FEATURE
製品開発ストーリー #10:ヤマハ Music Remixer 〜 無償でダウンロードできる、iPhone用の強力なリミックス・シーケンサー
ヤマハが無償配布している「Yamaha Synth Book」というiPhone用アプリをご存じでしょうか? 今年1月に公開された「Yamaha Synth Book」は、ヤマハ・シンセサイザーの“ポータル”とも言えるアプリで、昨秋の楽器フェアで限定配布された冊子『ヤマハシンセの歴史』が読めるほか、最新ニュースやシンセサイザー関連のイベント情報も配信されるなど、非常に充実した内容になっています。また、「AN2015」という「Yamaha Synth Book」のために開発されたバーチャル・アナログ・シンセサイザーも搭載され、これ単体で音作りも楽しめる点も大きな特徴です(この「AN2015」、本当に完成度が高く、AudiobusやInter-App Audioにも対応するなど、仕様も他のシンセサイザー・アプリと比べて遜色ありません)。
そして本日、「Yamaha Synth Book」はバージョン2.0にアップデート。「Music Remixer」という機能が新たに追加されました。「Music Remixer」は、5トラック仕様のリミックス・シーケンサーで、トラックごとに用意された8個のパッドを使ってオーディオ・ループを組み合わせ、感覚的に曲作りを行うことが可能。EDMやHOUSEなど、多数のファクトリー・ループが収録されている「Music Remixer」ですが、iTunesやDropboxのオーディオ・ファイルを直接読み込むこともできるので、自分のオリジナル曲をリミックスしたり、あるいはDJプレーヤー/ミキサーとして使用することもできるのです。その機能は本当に強力で、これ単体でアプリ化して有償販売してもおかしくないレベルと言っていいでしょう。
そこでICONでは、「Music Remixer」の開発を手がけたヤマハの岡野忠氏と伊藤章悟氏にインタビュー。その開発コンセプトと機能について、じっくり話を伺ってみることにしました。ちなみに「Yamaha Synth Book」バージョン2.0、何やら新製品のティーザーらしきコンテンツが収録されているのも注目です。
ヤマハ・シンセサイザーの魅力が詰まった“ポータル・アプリ”、「Yamaha Synth Book」
——— 本題の「Music Remixer」の話に入る前に、「Yamaha Synth Book」というアプリについて、あらためておしえていただけますか。
伊藤 「Yamaha Synth Book」は今年1月、NAMM ShowのタイミングでリリースしたiPhone用アプリで、ヤマハ・シンセサイザーの“ポータル”を目指して開発したものです。我々は昨年、ヤマハ・シンセサイザー誕生40周年を記念して『ヤマハシンセの歴史』という冊子を作り、楽器フェアで配布したのですが、予想を遥かに上回る反響ですぐに無くなってしまいました。お客様からは再配布してほしいという要望をたくさんいただいたので、その内容をすべてWebで公開することにしたんですが、もっと手軽に読んでいただけるようにiPhone用アプリとしても提供することにしたんです。しかし『ヤマハシンセの歴史』を単にアプリ化しただけではつまらないということで、製品カタログやニュース、関連Webサイトへのリンクなども盛り込みました。さらにそういう読み物ばかりでもおもしろくないということになり、「AN2015」というソフトウェア・シンセサイザーも入れることにしたというわけです(笑)。つまり、パッと見は読み物アプリのようですが、実は高機能なソフトウェア・シンセサイザーとしても使えるというわけですね。
——— 『ヤマハシンセの歴史』がアプリになっているというのは知っていたんですが、ソフトウェア・シンセサイザーが入っているというのは知りませんでした。
岡野 最近の音楽制作環境はコンピューターとDAWが中心になっていますが、みんなハードウェアに興味がないかと言ったらそうでもないと思うんですよ。ただ、お金がかかることですし、若い人はなかなか手が出せないでいる。そういう人にシンセサイザーのおもしろさを伝えようと思って開発したのが「AN2015」なんです。プリセット音源ではなく、完全なアナログ・モデリング・タイプのシンセサイザーで、初心者の方でも音作りを楽しんでいただける設計になっています。
——— これまでのヤマハ製シンセサイザーに搭載されていたアルゴリズムがベースになっているんですか?
岡野 いいえ。完全に新しく開発したモデリング・シンセサイザーです。アルゴリズム的には減算のいわゆるアナログ・シンセサイザーで、オシレーターが3基、ノイズ・ジェネレーター、エンベロープ付きのフィルター、アンプ、LFOが2基、エフェクトが2基備わっています。8音ポリで、かなり良く出来たシンセサイザーだと思っています。SuperSAW的な波形も入っているので、EDMで使われているような今風の音も簡単に作ることができます。
——— アルペジエーターも搭載されているんですか?
岡野 もちろん搭載しています。一応シンセサイザーということでソフトウェア・キーボードも搭載しているんですが、鍵盤を弾けない人には敷居が高いと思うんですよ。その敷居を下げるべく、“SCALE”と“CHORD PAD”という機能を付けました。“SCALE”機能を使えば指定したスケールから外れない音で演奏することができ、“CHORD PAD”機能を使えば指1本でコードを演奏することが可能になっています。これだったら初心者の方でも楽しんでいただけるのではないかと。その他に、様々なドラム・パターンをループ再生できる機能も搭載しています。
——— これだけのソフトウェア・シンセサイザーが、ポータル・アプリの中にこっそり入っているというのはもったいないですね。
岡野 4月のMusikmesseのタイミングで「Yamaha Synth Book」はバージョン1.5になり、「AN2015」は音色とアルペジエーターのパターンが増強されたほか、AudiobusとInter-App Audioにも対応したんですよ。ですから、本格的なソフトウェア・シンセサイザーとして、他のアプリと連携して使用することも可能になりました。
また、MOXFシリーズとのUSBクラス・コンプライアント接続にも対応しました。iPhoneとMOXFシリーズを接続すれば、「AN2015」の音をMOXF側から出力できるようになり、またMOXFシリーズの各種コントローラーを使って「AN2015」のパラメーターを操作することも可能になります。その昔、音源を拡張するプラグイン・ボードというのがありましたけど、同じようにiPhoneがMOXFシリーズのプラグイン・ボードとして機能するイメージですね。iPhoneユーザーなら、無料で手に入るプラグイン・ボードというわけです。
バージョン2.0で追加された強力なリミックス・シーケンサー、「Music Remixer」
——— 「Yamaha Synth Book」バージョン2.0で追加される新機能、「Music Remixer」についておしえてください。
岡野 「Music Remixer」は、5トラックのループ・プレーヤー、5基のエフェクター、DJミキサーを統合した強力なリミックス・シーケンサーです。この機能のために新たに制作されたループ素材が多数収録されているほか、オーディオ・ファイルを読み込んで使用することも可能になっています。
メインのPAD画面には、オーディオ・ループを読み込むことができるパッドが5トラック×8基備わっていて、シンセ・ループやドラム・ループ、ボーカル・フレーズなどを指先で簡単にループ再生することができます。「Music Remixer」には、EDMやHOUSE、VOCALOIDといったパッドのセットが6組収録されており、それらを自由に読み込んでループ再生できるというわけです。パッドは5トラック横串で同時に再生することもでき、また右上のサイコロ・ボタンによって再生するパッドをランダマイズすることもできます。
——— 一番下に備わっているのはクロスフェーダーですか?
岡野 そうです。5本のトラックを赤/青/緑の3つのグループに分類し、自由にクロスフェードできるようになっているんです。例えばこのパッド(画像参照)の場合、Drumは赤のグループ、Bass/Synth/Guitarは青のグループ、Vocalは緑のグループに分類されています。もちろん、DrumとVocalを同じグループにしたり、真ん中の青のグループは使わず、赤と緑のグループだけに分けたりもできます。そして各グループには独立したエフェクトをかけることができるんですよ。
——— どんなエフェクターが入っているんですか?
岡野 エフェクターは上のタブでEFX画面に切り替えることでエディットできるんですが、ルーパーとフィルターを組み合わせたものや、入力音をリアルタイムにカットアップする“Phrase Remix”など、計8種類用意されています。また、ミキサーの出力にはマスター・エフェクトが2基備わっているので、エフェクターは計5基使えるということになります。ミキサーは上のタブでMIXER画面に切り替えることで操作でき、ここではパッドのボリューム/ミュートをトラック単位でコントロールすることができます。
——— テンポを変えてもピッチは変わらないですね。
岡野 実はパッドのループはすべて、オーディオ・データなんですよ。シーケンス・データで音源を鳴らしているわけではありません。ですからテンポが変わった場合は、内部でリアルタイムにタイム・ストレッチ処理しているんです。初めに紹介したとおり、パッドのループやエフェクターはすべて「Music Remixer」のために新たに開発したもので、最近のEDMとかのトレンドを押さえた“今の音”になっていると思います。ちなみにVOCALOIDセットの歌声は、VY1をベースに開発したものです。
——— エフェクターもテンポ・シンクしてますね。
岡野 もちろんです。それとエフェクターのPhrase Remixには、変化がプログラムされたプリセットも用意されているんですよ。使い慣れればエフェクターのリアルタイム操作は楽しいんですが、最初は思うように変化させられないと思うんですよね。そんなときにPhrase Remixのプリセットを使用すれば、今時の楽曲で聴けるようなシーケンス・フィルターのような効果を簡単に得ることができます。
——— 既存の楽曲やオリジナル曲はどうやって読み込むんですか?
岡野 各パッドに読み込まれているループは、Pad Editという画面でエディットできるんですが、そこで“Audio Load”を押すとiTunesやDropboxから、“Wave Load”を押すとiPhone内のオーディオ・ファイルを読み込むことができます。オーディオ・ファイルは、WAV、AIFF、MP3、AACの各フォーマットに対応していて、既存の楽曲やオリジナル曲を読み込めば、エフェクターをかけたりカットアップしたりして、これだけでDJプレイをすることができるんです。
——— でも楽曲の場合は、2小節とか8小節とかで切り分けておかないと使いづらそうですね。
岡野 「Music Remixer」には“Waveform Edit”機能が備わっていて、これだけで楽曲を切り分けることができるんですよ。“Auto Beat Detect”機能を使えば、任意の小節の長さで、簡単に切り分けることができます。4分程度の楽曲だったら、数秒で解析が終わるので、本当に簡単ですよ。そして切り分けた数小節単位のフレーズは、任意のパッドにアサインすればプリセットと同じように使えるというわけです。もちろん、EDMやHOUSEといったプリセットのパッドと一緒に使うこともできます。
伊藤 パッド・セットは6組収録されていると紹介しましたが、来月から今年いっぱい、新しいパッド・セットを毎月無償で提供する予定です。こういうアプリって音色が少ないと飽きてしまうと思うので、毎月新しいパターンを提供していこうと。幅広いジャンルをカバーしていく予定です。
岡野 新しいパッド・セットのダウンロード提供は、プッシュ通知でお知らせします(笑)。
——— こういうリミックス・ツール的なアプリはこれまでもあったと思うんですが、「Music Remixer」の特徴というと?
岡野 エフェクターが強力とか、いろいろありますけど、一番はDropboxからのオーディオ・ファイルの読み込みに対応している点ですかね。これまでは自分の曲を読み込めると言っても、コンピューターと繋いでiTunesを立ち上げて…… と面倒だったじゃないですか。「Music Remixer」の場合、Dropboxからすぐにオーディオ・ファイルを読み込むことができるので、とても使い勝手が良いと思います。
——— 本当に強力なリミックス・ツールですね。
岡野 サンプラーとDJミキサーと何台ものエフェクターを組み合わせなければできないことが、iPhoneだけでできてしまうわけですからね。電車の中でも曲作りができますし、本当に楽しいツールだと思います。ちょっとしたDJプレイだったら、これだけでできてしまうのではないでしょうか。iPadで画面拡大して使えば、派手なアクションでのDJプレイもやりやすいと思います(笑)。
伊藤 「AN2015」同様、MOXFシリーズとのUSBクラス・コンプライアント接続に対応しているので、MOXFユーザーは「Music Remixer」をアウトボード・エフェクターのように使うこともできます。
——— 「Yamaha Synth Book」に、シンセサイザーの音作りを楽しむための「AN2015」を搭載したというのは理解できるんですが、「Music Remixer」のようなリミックス・シーケンサーまで搭載したのは?
岡野 音楽制作の楽しさを多くの人に知ってもらいたいからですね。やっぱり初心者にとっては、オール・イン・ワン・シンセでも曲作りって敷居が高いと思うんですよ。こういうツールが無償で手に入るようになれば、“とりあえずやってみようか”という人が増えると思うんですよね。あと、我々はもう何年もDJ系製品の開発を手がけてなかったので、久々にやってみたいなという想いもありました(笑)。
——— 「Yamaha Synth Book」バージョン2.0には、「reface」という新しいコンテンツが収録されていますが、これは何ですか?
岡野 新しい何かの予告編です(笑)。ぜひ楽しみにしていてください。