Developer Interview

Phoenix IIリリース記念:Crane Song デイヴ・ヒル氏インタビュー

世界中のプロフェッショナルから絶大な支持を集めているテープ・サチュレーション・プラグイン、Crane Song Phoenix。そのPhoenixが先頃、リリース以来初となるメジャー・バージョン・アップを遂げ、Phoenix IIとして生まれ変わりました。果たしてPhoenix IIは、オリジナルPhoenixと比べて何が変わっているのでしょうか? お披露目の場となったAES New York(2011年10月開催)の会場で、開発者のデイヴ・ヒル(Dave Hill)さんに話を訊いてみました。

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——— 今回のAESでは、Phoenixのニュー・バージョン、Phoenix IIを発表されましたね。

DH Phoenix IIは、その名のとおりPhoenixのバージョン2となる製品です。最初はAvidの新しいAAXフォーマットに対応させるために開発に着手したのですが、気になっていたユーザー・インターフェースなどにも手を加えたので、単なるバージョン2という感じではなく、“Phoenix II”としてリリースすることにしたんです。

Phoenix IIのフィーチャーとしては、Pro Tools 10への最適化、そしてAAXへの対応、この2点が挙げられます。またPhoenix IIではAAXに対応するため、内部の処理が32bit浮動小数点に変わりました。従来のPhoenixは24bit固定小数点処理だったので、これも大きな相違点と言えます。

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——— Phoenixは、そのサウンドが高く評価されているプラグインです。32bit浮動小数点処理になったことによって、サウンド面での変化はありませんか?

DH ありません。それは開発に際して、最も留意した点です。Phoenixのユーザーは、そのサウンドを気に入って愛用してくれているので、サウンドが変わってしまったらクレームが入ると思います(笑)。Phoenix IIのサウンドは、従来のPhoenixと変わりませんのでご安心ください。ただ厳密に言うと、ノイズ・フロアは非常に低くなっています。これは32bit浮動小数点処理による恩恵です。

32bit浮動小数点処理による恩恵はそれだけではありません。要望が多かったアウトプット・トリムをようやく装備することができました。なぜこれまで装備できなかったのか、首を傾げられるかもしれません。ユーザーからも“何でアウトプット・トリムを装備しないのか?”というメールをたくさん貰いましたからね。その理由は明快で、24bit固定小数点処理だと、アウトプット・トリムの操作によってサウンドが大きく変化してしまうんですよ。私が狙った音にならなくなってしまう。そのため、アウトプット・トリムの装備を諦めたんです。しかし32bit浮動小数点処理によって、アウトプット・トリムがサウンドへ与える影響はほとんど考えなくて済むようになりました。そういうこともあって今回、アウトプット・トリムを装備することができたんです。

——— Phoenix IIではユーザー・インターフェースも変わりましたね。

DH ええ。ご存じのとおり、Phoenixには5種類のアルゴリズムが用意されていますが、これまではインサート時にプラグイン・メニューからアルゴリズムを選択する仕様になっていました。しかしこの仕様だと、インサート後に気軽にアルゴリズムを変えることができず、あまり使い勝手が良いとは言えなかったんです。そこで新しいPhoenix IIでは、プラグインはシンプルにひとつとし、ユーザー・インターフェース上でアルゴリズムを切り替えられる仕様にしました。従来のバージョンと比べると、格段に使いやすくなっていると思いますよ。

——— アウトプット・トリムが備わったこと以外、他のパラメーターには変化はありませんか?

DH これまでスイッチだった“BRIGHTNESS”がノブで切り替えられるようになったくらいで、それ以外は変化はありませんね。そうそう、少しわかりづらかったインプット・トリムはノブで装備しました。

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——— AAX対応とのことですが、AAX DSPとAAX Native、両方をサポートするのですか?

DH もちろんです。AAXはとても良く出来たプラグイン・フォーマットで、AAX DSPとAAX Nativeは同一のコードがベースになっています。ですからTDMとRTASで生じていたDSP処理とネイティブ処理の音質的な差異はありません。AAXによってPhoenixがネイティブ環境で使えるようになったのは、大きな進化だと思います。

——— 今回のショーでは既にAAXバージョンが動作しているようですね。新しいプラグイン・フォーマットに、こんなに速く対応することができたのは?

DH HEATを開発して以来、私はAvidのスタッフと密に連絡を取り合っています。AAXバージョンの開発は春頃には始めていたんですよ。

——— 日本の一部のエンジニアの間ではRAも人気があるのですが、ここで改めてその機能についておしえていただけますか。

DH RAはPhoenixほど人気はないので(笑)、日本で評価されているというのは嬉しいですね。RAのエフェクトをひとことで言うなら、“ウェーブフォーム・コンプレッサー”という感じでしょうか。ピークと低周波数帯のダイナミクスを独立してコントロールすることが可能なのですが、いわゆるコンプレッサーのようにアタックやリリースといったパラメーターは装備していません。なぜならRAは、波形に直接働きかけるプロセッサーだからです。波形を直接変化させることにより、コンプレッサーのような圧縮感を排除しながら、ピークを強調したり低域の存在感を高めたりすることが可能になっているのです。上手く設定すれば、低域を厚くすることもできますよ。

とてもユニークなエフェクトですが、最初はハーモニクス・プロセッサーを作ろうと考えていたんですよ。それでいろいろと実験をしていたんですが、その過程で“ウェーブフォーム・コンプレッサー”というアイディアを思いついたんです。これは他にはないエフェクトだと思ったので、ミックスで役に立つのではないかと開発に着手しました。しかしいざ開発を始めるとなかなか満足のいくものが出来ず、完成するまでには9ヶ月から1年くらいかかりましたけどね。

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——— RAのユーザーは、どのような使い方をしていますか?

DH いろいろですが、これまでコンプレッサーを使っていたポイントにインサートして使われている方が多いと思います。ソースのピークだけを取り除いたり、スネアやバス・ドラムの各チャンネルにインサートしてパンチを出したり……。私の知っているエンジニアは、AUXトラックにインサートして2chのステムの補正用プロセッサーとして活用していますね。その人はストリングス・セクションに多用していますよ。ステムの最終段でRAを使うことで、バラついた楽器を上手くまとめることができると言っていました。

——— RAもAAXフォーマットに対応しますか?

DH 現在開発中で、来年1月にはリリースしたいと思っています。もちろん、AAX DSPとAAX Native両対応で、32bit浮動小数点処理になっているものの、サウンドに変化はありません。Phoenix II同様、ノイズ・フロアは低くなっていますけどね。

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——— RAや新しいハードウェアを、Crane SongではなくDave Hill Designsという新会社からリリースしたのはなぜですか?

DH いろいろ理由があるんですが(笑)、いちばんはディストリビューション・チャンネルを変えたかったからです。Crane Songは既に多くの国の代理店と契約してしまっていますからね。

——— 今回のショーで発表された新しいPro Tools|HDXシステムについてはどのような印象ですか?

DH とても良い製品だと思います。現在、Phoenix IIのテストのためにプロト・タイプをAvidから借りているのですが、従来のHDシステムと比べてサウンドも格段に良くなっている印象です。

——— HEATは、Pro Tools|HDXシステム用に開発し直したのですか?

DH そうです。Pro Tools|HDXシステムは当然、HEATも32bit浮動小数点処理になっています。しかしそのサウンドに変化はありません。

——— Phoenix、RAに続く第3のプラグインをリリースする予定はありますか?

DH 新しいプラグインの開発は常に行っています。ぜひ楽しみに待っていてください。

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——— Dave Hill Designsブランドで発表された新しいアウトボードについてもおしえてください。

DH 2製品ともクラスA、ディスクリート設計のアウトボードで、Europe 1はマイク・プリアンプ、Titanはコンプレッサー/リミッターです。

このふたつのアウトボードを開発するにあたって考えたのは、クリーンなサウンドとカラフルなサウンド、どちらにも対応できるようにしようということ。ヴィンテージ・アウトボードのような色がついた暖かみのあるサウンドから、透明感のあるスーパー・クリーンなサウンドまで、幅広い音作りに対応します。それと正確にパラメーターを操作できるようにしたかったので、操作系がデジタル回路になっているのも特徴です。音声処理の回路は完全にアナログなんですけどね。デジタル・コントロールド・アナログ・プロセッサーというわけです。

——— Titanに備わっている“VCA COLOR”と“DYNAMIC COLOR”というパラメーターがおもしろいですね。

DH “VCA COLOR”では、スーパー・クリーンなPWMゲイン・コントロールと、音にキャラクターのあるヴィンテージ・ゲイン・コントロールのバランスを調整することができます。一方、“DYNAMIC COLOR”では、ヴィンテージ・ゲイン・コントロールで生じるハーモニクスの量を調整することが可能です。エフェクト音と原音のミックス・バランスを調整できる“PARALLEL MIX”というパラメーターも備わっていて、この3つのノブは16ステップとなっています。

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Crane Song

http://www.cranesong.com/

Dave Hill Designs

http://davehilldesigns.com/