MUSIKTECHNIK

Cycling 74 Maxの開発を手がける2人の異才、キット・クレイトン&サム・タラカジャン・インタビュー

音楽家/アーティストであり、DJであり、Cycling ’74 Maxの開発を手がけるコンピューター・プログラマーでもある異才:キット・クレイトン(Joshua Kit Clayton)が先日、同僚のサム・タラカジャン(Sam Tarakajian)を引き連れ、久しぶりに来日。東京のM代官山でのイベントやDOMMUNEでDJプレイを行い(その模様は、SoundCloudで聴くことができます)、またエムアイセブンジャパン主催のMaxユーザー・イベントでは講演を行いました。エムアイセブンジャパンのご厚意により、ユーザー・イベント前の待ち時間にインタビューすることができましたので、ここでご紹介したいと思います。とても短い時間でしたが、なかなかおもしろい話を訊くことができました。

Kit Clayton and Sam Tarakajian

かれこれもう14年もMaxの開発に関わっている(キット・クレイトン)

——— キットさんとサムさんは、今回が何度目の日本になりますか?

KC(キット・クレイトン) 確か3回目だと思うんですが……。もしかしたら4回目かもしれません(笑)。初めて日本にやって来たのは2000年のことでした。そのときは自分のアルバム『Nek Sanalet』をリリースした直後で、そのライブ・パフォーマンスのために2週間くらい滞在したような気がします。東京でライブを行った会場の名前は忘れてしまいましたけど、とても興味深い空間だったことを憶えていますね。京都でのライブはMETROで行ったんですが、あそこもいかしたクラブでした。その後、2002年にMaxのサマー・スクールで講師をするため、再び日本にやって来たんです。そのときに初めて新幹線に乗り、浜松まで行きましたよ。ちょうどJitterをリリースした直後のイベントだったので、講義の内容としては映像処理の話がメインだったような気がします。

ST(サム・タラカジャン) ぼくは今回が初めての日本訪問なので、とても刺激的な毎日を送っています。実はかなり長期間滞在する予定で、これからいろいろ観光しようと思っています(笑)。

Kit Clayton and Sam Tarakajian

——— お二人ともCycling ’74で、Maxをはじめとする製品の開発に従事しているとのことですが、パートタイムではなく、フルタイムで働いているのですか?

KC そうです。正式にCycling ’74で働きはじめたのは1999年の初めのことですから、かれこれもう14年もMaxの開発に関わっていることになりますね。来月(2014年1月)でちょうど15年になります。14年の間に3回、映像とパフォーマンス・アートを学ぶために長期休暇をとりましたけど、基本的にはずっとCycling ’74で働いていますよ。最初、こんなにも長く働くことになるとは想像していませんでしたけど(笑)。時の流れというのは本当に早いですね……。サムは、Cycling ’74に入ってから2年くらいだっけ?

ST ぼくはCycling ’74に入って、まだ2〜3年なんです。Cycling ’74に入る以前は、サンフランシスコにあるロボットの開発を行っている会社で、ロボットを制御するためのプログラムを書いていました。たとえば、電話をかけたいと思ったときに、自分で電話をかけるのではなく、ロボットに呼びかけて代わりに電話をかけてもらうようなプログラムですね。

Maxに関しては、大学時代から趣味でずっと使い続けています。大学の授業で先生が見せてくれたのが最初ですね。先生が“Maxというすばらしいプログラミング環境を見せてあげよう”と言って、いろいろなパッチをデモしてくれたんです。それを見て、みんな“おもしろそう!”と興味を示したんですが、先生が“このパッチの中身はどうなっているかというと……”と言ってパッチをアンロックした途端、みんな一気にドン引いてしまいました(笑)。

KC わははは(笑)。

ST ご想像どおり、先生のパッチの中身はひじょうに複雑なものでしたからね。みんな“げげげ、こんなソフト使いたくない!”という感じだったんです(笑)。でも、ぼくはみんなと違って、そのパッチの複雑さに興味を惹かれたんですよ。“なんだかよくわからないけど、自分でも触ってみたい!”と思ったんです。それからはMaxにハマってしまい、いまでは開発側になってしまいました(笑)。

Kit Clayton and Sam Tarakajian

——— サムさんもキットさんのようにアーティスト活動をされているのですか?

ST 自分名義の作品を世に出したことはないですけど、創作活動はずっと続けています。音楽もつくっていますが、どちらかというと映像のほうが多いですね。有名なテレビ・ドラマの『Derek』シリーズの『Pilot』はご存じですか? あの作品には友人が関わっていたので、その映像制作に携わったりとか。あとはイスラエルでも同じような映像制作の仕事をしたことがあります。

Maxはプログラミング環境として矛盾が無いというか、気持ちよく創作に没頭できる(キット・クレイトン)

——— キットさんはCycling ’74に入られる以前は、当然いちMaxユーザーだったと思うのですが、いつ頃からのユーザーなのでしょうか?

KC Maxに関しては、かなり昔から使ってはいましたが、そんなにヘヴィなユーザーというわけではなかったんです。大学時代に主に使っていたプログラミング言語は、Csound、Cmusic、そしてFormulaの3つで、Formulaは大学で教わっていた先生が開発したものだったんですよ。Formulaのことはご存じですか? Formulaは、スタック・ベースのとてもシンプルなプログラミング言語で、コンピューターのキーボードを使ってノートを発音させたり、あるいはスケールを演奏させたりと、リアルタイムに音を鳴らすことができたのが大きな特徴で、ぼくは気に入って愛用していました。ちなみにFormulaという名前には、“第4の(FOuRth)音楽(MUsic)言語(LAnguage)”という意味が込められています。

Maxを本格的に触り始めたのは1997年、MSPがリリースされたときですね。オーディオ信号を処理できるところに惹かれて、これは自分の曲づくりに役に立つのではないかと思ったんです。しかしいざ使い始めてみると、オブジェクトの種類が十分ではないと感じたので、すぐにSDKをダウンロードして、MSPオブジェクトの開発を始めたんですよ。腰を据えてMaxを使うために、C++のプログラミングせざるをえなかったという(笑)。そして1ヶ月くらいで、オリジナルのMSPオブジェクトを完成させました。ちょうどMSPのデモ期間が終わる直前に(笑)。そしてそのオブジェクトをCycling ’74に送ったら、彼らが興味を示してくれて、ぼくははれてCycling ’74で働くことになったというわけです。

——— 大学時代は、CsoundとCmusic、そしてFormulaを主に愛用されていたとのことでしたが、それらの言語と比べてMaxはどういう印象でしたか?

KC 似ているところもあれば、違うところもありましたけど、Maxに対していちばん感じたのは“合点がいく”ということでした。プログラミング環境として矛盾が無いというか、気持ちよく創作に没頭できる。あとはCsoundやCmusicには無い“常に走っている”という点はすごいなと思いましたよ。Csoundでは、Orchestra FileとScore Fileという2種類のファイルを使ってサウンドを合成しなければいけませんでしたからね。Maxは、コンパイルすることなくリアルタイムにサウンドを合成することができ、走らせながらでもプログラムを修正することができる。サウンドを止めることなく、どんどん自分のイメージに近づけていくことができるんです。これはMaxの最もおもしろい特徴だと思います。

——— Maxは、バージョン・アップを重ねるごとに着実に進化を遂げています。Jitterによって映像処理も可能になり、最新のMax 6ではGenによってソース・コードを書き出せるようになりました。その中でも特に大きな進化は何だと思いますか?

KC おっしゃるとおりMaxはどんどんパワフルなツールになっていると思いますが、基本的な部分は14年前からまったく変わっていないと思います。確かにJitterがリリースされたときは、Maxの可能性が格段に大きくなったことを実感しましたし、プログラミング言語としての“語彙”が一気に増したと思いましたよ。

個人的に大きな進化だなと感じているのは2つあって、その1つはMax for Live。Max for Live登場以前は、ユーザーはすべてのものをMaxで作らなければならなかったのですが、Max for Liveによって、ユーザーはAbleton Liveに足りないものだけを作ればよくなった。これはとても大きな進化だと思います。オーディオやMIDIデータを再生させたり、トリガーさせたりといった基本的な部分はLiveに任せて、ユーザーはエフェクトやシンセサイザーのプログラミングだけに集中できるわけですからね。Maxの敷居を下げたというか、Max for LiveによってMaxを使ってみようと思った人は多いのではないでしょうか。

Max for Live

もう1つは、Gen。Genによって、Maxで作成したパッチをC++のソース・コードとして書き出せるようになり、プラグイン開発のツールとしても使えるようになりました。またGenによって、サンプル単位での処理が可能になった点も大きいと思います。MSPでは、複数サンプルの塊でしか処理が行えませんでしたから。シンセサイザーのフィルターやFMシンセシス、フィジカル・モデリングには特に有効だと思います。Genに関してはまだ始まったばかりなので、C++以外のソース・コードの書き出しにも対応するなど、これからどんどん発展していく予定ですよ。

Max and Gen

でも、Maxを使ういちアーティストとしては、いちばん大きな進化はマルチ・アンドゥに対応したことかもしれませんね(笑)。マルチ・アンドゥへの対応は、すべてのクリエイターにとって大きな進化だったのではないかと思います。

開発側としてはMaxはまだまだで、特にマン・マシン・インターフェースの部分に関してはメスを入れないと(キット・クレイトン)

——— 次のメジャー・バージョン・アップとなるMax 7では、どのような進化を考えていますか?

KC Max 6はユーザーの間で高く評価されているようですが、開発側としてはまだまだだと思っています。特にマン・マシン・インターフェースの部分に関しては、かなりメスを入れなければなりませんね。具体的には、現行のMaxではプログラミングに必要な情報を十分に得ることができません。そのため、すばらしいアイディアを思いついたとしても、それをパッチに反映させるまでにかなり時間がかかってしまうのです。現在開発中のMax 7では、さまざまな情報が発見しやすくなっています。たとえばMax内をGoogleのように検索できるようになっていたりとか……。そういったプログラミング支援機能によって、ユーザーはよりクリエイティブなことに集中できるようになるはずです。

ST ぼくは現在、その新しい検索機能の開発に取り組んでいるのですが、個人的にはMiraに関しても、まだまだ進化の余地があるのではないかと考えています。

——— キットさんは開発者でもあるので、Maxプログラミングを行ううえでのTIPSをたくさん知っていると思います。何か良いTIPSがあればおしえていただけますか?

KC そうですね……。もしMacBook Pro Retinaディスプレイ・モデルのユーザーで、Jitterなどのビデオ系のオブジェクトを使い、解像度やフレーム・レートの高い映像を多く扱う場合は、Maxを低解像度モードで使用するのがいいと思います。これにより、同じコンピューターでも約4倍の処理能力で使用することができますよ。低解像度モードへ切り替えるのは簡単で、FinderでMax.appの情報を“情報を見る”コマンドで開き、“低解像度で開く”チェック・ボックスを有効にするだけです。

それとOS X MavericksでMaxを使用している場合は、新機能のApp Napを切っておくのをオススメします。App Napは、ウィンドウが隠れてしまったアプリケーションの処理速度を自動的に下げることで、CPUパワーやバッテリーを有効利用できるという機能なのですが、これを切ることで、常時Maxをフル・パワーで使用できるようにするというわけです。まぁ、Maxのウィンドウが前面に表示されている場合はApp Napは切れているわけですが、他のアプリケーションと併用している場合はMaxのウィンドウが隠れてしまうこともありますからね。特にライブ・パフォーマンスでMaxを使う場合は、App Napは絶対に切っておいた方がいいと思います。App Napを切るには、低解像度モードへの切り替えと同じく、Max.appの情報を“情報を見る”コマンドで開き、“App Napを切にする”チェック・ボックスを有効にするだけです。

Kit Clayton and Sam Tarakajian

——— 低解像度モードへ切り替えとApp Napの無効化は、DAWソフトウェアでも意味がありそうですね。

KC 低解像度モードはわかりませんが、App Napを切るのはDAWでレコーディングする際にもしかしたら有効かもしれません。試したことがないので、まったく意味が無いかもしれませんけどね(笑)。

——— Maxパッチは、複雑で大規模なものになればなるほど、デバッグが難しくなります。頭の中では問題ないはずなのに、上手く動作しなかったり……。複雑で大規模なパッチを作成する際のTIPSをおしえていただけますか?

KC これはとても基本的なことですが、大規模なパッチを作成する際は機能ごとに細かくモジュール化しておくことが大切です。これはMaxに限らず、コンピューター・プログラミングの基本ですよね。モジュール化しておけば、細かい機能単位でデバッグすることができますし、トラブル・シューティングも容易になります。また、そのモジュールを他のパッチに使い回すこともできます。絵描きがパレット上にたくさんの絵の具を用意しているように、優れたMaxプログラマーは自分だけのモジュールをたくさん持っているものです。

あとはオンライン・フォーラムを活用することですね。Cycling ’74のWebサイトにもオンライン・フォーラム( http://cycling74.com/newest-topics/ )があり、そこにはとても寛大な人たちが集まっています(笑)。ぼくもMaxプログラミングで躓いたら、まずはそこを覗きますよ。そこで質問して、誰かが答えてくれれば、それは自分だけでなく他の人にとっても役立つことになります。情報を共有することはとても重要です。

刺激的なアーティストと話をして、いつも驚くのが創作にかけた時間。彼らは自分の作品をつくりあげるために、膨大な時間を投じている(キット・クレイトン)

——— Maxを使用しているアーティストで、特に注目している人をおしえてください。

ST お世辞抜きに日本にはMaxを使う優れたアーティストが本当に多いですよね。真鍋大度さんは最高にいかしていますし、黒川良一さんの作品は常に刺激的です。あとはNaoto Fushimiもすごく好きですね。

KC Robert Henkeには、サウンド・アーティストとしてもヴィジュアル・アーティストとしても、常に驚かされっぱなしです。あとはBob Ostertagとか。そういった刺激的なアーティストと話をして、いつも驚くのが創作にかけた時間。彼らは自分の作品をつくりあげるために、膨大な時間を投じています。そのことには常に感服してしまいます。

Kit Clayton and Sam Tarakajian
Kit Clayton and Sam Tarakajian

——— キットさんは創作時、Max以外のソフトウェアはどんなものを使用していますか?

KC たくさん使っています。特にMaxがメインというわけでもなく、創作内容によってはMaxを使わないこともあります(笑)。もちろん、Maxだけでつくることもありますけどね。Max以外のプログラミング環境で使っているものというと、vvvv、Quartz Composer、TouchDesigner、Pd、Cinder、openFrameworks、Processingなどなど……挙げていけばキリがありません。HTMLも書きますし、時にはそのソース・コードもぼくには刺激的だったりします(笑)。しかしながら創作は、コンピューターの中だけで完結するものではありません。友人としたたわいもない会話や、SNS上での何気ないやり取りが、創作に大きな影響を及ぼすこともあるのです。

——— 個人的な興味で伺いたいのですが、既製のハードウェア・シンセサイザーやソフトウェア・インストゥルメントを使うことはありますか?

KC もちろん。ぼくはハードウェア・シンセサイザーをたくさん持ってます。ローランド JUNO-106は本当に愛すべきシンセサイザーですし、他にもDave Smith Instruments Poly EvolverやSerge Modular、ヤマハ CS-15など、部屋にはたくさんのシンセサイザーがありますよ。ソフトウェア・インストゥルメントは、OperatorなどAbletonのものが好きで、あとはNative InstrumentsやU-heのものも良いですよね。中でもNative InstrumentsのRazorは、最近のお気に入りです。

——— 最後に、日本のMaxユーザーにメッセージをお願いいたします。

KC 自らのアイディアを具現化するうえで最も大切なのは“忍耐”です。クリエイティブ・ワークでもプログラミング・ワークでも、必ずと言っていいほど壁にぶちあたるものですが、それを乗り越えるには結局のところ“忍耐”しかないんですよ。何かしら問題が生じた場合、自分がやってきたことをひとつひとつ確認していくしかない。面倒ですが近道はないんです。もうひとつ付け加えるとするなら、“時間”ですかね。クリエイティブ・ワークとプログラミング・ワーク、どちらも思っている以上に時間を必要とするものです。アイディアを具現化するためには、睡眠時間を削ってでも時間を投じないと(笑)。

Kit Clayton and Sam Tarakajian