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製品開発ストーリー #24:Shure MOTIV「MV88」 〜 DSPを搭載、世界的大ヒットを記録しているiPhone/iPad用高品質ステレオ・マイクロホン
iPhone/iPadをレコーダーに変えてしまうマイクロホンはたくさん市場に出回っていますが、昨年の発売以来、大ヒットを記録しているのがShure MOTIVシリーズの「MV88」です。No.1マイクロホン・メーカー、Shureが長い開発期間をかけて完成させた「MV88」は、Lightningコネクターを装備したiOSデバイス用ステレオ・マイクロホン。手持ちのiPhoneやiPadに装着するだけで、高品質なレコーディングを実現してしまう優れものです。NAMM TEC Award 2016をはじめ、多くのアワードを受賞し、欧米ではiOSデバイス用マイクロホンの定番となっています。
「MV88」の大きな特徴は、標準でM/S(Mid-Side)レコーディングに対応している点。カーディオイドと双指向性コンデンサーの2種類のカプセルを搭載し、M/S方式ならではのクリアな音像でステレオ・レコーディングを行うことが可能になっています。さらには高性能DSPの搭載により、レコーディング段でのウインド・ノイズ・リダクション/EQ/ダイナミクス処理も実現。代表的なレコーディング・ソースに対応した5種類のDSPプリセットも用意されています。
生楽器/バンドのレコーディングはもちろんのこと、サンプル素材の収録や環境音のフィールド・レコーディングなど、様々な用途に対応する「MV88」。音楽制作を行うiPhone/iPadユーザーなら、持っていて損はないアイテムと言っていいでしょう。そこでICONでは、「MV88」の開発を手がけたShure本社のマット・エングストローム(Matt Engstrom)氏、トーマス・バンクス(Thomas Banks)氏、ソレン・ぺダーセン(Soren Pedersen)氏の3氏にインタビュー。「MV88」の開発コンセプトとその機能について、じっくり話を訊いてみました。
M/Sステレオ方式のための2種類のカプセルを搭載。専用アプリで手軽に高品質レコーディング
——— 「MV88」は発売以来、日本でもかなりのヒット製品となっています。まずはShureがiOSデバイス用マイクロホンを開発した理由からおしえてください。
Shure iPhoneやiPadといったiOSデバイスは、音楽制作や映像制作を行うクリエイターの間でも人気が高いため、市場にはクリエイティブ系の製品がたくさん出回っています。ただ、ビデオ画質を向上させるアプリやハードウェアは多いものの、オーディオ・クオリティを引き立てるような製品はあまり見当たりませんでした。顧客からも“ぜひともShureに本格的なiOSデバイス用マイクロホンを作ってほしい”という要望も多数寄せられるようになったため、2012年にiOSデバイス用マイクロホンの開発プロジェクトがスタート、数年にわたる開発で完成したのが、「MOTIV」シリーズです。「MV88」はそのシリーズの中でも最初に構想していました。我々はiOS製品向けの高品質マイクロホンの製作で、モバイル機器によるレコーディング品質の向上、コンテンツ制作のレベルの改善を目指したのです。
——— 「MV88」の特徴をおしえてください。
Shure 「MV88」は、Lightningコネクターを備えたステレオ仕様のコンデンサー・マイクロホンです。Lightningコネクターは無論、MFI認証を受けており、5以降のiPhone、第4世代以降のiPad、すべてのiPad mini、すべてのiPad Pro、第5世代以降のiPod touchと完璧な互換性があります。
iOSデバイスだけで高品位なレコーディングを実現する「MV88」ですが、その特徴は“Shureクオリティ”の音質だけではありません。「MV88」には、特性の揃った1cm径のカーディオイドと双指向性の1cm径コンデンサーの2種類のカプセルが搭載されており、M/Sレコーディングが可能になっているのです。無償の「ShurePlus MOTIV」アプリを使用することにより、ユーザーは指向特性やステレオ幅を自由に設定することができます。内蔵ADコンバーターの仕様は24bit/48kHzで、非圧縮のWAVフォーマットでレコーディングすることができます。
iOSデバイス用マイクロホン、MOTIV「MV88」
——— 普通にステレオ仕様にするのではなく、2種類のカプセルを搭載してM/Sレコーディングに対応させたのはなぜですか?
Shure 一番の理由は、M/S方式によるステレオ・レコーディングは、X/Yや他の方式と比べると、極めてナチュラルでワイドなサウンドが得られるからです。またM/S方式は、後からステレオ・イメージをコントロールできる柔軟性も大きな魅力です。レコーディング時の環境によっては、自分が求めているサウンドで録音ができているかの判断が難しくなりますが、M/S方式でRaw Mid-Side出力すれば、DAW上で後から自由にステレオ・イメージをコントロールすることができます。このような理由から「MV88」ではM/S方式を採用することにしました。M/S方式に対応した我々のステレオ・マイクロホン、VP88はかれこれ30年近く高い人気を維持していますが、「MV88」にはその技術が活かされています。
——— 「MV88」のマイクロホン部は、2種類のカプセルが搭載されているとは思えないほどコンパクトですね。
Shure そうですね。マイクロホン部は回転させることが可能で、さらに音源の方向に向けて最大90度角度調節ができる設計になっています。筐体は堅牢なオール・メタル製で、他のShure製品同様、厳格な品質基準をクリアしています。
「MV88」の内部構造
——— レコーディング・ゲインはどのように設定するのですか?
Shure 無償の「ShurePlus MOTIV」アプリで設定します。「ShurePlus MOTIV」アプリには高精細な入力メーターも備わっており、レコーディング・ゲインの他にもサンプリング・レート/ビット・レゾリューションや、5種類の『プリセット・モード』、ステレオ幅、マイクロホンの指向特性、ウインド・ノイズ・リダクション、左右のチャンネル入れ替え、EQ/リミッター/コンプレッサーといったパラメーターを設定することができます。
——— レコーディング・ゲインは、デジタル・ゲインなのでしょうか?
Shure いいえ、アナログ・ゲインです。しかしながらコントロールはデジタルで行っており、アナログとデジタルの両方のメリットを兼ね備えた設計になっているのです。アナログ・ゲインを採用したのは、設定値によってノイズ・フロアが上昇しないことが大きな理由です。そしてデジタル・コントロールによって、詳細な設定が可能になっています。
——— 5種類の『プリセット・モード』についておしえてください。
Shure 「ShurePlus MOTIV」アプリでは、指向特性やEQ/リミッター/コンプレッサーなどのパラメーターを細かく設定可能ですが、レコーディング・ソースに最適な設定を『プリセット・モード』として搭載しています。『プリセット・モード』には、人間の喋り声の収録に最適な“スピーチ”、ソロまたは複数の歌声の収録に最適な“歌声”、何の処理も行わない“フラット”、アコースティック楽器の収録に最適な“アコースティック”、バンド演奏の収録に最適な“バンド”の5種類が用意されています。生音のレコーディングに慣れていない方でも、『プリセット・モード』を使用することによって素晴らしい結果を得ることができます。もちろん『プリセット・モード』を叩き台にして、設定を追い込んでいくことも可能です。
——— 『プリセット・モード』を使ったレコーディングは、エフェクトのかけ録りと同じと捉えていいのでしょうか?
Shure そのとおりです。「MV88」には高性能なDSPが搭載されており、「ShurePlus MOTIV」アプリでの各種設定はDSPで処理され、その出力がレコーディングされます。ただし後から録音をミックスしたり編集したい場合は、DSPを無効化することも可能です。『プリセット・モード』で“フラット”を選んでいただければ、音を何も加工せずにそのままレコーディングすることができます。
——— 「ShurePlus MOTIV」アプリのステレオ幅では、ステレオ・イメージを調整できるようですが、このパラメーターでは何をコントロールしているのでしょうか?
Shure 「MV88」 のM/S方式では、音源へ直接向けた音はカーディオイド・カプセルで、両サイドの音は双指向性カプセルで収音されます。カーディオイド・カプセルで収音された音はセンターに定位され、双指向性カプセルで収音された音は右チャンネルに、その位相反転された音が左チャンネルに定位されます。そしてセンターの音(ミッド)と左右の音(サイド)のバランスによってステレオ・イメージをコントロールしているのです。例えばサイドを上げれば、ステレオ感は強調され、逆にミッドを上げればステレオ・イメージは狭くなります。「ShurePlus MOTIV」アプリでは、ステレオ幅というパラメーターによって、ミッドとサイドのバランスを簡単に調整できる設計になっているのです。
純正のレコーディング・アプリ「ShurePlus MOTIV」。録音/再生はもちろんのこと、5種類の『プリセット・モード』の切り替えやステレオ・イメージの調整などが指先で行える
——— スタジオでバンド演奏をレコーディングする場合のおすすめのセッティングをおしえてください。
Shure 生のバンドはかなり大音量なので、ゲインは抑えめに設定し、ステレオ幅を広げます。これによってバンド全体のサウンドを捉えることができます。一方、音量が低いソロ楽器、例えばアコースティック・ギターなどをレコーディングする場合は、ゲインを高めに設定して、ステレオ幅を狭めるといいでしょう。自分でゼロから設定しなくても、「MV88」にはバンド・レコーディングに適した“バンド”、生楽器のレコーディングに適した“アコースティック”という『プリセット・モード』が用意されています。
——— 野外でのフィールド・レコーディングのように、『プリセット・モード』の切り替えだけでは対応が難しい場面では、どのような設定がおすすめですか?
Shure 環境によってベストな設定は変わってきますので一概には言えませんが、遠く離れた場所にいる鳥のさえずりやなどを捉えたい場合はステレオ幅を狭めるのが有効です。環境音を全体的に捉えたい場合は、逆にステレオ幅を広げます。誰かの話し声の録音でより声フォーカスしたい場合、モノ・カーディオイドを選択すれば、マイク正面からの音のみを録音できます。また2人の会話をインタビュー形式で録音するなら、マイクの両側から収音できるモノ双指向性を使用するとよいでしょう。その場では判断がつかないというときは、Raw Mid-Side出力でレコーディングしておき、後でDAW上でステレオ・イメージを調整するというのも良いアイディアだと思います。
このようにどこで何を録音したいか、最適な設定はその時々で異なります。だからこそ、我々は「ShurePlus MOTIV」アプリに多様なオプションを用意したのです。録音の際はご自身でいろんな設定を試されるとよいと思います。
楽器や歌声のレコーディングはもちろんのこと、トイ楽器のサンプリングにも最適な「MV88」
——— 「MV88」を使いこなす上でのTIPSがありましたらおしえてください。
Shure iPhoneやセルラー・モデルのiPadで使用する場合は、必ず機内モードに設定してください。携帯電話やモバイル通信機能を備えたデバイスで録音する場合に、携帯電話用のセルラー信号から生まれるノイズを完全に排除することはできません。そのため、録音中は必ず機内モードにしてください。ノイズはWi-Fiではなく、セルラー信号から発生するため、これは特に携帯電話やモバイル通信機能を備えたデバイスで重要となります。
——— 開発にあたって苦労した点はありますか?
Shure そうですね……。強いて挙げるならデザインでしょうか。iOSデバイス用マイクロホンということで、我々は音響機材に慣れていない方でも簡単に扱えるデザインにしようと考えました。「MV88」のユニークなデザインは、そういった想いから生まれたものと言っていいでしょう。
——— 市場にはiOSデバイス用マイクロホンがたくさん出回っていますが、それらと比べて「MV88」はどのあたりが優れていると思いますか?
Shure サウンドも耐久性も“Shureクオリティ”であるという点です。ご存じのとおりShureのマイクロホンは多くのミュージシャンやエンジニアに愛用されています。世界中のプロフェッショナルが評価する“Shureクオリティ”は、「MV88」にもしっかり受け継がれているということです。また、「ShurePlus MOTIV」アプリとシームレスに統合されている点も、「MV88」の大きな魅力と言っていいでしょう。「ShurePlus MOTIV」アプリによって、「MV88」は非常に柔軟でパワフルなマイクロホンとなっています。「ShurePlus MOTIV」アプリの機能は、今後も強化していく予定なので、ぜひ楽しみにしていてください。
今回インタビューに応じてくださった方々。写真左から、Shure本社のカテゴリー・ディレクター、マット・エングストローム(Matt Engstrom)氏、プロダクトマネジメント・スペシャリストのソレン・ぺダーセン(Soren Pedersen)氏、同じくプロダクトマネジメント・スペシャリストのトーマス・バンクス(Thomas Banks)氏