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Production Story #9:赤と嘘『衝動ノスタルジア』 〜 プロデューサー鈴木Daichi秀行が語る、注目のシンガーソングライターの新作プロダクション 〜

売れっ子プロデューサーの鈴木Daichi秀行さんが全面バックアップするアーティスト、赤と嘘の2ndミニ・アルバム『衝動ノスタルジア』(STUDIO CUBIC RECORDS)が本日3月2日リリースになりました。シンガーソングライター、森翼を中心とする“チーム”として活動を開始した赤と嘘は、昨年4月に1stミニ・アルバム『あの時君になんて言えばよかったんだろう』を発表。翌月にはレコーディングの様子をスタジオから生配信し、その模様はBillboard JAPANなどのメディアで取り上げられるなど、大きな注目を集めました。その後、代官山LOOPでのワンマンを成功させ、今年5月にはこれまでの倍のキャパとなる渋谷duo MUSIC EXCHANGEでのワンマンを予定するなど、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで活動を続ける赤と嘘。初の全国流通盤となる新作は、バンド・サウンドが積極的に取り入れられ、赤と嘘の新しい魅力が詰まった意欲作に仕上げられています。そこでICONでは、すべての作業が行われたStudio Cubic(鈴木Daichi秀行さんのプライベート・スタジオ)におじゃまし、赤と嘘のフロント・マンである森翼さんとプロデューサーの鈴木Daichi秀行さんにインタビュー。新作のコンセプトやプロダクション、さらにはインディー・アーティストのマネタイズ法やレーベル運営など、様々な話を伺いました。

Aka To Uso - Interview

森翼のいちばんの魅力は声。声さえ持っていれば、どんな音楽をやっても大丈夫

——— 新作の話に入る前に、昨年4月にアーティスト名を本名の森翼から赤と嘘に変えた理由から聞かせてください。

 ずっと弾き語りで内向的な音楽をやってたんですけど、徐々に作る曲が自分の内側ではなく外に向かうようになってきて、自分だけの音楽を一人でやるのではなく、みんなで一緒に音楽を作って、みんなで前に進んでいきたいなと思い始めたんですよね。そんな気持ちになったこと、これまで一度もなかったんですけど。バンドだったらそこで解散して、新しい名前で再出発できると思うんですけど、シンガーソングライターで一人でやっていると解散できないので(笑)、だっからチーム名を付けてやってみようかなって。だから赤と嘘というのはアーティスト名というより、チーム名なんですよね。ぼく、ファンのみなさん、Daichiさんをはじめとするスタッフのみなさん、みんな引っくるめてチーム赤と嘘。そのボーカルがぼくなんです。

——— 赤と嘘という名前はどこから?

 あんまり深い意味はなくて、チーム名をどうしようと話していたこの部屋(プロデューサーの鈴木Daichi秀行氏のスタジオ)の目に入るものがほとんど赤だったから(笑)。

鈴木 彼のイメージをガラリと変えたかったというのもありますね。それまでの彼はCDのジャケットが青だったりして、すごく爽やかなイメージだったんですよ。内向的な音楽から外向的な音楽に変わるんだから、今までのイメージの青とは真逆の赤がいいんじゃないかと。それと曲をよく聴いてもらえればわかると思うんですけど、彼はやさしい声なのに、歌っている内容には棘があったりするんです。そのギャップがおもしろかったりするので、それをわかりやすく伝えるためにも赤がいいかなって。

——— 嘘というのは?

 名前に引っかかりを持たせたくて、ネガティブなワードを入れたいなと思い、嘘がいいかなと。

——— 爽やかなイメージから一転、赤がイメージ・カラーでアーティスト名も毒気のある名前に変わり、ファンの人たちは戸惑ったのでは?

 そうですね。それで離れてしまった人もいますし……。でも結局、ぼくは爽やかな青と白だけの人間ではなかったということなんです。一昨年、1年で100日以上、3日に1回のペースで弾き語りのライブをやったんですが、その過程で自分は将来どうなってるんだろうと考えたことがあったんですよね。今のままでは、年を取って爽やかな歌が作れなくなってしまったら終わりじゃんと。たとえ作れたとしても、年を取ったオヤジの爽やかな歌なんて誰が聴きたいねんって(笑)。でもぼくは年を取っても歌い続けたいですし、シンガーソングライターであり続けたい。それだったら、自分の中にある色は青と白だけではないわけだし、もっといろんな色の歌を歌えばいいじゃんって。だから別に、爽やかな青から真逆の赤に無理やりイメージを変えたわけではないんですよ。

——— Daichiさんはプロデューサーとしてずっと森さんに関わられているわけですが、アーティスト:森翼の魅力というと?

鈴木 いちばんは声ですね。これまでたくさんのアーティストと仕事をしてきましたが、その中で感じているのは声って本当に大事だなということで、残っている人たちはみんなその人だけの声を持っているんですよ。街を歩いているときに知らない曲が流れてきても、歌が入ればすぐに“あ、あの人の曲だ”とわかる。もっと言えば、声さえ持っていれば、どんな音楽をやっても大丈夫というか。翼くんの声はやさしくて、どんな歌い方をしても張った感じにならないのが魅力なんです。

 自分ではその声がコンプレックスなんですけどね。やわらかい感じなので、この声で歌える曲は限られてくるなとずっと悩んでいました。

——— やさしい歌声だからか、先日のライブでも言葉がスッと入ってきたんですが、ファンの人たちにとっては森さんのストレートな歌詞も魅力なのかなと思いました。

 歌っているのは基本的に自分のことです。勝ち負けじゃないんですけど、自分のことを歌わないと人に負けてしまうと思って。ぼくのことを歌わせたらぼくがいちばん強いわけですからね。だから自分がこれまでに経験してきたことを言葉にして。でも、それも簡単なようですごく難しいことなんですよ。経験を歌にするだけだったら誰でもできると思うんですけど、自分の言葉で歌にするのはすごく難しい。いろいろな人の曲を聴いて、自分のことを自分の言葉で伝えられている人はすごいなって、最近特に思いますね。

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300人クラスのライブ・ハウスに合う曲と、家で聴いて良い曲は真逆だったりする

——— そして新作『衝動ノスタルジア』は、赤と嘘としてのセカンド・ミニ・アルバムになるわけですが、のっけからバンド・サウンド全開で、これまでとはかなり違ったテイストの作品に仕上がっていますね。

 今回初の全国流通盤なので、音でみんなをビックリさせなアカンなと(笑)。これまではフォーク・ソングというか、弾き語りに寄り添うようにベースとドラムがおって、ちょっと足りへんところを鍵盤が支えて…… という感じだったんですけど、一度Daichiさんに全然違うアレンジをしてもらったことがあって。そのときに楽曲一つにこんなにも可能性があるんだということをあらためて実感したんです。アレンジによって、こんなにも違う感じで聴かせることができるんだなって。それからですね、ギター1本で作らなアカンという思いから離れていったのは。ぼくの場合、詞先で作ることが多かったんですけど、それからはメロディーもすごく大事にするようになりました。Daichiさんに作り方を勉強させてもらいながら。

それとライブのとき、ファンの人たちと話をすることもあるんですけど、みんな弾き語りだけでなく、いろんなジャンルのライブに行っているんですよ。そういう(ジャンルの)垣根がないというか、とにかく良い音楽を求めている。だったら自分も弾き語りに縛られるのではなく、もっと自由になってもいいんじゃないかと思ったんですよね。

鈴木 昔はロックだったらこのレコード屋さん、ヒップホップだったらこのレコード屋さんと細分化されていましたけど、今はYouTubeで分け隔てなく聴けてしまう時代ですからね。リスナーはもはやジャンルなんか気にしていないのに、作り手側が遅れているというか、自分たちを何かで縛ってしまっている気がする。音楽性だけでなく、バンドだったら生で演奏しなきゃいけないとか、ドラマーがいなきゃいけないとか、ライブはこうじゃなきゃダメだとか。そういう縛りを取っ払ってしまいたいという想いもありましたね。

——— 弾き語りの曲をバンド・サウンドにアレンジしたというというのでなく、楽曲そのものがこれまでと変わったという印象を受けました。

鈴木 ぼくは昔、自分でバンドをやっていたからわかるんですけど、300人クラスのライブ・ハウスに合う曲と、家で聴いて良い曲って真逆だったりするんですよ。どっちも満足させる曲を作るのってけっこう難しいんです。よく300人クラスのライブ・ハウスからなかなか抜け出せないという話を聞きますけど、それは目の前のお客さんを満足させることを第一に曲を作っているからで、それを続けていてもいつまで経っても抜け出せない。ぼくもそうでしたし、やっている方はそれが見えてなかったりするんですけど……。今回は初の全国流通盤なので、テレビやラジオで流れることも考えて、音だけで説得力のある曲を作ろうと考えたんです。ライブに行けなくても、家で聴いて良い曲。もちろんそれだけだと家で聴いて良いだけのCDになってしまうので、ライブ・ハウス向きの曲もより進化させた形で収録して。

——— 具体的にはどんな感じで曲を作っていったんですか?

鈴木 これまでは翼くんがギター1本で作った曲をぼくがアレンジしていたんですけど、1曲目の『衝動〜スタンスミス〜』と2曲目の『コスモとフィルム』、そして7曲目の『僕らは音痴なビートルズ』の3曲は、ぼくが最初にオケを作ったんです(笑)。イントロやコード、あとはメロディーも何となく付けて、“メロディーは別に使わなくてもいいから、このオケを元に自分なりの曲を仕上げてみて”と言って。

——— それって難しかったんじゃないですか?

 めっちゃ難しかったですよ。『衝動〜スタンスミス〜』なんてギター1本だとコードを鳴らせないんですよ。コード感がないので、“一体どのキーで歌えばええんやろ”って(笑)。とりあえず鼻歌でメロディーを作って持って行ったら、キーが全然違ったり(笑)。でも、そんな曲の作り方、これまでやったことがなかったので、とてもおもしろかったですね。

鈴木 弾き語りだけで曲を作るのって、やっぱり限界があるんですよ。それだったら最初にオケを作って、それにメロディーを付けてもらった方が新しいものができるかなって。

——— オケはをどんなイメージで作ったんですか?

鈴木 今まで翼くんがやってきたことを踏襲しつつ、テレビやラジオで流れることを想定して、新しいサウンドを作りたいなと。あとはさっき彼も言ってましたけど、ファンの人をビックリさせたいなということは考えましたね。

——— 森さんが作ったメロディーにDaichiさんのダメ出しもあったんですか?

 もう千本ノックみたいな感じでしたね(笑)。

鈴木 何度もやり取りして、ラチがあかないときはここに来てもらい、“こういう感じがいいんじゃない?”とか言いながら一緒に作って。

 自分一人でやっていると、結局着地するところは変わらなかったりするので、今回の作り方は本当に新鮮でした。

鈴木 一人だと手グセというか、どうしても気持ちいいところに行ってしまうからね。

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——— ちょっとひねくれたコード感も印象に残りました。BGMとして流していても、つい耳が聴きにいってしまうというか。

鈴木 引っかかりというか、一聴してハッとする曲にしようというのは今回考えたことで。今の時代、違和感ってすごく大事だと思うんですよ。若い子たちと話すと、最近プログレが好きな子が多いんですが、それって多分“耳の反発”だと思うんですよね。世にわかりやすい音楽ばかり溢れた結果、普通じゃないコード進行や奇妙なアレンジがかえって気持ち良く耳に響くという。あとは今回、ノスタルジックということも意識しましたね。ノスタルジックもやりすぎるとダサくなってしまうんですけど、日本人にはそれくらいがちょうどいいのかなって。日本人がグッとくる曲って、結局はベタなものだったりしますからね。自分の中にあるベタな部分を恥ずかしがって出さない人も多いんですけど、世の人たちはそういう曲を求めていると思うので、恥ずかしがらないで晒け出してしまおうと。

——— 1曲目の『衝動〜スタンスミス〜』では、途中でポエトリー・リーディングのような朗読が入りますね。

 最初はライブのコントみたいなものだったんですけどね。

鈴木 それをぼくが見て、あれいいじゃんって。そのときはバラード的な遅めの曲だったんですけど、アップ・テンポの曲で同じことをやったらおもしろいんじゃないかなと思ってやってみたんです。こういうのって声によっては嫌味に聴こえてしまうんですが、翼くんの声だと大丈夫なんですよね。

——— 『衝動ノスタルジア』というタイトルにはどんな意味が込められているんですか?

 ぼくの音楽って、懐かしくて切ないと言われることが多いので、ノスタルジアという言葉を使おうと思って。それだけだとそのまんまなので衝動という少し攻撃的なワードを繋げました。

——— フル・アルバムという選択肢もあったと思うのですが、今回も7曲入りのミニ・アルバムにしたのは?

鈴木 フル・アルバムにしてしまうと値段が3,000円くらいになってしまって、手に取ってもらうまでのハードルが上がってしまうというか。今の時代、知らないアーティストのCDになかなか3,000円は出してもらえないですよ。かと言って、1〜2曲のシングルではもの足りないですし、彼の魅力が伝わらない。そのあたり、いろいろリサーチして、7曲入りで2,000円くらいがちょうどいいんじゃないかなと思ったんです。今はとにかくたくさんの人たちに聴いてもらいたいので。

アレンジとレコーディングはCubase Proで行い、オルガンはreface YCが活躍

——— レコーディングはどのように行われたのですか?

鈴木 最初にぼくがSteinberg Cubase Proでアレンジを全部作って、それを生楽器に差し替えていきました。オケ先で作った3曲(1曲目『衝動〜スタンスミス〜』、2曲目『コスモとフィルム』、7曲目『僕らは音痴なビートルズ』)と4曲目の『ライブハウス〜学のない指揮者〜』は、ぼくがいつもやっているスタイルそのまんまで、ギターはぼくが弾いて、ドラムはいつもお願いしている子に頼んで。残りの3曲(3曲目『ノスタルジー』、5曲目『指輪を贈るよ』、6曲目『さよなら』)は、ライブのメンバーに演奏してもらったんですが、それも新しい試みでしたね。基本一発録りで、ライブの雰囲気を残しながら。レコーディングはすべてここ(鈴木Daichi秀行氏のプライベート・スタジオ、Studio Cubic)で行いました。

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——— 生楽器はCubase Proのオーディオ・トラックにレコーディングしたのですか?

鈴木 そうです。32bit float/96kHzで。

——— DaichiさんのスタジオにはAvid Pro Tools|HDXシステムもありますが、作曲/アレンジ/レコーディングをCubaseで行うのはなぜですか?

鈴木 曲を作るときはMIDIを多用するので、元がシーケンサーのCubaseは使いやすいんですよね。最初に手に入れたのは十代のときで、Cubase Score 2.5とかそんな時代から使い続けているので、慣れてしまっているというのもあります。Cubaseって曲を止めずにどんどん録音と編集ができるのがウリだったと思うんですけど、ぼくはすべてリアルタイムに入力していくので、それが自分に合っていたんですよね。曲を走らせながら、リアルタイムにガンガン入力して、ガンガン編集することができる。ちなみに翼くんはDAWを使っていなかったんですけど、ちょっと前に“これでやってみれば”とSteinberg Cubasisが入ったiPadをあげました(笑)。

——— Cubaseにはリアルタイムで入力していくとのことですが、その際のクオンタイズは?

鈴木 2拍4拍のキックとかスネアは割とガチに合わせますけど、金物とかは合わせないですね。Cubaseには『感度指定クオンタイズ』というボタンを押す度にちょっとずつ合っていくという便利な機能が付いているんですが、クオンタイズはそれを使うことが多いです。

——— 最初にDaichiさんがCubaseで作ったアレンジで、最後まで残った音もありますか?

鈴木 もちろんあります。例えばソフト・シンセとか。でも今回はハード音源を使いましたね。オルガンも最初はソフト音源を使っていたんですけど、後でヤマハ reface YCに差し替えて。バンドものだとソフト音源のオルガンって何かヌケてこないんですけど、reface YCだとしっかりヌケてくれるんですよ。このあたりはギターと同じですね。ギターも最初はプラグインのアンプ・シミュレーターを使うんですが、完成形が見えた段階で本物のアンプを使ってリアンプするんです。

——— トラックのMIDIデータやオーディオ・データはそのままで、音源やアンプだけを差し替えていくと。

鈴木 そうです。そうすることでフレーズを維持したまま、全体像を見ながら音色を追い込むことができる。もちろん後で弾き直してもいいんですけど、絶対に最初と同じようにならないんですよ。なかなか最初のフレーズを越えられないんです(笑)。不思議ですよね。

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——— 他にはどんな音源を使いましたか?

鈴木 reface YC以外だと、効果音とかでローランド JD-XAを使いました。そういう音はリアルタイムにパラメーターを動かしながら録ってしまうんです。

——— 森さんのボーカルはどのようなセットで録音されたのですか?

鈴木 マイクはNeumann U47で、HAはアップ・テンポの曲はNeve 1066、バラード系のテンポが遅めの曲はTelefunken V76です。この組み合わせが翼くんの声には合う感じですね。リミッターはRetro Instruments 176で、EQはCartec Audio EQP-1Aを使いました。

——— ミックスはどなたが?

鈴木 ぼくです。Cubaseで書き出した32bit float/96kHzのファイルをPro Tools|HDXシステムでミックスして、そのまま内部でバウンスして。だからマスターも32bit float/96kHzなんです。そして今回、マスタリングもSteinberg WaveLabを使ってぼくがやりました。WaveLabに取り込む段階で16bit/44.1kHzにコンバートし、モンタージュに並べて曲間を調整してフェードを書いて。音処理は基本的にPro Toolsの中でやってしまうので、WaveLabで行うのは最後の微調整ですね。FabFilter Pro-Q 2を使って気になる部分を補正し、Waves L2でピークを抑えるくらい。あとはJANコードなどを入力してDDPを書き出して終わりです。

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目標に向かう過程がエンターテインメントになっているアイドルの活動は、今の時代のアーティストにとってすごく参考になる

——— 赤と嘘の作品は、DaichiさんのレーベルであるSTUDIO CUBIC RECORDSからのリリースですが、ライブ会場ではCDだけでなく、ハイレゾ音源を収録したUSBメモリや、オリジナルのiPhoneケースなどのグッズ類も多数販売していますね。インディー・レーベルの運営についてもお話を訊かせてください。

鈴木 ぼくはメジャーの仕事もたくさんしていますが、今は音楽だけをやっている男性シンガーソングライターって居場所がないんですよ。男性シンガーソングライターがメジャーで生き残るのはかなり大変で、ライブ・ハウスのシーンを見回しても、頭一つ抜け出している人はいなくて、そこそこの人ばかりなんです。男性シンガーソングライターが厳しくなってしまった理由についてはよくわからないんですが、そんなことを考えても仕方ないので、商業的に上手くいっているアーティスト…… 例えばアイドルのマネタイズの手法をお手本にしてもいいんじゃないかなと。その一つがグッズですよね。CDだけ売ってOKだったらそれに越したことはないですけど、みんなそんなに何枚もCD要らないですし。それにファンの人に訊いても、みんなグッズが欲しいと言うんですよ。それで“どんなグッズが欲しいですか?”と訊いたら、“iPhoneケースがいい”というので作ってみたと。全部自給自足なんですけど、それも今っぽいかなと思っています。

——— ハイレゾ音源を収録したUSBメモリに関しては?

鈴木 最初は実験だったんです。ハイレゾ、ハイレゾと言われているけど、実際はどれだけ需要があるのかなって。それを配信ではなくUSBメモリに入れて販売したのは、みんなパッケージが欲しいって言うからで、USBメモリだったら歌詞や写真のデータも入るからいいかなと。それで試しにやってみたら、ものすごく売れたんですよ。多分100個とか売れたんじゃないですかね。

——— 赤と嘘のファンは若い女性が多い印象ですが、そういう人たちが買っているんですか?

鈴木 そうです。訊いてみたら、“ハイレゾ対応のWALKMANを持ってます”とか、そういう人たちが意外と多いんですよ。みんな好きな音楽は良い音で聴きたいんですよね。

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——— 赤と嘘は、将来的にはメジャーでのリリースも見据えているんですか?

鈴木 将来のことはわからないですが、今の時代、ある程度のところまで自力で頑張らないと。自力で何もできない人がメジャーに行っても何も変わらないですよ。ぼくのようなプロデューサーでも、ゼロのものを1にはできないんです。ただ、1のものを倍の2にするのはメジャーが得意とするところなので。まずは1まで自力で頑張って、そこまで行けばメジャーという選択肢もあるだろうし、あるいはインディーでやり続けてもいいだろうし。

——— 自力でできていない人がメジャーと契約したからと言って売れるとは限らないと。

鈴木 そのことを翼くんはリアルに感じていると思いますし、ぼくもそうなんですよ。十代でバンドを始めて、20歳のときにメジャー・デビューして。アルバム1枚出したんですけど、その後1年半くらい何も出せない時期があって、結局それで終わりでした。メジャーと契約がなくなると、一気に周りから人がいなくなるんですよ。仕事だからスタッフとかみんないてくれたんですけど、仕事でなくなった途端、誰もいなくなる。厳しいですけど、それが現実なんです。でも、ぼくは21歳のときにそれを経験してすごく良かったなと思っていますよ。

——— 5月には渋谷のduo MUSIC EXCHANGEでワンマンがあるんですよね。

鈴木 それも無茶な話で、去年の6月にduo MUSIC EXCHANGEを押さえてしまったんです。今、赤と嘘がワンマンをやっているハコって200人くらいのキャパなので、キャパ400人のduo MUSIC EXCHANGEを埋めるのはかなり大変なんですが、だからと言っていつまでも200人のハコでやっていたらその枠から抜け出せないんですよ。だから最初に2016年5月にduo MUSIC EXCHANGEでのワンマンという目標を作ってしまって、あのハコを埋めるにはどうすればいいか逆算で考えようと(笑)。

先ほどのグッズもそうですけど、先に目標を作ってしまうのってアイドル的ですよね。でもぼくはアイドルの活動って、すごく参考になると思っているんです。これまでのアーティストの活動って、CDを出して終わり、ライブをやって終わりという感じだったじゃないですか。でもアイドルの場合は、何か目標があって、それに向かってCDを出したり、ライブをやったり、いろいろな活動をする。そしてそれらは繋がったストーリーになっていて、ファンの人たちはそれをエンターテインメントとして楽しんでいるんですよ。CDを聴いて、ライブに行って、グッズを買って、ブログをチェックして。だから赤と嘘も去年の8月にduo MUSIC EXCHANGEでのワンマンを発表して、その目標に向かってチーム赤と嘘で頑張ってみようと。きっとファンの人もそこに至るまでのストーリーが気になると思いますし、ワンマンが成功したらみんな感動すると思うんですよね。そしてそれら全部がエンターテインメントというか。

——— 最後に、今回の作品はかなり満足度は高いんじゃないですか?

 今まででいちばん満足しています。何かプロのCDみたいだなというか。素人みたいなコメントですけど(笑)。でもホンマ、それが素直な気持ちです。自分でもよく聴いていますし、みんなにも早く聴いてもらいたいですね。自分の殻が破れた感じがしますし、きっとCDにはぼくの殻が破れる音が入っているんじゃないかなと思います。

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