スピーカー(Celestionとのコラボレーションによって開発されたカスタムメイドのスピーカー)を配し、その両脇を2ウェイのステレオ・スピーカーで挟んだユニークなデザインになっている。ドライなギター・サウンドは中央のラウド・スピーカーから再生され、コンピューターやiOSデバイスなどからの音楽は左右のステレオ・スピーカーから再生。また、左右のステレオ・スピーカーはギターのエフェクト音(コーラスやリバーブなど)の出力用にも使用され、音楽再生時には中央のラウド・スピーカーはサブ・ウーファーとしても機能する。ひじょうに理にかなったスピーカー・デザインだ

Line 6 - Marcus Ryle Interview

iOSデバイス用アプリ「AMPLIFi Remote」(画面はiPadのもの)。ギター・トーンのエディットを指先で快適に行うことができる

——— ギター・トーンを作り出すDSP機能としては、定評あるPODが搭載されていると捉えていいのでしょうか。

MR そうですね。具体的にいうと、PODのプラグイン版であるPOD Farm 2.5 Platinumとほとんど同じものが入っています。「AMPLIFi」には、ベース関連のモデルは入っていませんけどね。ギター・アンプとストンプ・ボックスの名機は、ひととおり網羅されていると思います。

——— “トーンマッチング”は、とてもユニークな機能ですが、Line 6が作成したファクトリーのギター・トーンは、どのように作成しているのでしょうか。原曲を聴いて、耳だけで作っているのですか?

MR 基本的には耳で作っていいます。中にはレコーディング時に使用されたギターやアンプ、ストンプなどを調べ上げ、そういった情報を元に作っている人もいますけどね。ただ、我々が耳にする作品の音というのは、ミックスやマスタリングといったさまざまな行程を経た音なわけですから、ギタリストが使った機材やセッティングを単純にシミュレーションしただけでは上手くいかない場合の方が多いですよ。

それにしても“トーンマッチング”は、本当におもしろい機能です。これまでも著名な楽曲のギター・トーンを再現できる製品というのは存在しましたが、オリジナルのギター・トーンをクラウドにアップすることができ、それをユーザーがレーティングできる製品というのは初めてだと思います。「AMPLIFi」コミュニティが今後、どれだけ盛り上がっていくのか、我々もひじょうに楽しみなんですよ。

——— NAMM Show会場では、何度もデモを聴かせていただいたのですが、iPadの音楽を再生した際、見た目以上にパワフルなサウンドで驚きました。低音もサイズ以上に出ていた印象です。

MR 実はフル・レンジで音楽を再生しているときは、中央のギター用ラウド・スピーカーがサブ・ウーファーとしても機能しているんですよ。ですので、サイズ以上に低域が豊かなサウンドに仕上がっていると思います。

——— マーカスさんは、「AMPLIFi」のどの部分をいちばん気に入っていますか?

MR やっぱり、いちばんはサウンドですね。ギター・アンプとしても、Bluetoothスピーカーとしても、本当に音が良いと思っています。音が良いので、ギターを弾いていても、音楽を聴いていても、とても楽しいんですよ(笑)。この製品によって、世のギタリストたちが“ギターを弾く時間が増えた”と言ってくれたら、これ以上嬉しいことはありませんね。

Line 6 - Marcus Ryle Interview

Line 6は、ヤマハの子会社になるというイノベーションによって、さらに成長することができる

——— それにしても、昨年末に発表されたヤマハによるLine 6の完全子会社化のニュースには驚かされました。この件に関しては、まだ何もお話しできないですよね。

MR いいえ、そんなことはないですよ。私が知っていることであれば、お話しすることはできます。

彼らは数年前から、別の会社を買収したり、あるいは投資したりして、事業を拡大するという経営戦略を打ち出し、それを実行していました。我々を子会社化するというのも、その戦略の一環だと思います。具体的に今回の話が持ち上がったのは昨年(註:2013年)のことで、私も彼らと会っていろいろ話をしたんですが、そのときに感じたのは、想像していた以上に互いの考え方やビジョンが似ているなということでした。音楽や楽器に対する情熱、それらを通じて社会をより良くしていくという思想など……。ひじょうに通じ合う部分があったんです。国や文化は違うのに、結局は同じゴールを目指しているんだなと、私は興味深くミーティングを行いました。そして、実際に我々が彼らの傘下になった後のことをイメージしてみたんですが、ヤマハにはヤマハの、Line 6にはLine 6の強みがある。両者は足りない部分を上手く補完できる関係にあり、手を組むことでものすごい可能性が生まれるんじゃないかと感じたんです。

——— 楽器メーカーのM&Aの中には、買収した会社や製品を上手く活かせてないケースも見受けられます。

MR 我々はそうはならないと思いますよ。私は、今回の一件をとてもポジティブに捉えています。確かに、大きな会社の中には手当たり次第に小さな会社を買収して、手に入れたはずのブランドや製品を飼い殺しにしてしまうところがあるのも事実です。まぁ、技術や特許目当てで会社を買収することもあるので、一概にどうこうとは言えないんですけどね。しかしヤマハはとてもクレバーな会社で、買収したり、資本提携する会社をとても注意深く選んでいます。この何年かで、彼らは3つの会社を買収しました。Steinberg、NEXO、Bösendorferの3社ですね。いずれもヤマハに欠けていた部分を補う、ひじょうに良いM&Aだったのではないでしょうか。今回もそれらの会社と同様、上手くいくのではないかと考えています。

Line 6 - Marcus Ryle Interview

インタビューは、アメリカ・カリフォルニアのカラバサスという街にあるLine 6本社で行われた

——— 確かに、Line 6のギター関連製品やデジタル・ワイヤレス製品は、ヤマハの製品ラインナップに欠けていた部分のように思います。一方で、Line 6が最近始めたスピーカーやデジタル・ミキサーといったライブ関連製品は、ヤマハの製品ラインナップと重なってしまうのではないでしょうか。

MR 私はそうは思いません。おっしゃるとおり、ライブ向けという点では同じカテゴリーかもしれませんが、製品のターゲットやコンセプトは異なると考えています。我々のStageSourceシリーズやStageScape M20dは、どちらかと言うとミュージシャンやバンドをターゲットにした製品です。従って、上手く棲み分けができるのではないかと考えています。我々はヤマハの完全子会社になるわけですが、彼らはLine 6の製品をすごくリスペクトしてくれていますし、きっと今後もこれまでどおり製品を販売していけるのではと思っていますよ。

——— ヤマハとLine 6の一件のみならず、InMusicは次々に楽器メーカーやブランドを買収していますし、ここ数年、楽器メーカーのM&Aが進んでいるように感じます。この業界の最近の動向をどのように見ていますか?

MR M&Aに関しては、さまざまな経営戦略の下に行われるので何とも言えないのですが、それによってビジネスの規模がどれだけ拡大するかということよりも、どのようなシナジーを生み出せるのかという点が最も重要です。私は、それこそがM&Aの本質だと考えています。ヤマハによるLine 6の買収も、シナジーを第一に考えた上での経営戦略でしょうし、シナジーを生み出すには互いをよく理解することが必要です。その点、ヤマハとLine 6は、互いをよく理解していますし、私は今回のM&Aは成功するのではないかと考えています。

会社を成長させ続けるには、イノベーションが必要です。私は、Line 6がさらに成長するには、このタイミングでヤマハの子会社になるというイノベーションが必要だと考えました。M&Aの中には、買収される側が行き詰まっていて、他の会社に助けてもらわなければどうにもならなかったというケースも多々あります。しかし今回の一件は、そういうM&Aではありません。Line 6は、単独でも成長し続けていましたが、ヤマハの子会社になるというイノベーションによって、さらに成長できると考えたのです。それによってミュージシャンには、より良いソリューションを提供することができるのです。従って、あまり景気は良くありませんが、我々にはきっと明るい未来が待っていると思いますよ(笑)。

“究極のシンセサイザー”を目指して開発したOberheim Xpanderのバックグラウンドにあるのは、EMS Synthi

——— マーカスさんは日本の機材好きの間では、数々のヒット商品を生み出した“レジェンド”として知られています。70年代はOberheimでシンセサイザーの開発に従事し、その後はAlesis ADAT、Digidesign SampleCell、そしてLine 6 PODなど、数々の製品を世に送り出してこられましたが、その中で特に思い入れのあるものはどれでしょうか。

MR 難しい質問ですね(笑)。どの製品も、私にとっては大切な子どもたちです。Oberheim OB-8とMatrix-12は、いまでも家に置いてあって、たまに弾いたりしていますしね。またADATは、世界中のミュージシャンの音楽制作を助けることができた、とても思い出深い製品です。現在のLine 6の製品に関しても同じですね。PODシリーズは言うまでもなく、Dream Rig(註:James Tyler Variax、POD HD500、DTシリーズを組み合わせた統合ギター・システム)とDream Stage(註:StageScape M20dとStageSourceシリーズを組み合わせた統合ライブ・サウンド・システム)は本当にすばらしいソリューションであると思っていますし、私がこれまで手がけてきた製品の中でも自信作と言っていいと思います。

——— マーカスさんの“発明品”の中で、個人的に最も興味があるのはOberheim Xpanderです。マニアの中には、あの製品のことを“究極のアナログ・シンセサイザー”と言う人もいますが、実際、そう讃えられるに相応しい完成度を持っていると思います。Xpanderについて、何か思い出はありますか?

MR 確かに、Xpanderはすばらしいシンセサイザーだと思います。あのシンセサイザーは、私とミシェル・ドゥワディーク(Michel Doidic)の2人が中心になって開発したんですよ。ミシェルは後に私と一緒にLine 6を共同設立した人物で、現在はCTO(註:Chief Technical Officer/最高技術責任者)という立場にあります。ですから、Xpanderの開発者は、2人ともLine 6にいるということになりますね(笑)。

Xpanderの開発にあたって、私たちは“何をやってもいい”と言われました。つまり、どんなシンセサイザーを作ろうが自由だったわけです。そこで私とミシェルは、“こんな機会は二度とないだろうから、自分たちができる範囲で最高の、究極のシンセサイザーを作ってみよう”と考えたんです。自分たちが持っている技術と知識を惜しみなくすべて投じてみようと。

Xpanderのコンセプトのバックグラウンドにあるのは、実はEMS Synthiなんですよ。私とミシェルが当時、いちばん好きなシンセサイザーがEMS Synthiだったんです(笑)。あの縦横無尽なマトリクス回路にはとてもインスパイアされました。あのコンセプトをもっと発展させようと思い、完成したのがXpanderなんです。

Line 6 - Marcus Ryle Interview

Oberheimが1984年に発売したシンセサイザー・モジュール、Xpander。12基のオシレーターを搭載した6ボイス仕様のアナログ・シンセサイザーで、5基のLFOとさまざまなモードが切り替えられるフィルター、ボイスごとに細かく設定できるVCAなどを備え、MIDI入出力も装備。“究極のアナログ・シンセサイザー”と呼ぶマニアも少なくない

——— Xpanderの開発には、トム・オーバーハイムさんはあまり関わっていないのでしょうか?

MR 開発の中心メンバーは、私とミシェルの2人です。

——— それでも、“いかにもOberheim”なサウンドに仕上がっているのが興味深いです。

MR 言われてみればそうですね(笑)。でも、最初のSEMも、オシレーター部分はジム・クーパー(註:JL Cooper社の創業者。当時は彼もOberheim社で働いていた)が開発したものなんですよ。

——— Xpanderサウンドの肝となっている部分は何だと思われますか?

MR ダグ・カーチスがXpanderのために開発してくれたオリジナル・チップでしょうね。実際には、我々がダグにアイディアを伝え、コラボレーションのような形で開発されたものなんですけどね。当時、我々とダグはとても親しい関係にあったんですよ。

たとえば、オシレーターのチップには温度センサーが備わっているのですが、Xpanderではそれを電圧に変換することによって、ピッチを安定させているんです。また、フィルターは、コアとなる回路の周囲にサブとなる回路を多数配したひじょうに複雑なデザインになっているんです。これによって、Xpanderでは15種類のフィルター・モードを切り替えることが可能になっていました。

たぶん、ダグが開発したチップは、他のシンセサイザーでも採用されたと思いますが、すべての種類のチップを使っているのはXpanderだけだと思いますよ。

——— 同じチップが採用されていても、サウンドがまったく異なるのがおもしろいですね。

MR それはそうです。チューブ・アンプでも、たとえ同じ真空管を使ったところで、決して同じサウンドにはなりません。シンセサイザーも同じですね。重要なのは回路設計です。

そうそう、おもしろい話を思い出しました。実は我々の構想の中には、Matrix-12の24ボイス版、“Matrix-24”というのもあったんです(笑)。残念ながら、Matrix-24を出す前に会社がおかしくなって、お蔵入りになってしまったんですけどね。実際、Matrix-12のマザー・ボードは、6ボイス仕様のボイス・ボードを4枚接続できる仕様になっていて、あとは電源部を強化してソフトウェアを少し書き換えれば、すぐにでもMatrix-24を作れるようになっていたんですよ。Matrix-24に関しては、いずれ製作してみたいといまでも思っているんです(笑)。

Line 6 - Marcus Ryle Interview

——— トム・オーバーハイムさんとはいまでも親交はありますか?

MR メールなどでちょくちょくやり取りしていますよ。NAMM Showの会場にも来ていたみたいなんですが、残念ながら今回は会えませんでした。去年は会っていろいろ話をしたんですけどね。トムのことはいまでも大好きです。

——— 今後、マーカスさんが再びシンセサイザーを開発する可能性はありますか?

MR さぁ、どうでしょうね(笑)。アイディア次第、という感じでしょうか。いまだ誰もやっていないような、本当におもしろいアイディアが浮かんだならば、ぜひ取り組んでみたいですけどね。そんなシンセサイザーなら、確実にミュージシャンを刺激するものになるでしょうから。しかし、単純に製品ラインナップを拡充することが目的ならば、我々がシンセサイザーに手を出すことはないでしょう。ありきたりなものを作ってもおもしろくありませんし、誰も喜ばないでしょうからね。でも、シンセサイザーはもう何十年も取り組んでいないので、本当に手がけることになったら助走期間が必要かもしれません(笑)。

——— マーカスさんのように楽器メーカーを立ち上げた人の中には、会社がピークのときに大企業に売却してしまって、あとは趣味に没頭したりして悠々自適に暮らしている人もいます。マーカスさんもこれまで、そういう人生を掴むチャンスはあったと思うのですが、いまだに第一線で楽器の開発を続けているのはなぜですか?

MR 単純に楽しいからです。私は新しい楽器のことを考えるのが大好きなんですよ。よく、“私から楽器開発を取ったら何も残らない”と言っているんですけど(笑)、それは冗談でも何でもなくて、本当にそうなんです。

Line 6 - Marcus Ryle Interview
Line 6 - AD
Line 6 - AD