PRODUCT REVIEW

Product Review #1:Steinberg Cubase Pro 8 〜 鈴木Daichi秀行と横山克がその新機能を語る

昨晩、突如発表されたSteinberg Cubaseの新バージョン、「Cubase Pro 8」(発表会レポートはこちら|Steinberg本社スタッフ・インタビューはこちら)。メジャーDAWの約2年ぶりのバージョン・アップということで大きな話題となっていますが、はたしてその新機能はプロの目にどう映ったのでしょうか。Cubaseを愛用する二人の作曲家、鈴木Daichi秀行さんと横山克さんにお話をうかがってみることにしました。(ちなみにこれは偶然ですが、現在TBS系列で放送中のテレビ・ドラマ『Nのために』で、鈴木Daichi秀行さんは家入レオが歌う主題歌『Silly』のアレンジを担当、横山克さんは劇伴を手がけていらっしゃいます。このドラマは今クールNo.1との呼び声が高いですが、主題歌と劇中曲もすばらしいのでぜひチェックしてみてください!)

Steinberg - Cubase Pro 8

鈴木Daichi秀行氏(写真左)と横山克氏(写真右)

個人的に一番ありがたかったのは、インプレイスレンダリング(横山)

——— お二人はいち早くCubase Pro 8を使用されていたそうですね。

鈴木 はい。最初はちょこっと試すだけにしておこうと思ったんですけど、全然問題なさそうだったので、もう普段の作業で使ってしまってますね。

横山 聞くところによるとCubase Pro 8は7.5をベースに開発されているそうで、それだったら心配要らなそうですよね。7のときは、あまりにも前バージョンと違いすぎて、しばらく様子見な感じでしたけど(笑)、今回はすぐに移行しても問題なさそうです。

——— Cubase Pro 8には新機能が数多く盛り込まれていますが、実際に使用されて気に入った機能というと?

横山 Steinbergの方は“そこかよ!”と言われるかもしれませんが、個人的に一番ありがたかったのは、インプレイスレンダリングですね。ソフト・シンセとかを使って音素材を作り、それをサンプリングして切り貼り編集でフレーズなどを作るということをよくやるんですが、切り貼りはオーディオでやった方が空気感を含め独特な質感になりますし、波形として視覚的に確認できるとグルーヴの調整もやりやすいですから。できるだけMIDIデータでは残さず、どんどん波形にしてしまうんです。そういった日常的な作業が、インプレイスレンダリングによって、より楽に行えるようになったのは、ぼくにとって大きいですね。

Steinberg - Cubase Pro 8

任意のトラックの必要な部分を素早くオーディオ化できる「インプレイスレンダリング」

鈴木 もちろん前のバージョンでも同じことはできたんだけど面倒だったんだよね。トラックをバウンスするとフェーダーも通ってしまうので、そうならない設定を自分で作らなければならなかったりとか。

横山 特定のトラックだけバウンスしたかったのにマルチ・バウンスしてしまい、“あちゃ〜”ということもよくありました(笑)。それと最近のソフト・シンセは、生音系のものは特にそうなんですけど、アタックが遅いものも多いんです。そういったものはインプレイスレンダリングでオーディオ化してしまった方がタイミングが取りやすいんですよ。

——— Cubase Pro 8の新機能リストを見ると、VCAフェーダーが新たに搭載され、オートメーションの使い勝手が向上するなど、ミキシング関連の機能が大幅に強化されているようです。

横山 オートメーションで利用できるようになったバージンテリトリー機能はいいですね。よく考えないでオートメーションを書いたイベントをコピー&ペーストしてしまうと、変なクレッシェンドがかかってしまったり、意図しないオートメーションになってしまうことがあったんですが、バージンテリトリーによってそれが防げるようになりました。やっぱり作曲家にとっては、オートメーション・データはイベントにくっ付いてもらった方がわかりやすいんです。作曲のときにオートメーション・データの前後関係とか、そういう余計なことは考えたくないですから。

Steinberg - Cubase Pro 8

オートメーションに用意された新モード「バージンテリトリー」。このモードを使用すると、前後のオートメーション・データに影響を与えない独立したオートメーション・データを作成することが可能に

鈴木 あとはダイレクトルーティングも便利そうだよね。これまではセンドを使ってやっていた複雑なルーティングも、ワン・クリックでできる。

横山 これまで、この楽器を立ち上げている間だけはプリ・フェーダーで送りたいと思っても、面倒でなかなかやりませんでしたからね。ルーティングを簡単に切り替えられるのであれば、ぜひ使っていきたい機能です。

——— VCAフェーダーはいかがですか?

鈴木 いわゆるエンジニアのための機能ですよね。アナログ卓を使っていたエンジニアのための機能だから、作曲では使わないかな(笑)。

横山 ですね(笑)。でも、Pro ToolsはHD softwareでしか使えない機能でしたね。

鈴木 ミキシング機能で一番嬉しかったのは、フェーダー・グループの構成がひと目でわかるようになったこと。これまではどのフェーダーがどのグループに入っているのか、ひと目ではわからなかったんですよ。実際にフェーダーを動かしてみないとわからないという謎仕様で(笑)。それがようやく判別できるようになったのが嬉しいです。グループ名もフェーダーの上の見やすい位置に表示されるようになりましたしね。

Steinberg - Cubase Pro 8

——— インストゥルメントラックやMediaBayがドックできるようになるなど、ユーザー・インターフェースもより使いやすくなっているようです。

横山 いろいろなものがドックできるようになったのはいいですね。普段自宅スタジオではCubase用に2画面、音源用に1画面、計3画面のマルチ・モニターで作業しているんですけど、最近はMacBook Proでプロジェクトを外に持ち出して作業することも増えているんです。その際、特に音ネタの選択が1画面では辛いなと感じていたんですが、インストゥルメントラックやMediaBayをドックできるようになったことで、MacBook Proでもかなり快適に作業できるようになりました。

鈴木 1画面で快適に作業できるというのは、最近のDAWのトレンドだよね。後発のDAWはみんなそんな感じのユーザー・インターフェースになってるけど、Cubaseでも同じような使い方ができるようになったと。最近はノート・パソコンで作業している人も増えているからね。

それと個人的にはトラックリストとインスペクターの視認性が向上したのが嬉しい。特にインスペクターは、機能が自由にカスタマイズできるようになって、シンプルにできるようになったのがいいですね。これまではオートメーション関係のスイッチなどがズラリと並んでいて、かなり雑多な感じになっていたんですけど、今回からは作業に必要ないものは非表示にしてシンプルに使えるようになった。

横山 中には一度も触ったことがないようなスイッチもありましたからね。

鈴木 あと、これはMac版は関係ない機能だけど、ようやくWindows版でもウィンドウを自由に並べられるようになった(笑)。これまではWindows特有のアプリケーション・フレームの中でしかウィンドウが動かせなかったんですよ。

横山 それはおそろしいですね……。

鈴木 だからマルチ・モニタで使うときとか大変で。それが今回、各ウィンドウを独立して使えるようになって、気に入ったレイアウトをワークスペースに登録しておけば、一発で切り替えられるようになった。

横山 あとはメニューやヘルプの日本語も洗練されましたね。これまでは例えば“左右に反転”とか、日本語としてどうなの?というのがけっこうあったんですけど(笑)、そういうのが直ってます。

鈴木 確かにおかしな日本語あったよね。そういうものだと思って使ってたけど(笑)。

横山 中には意味がわからないものもあったりして、英語モードに切り替えてようやく言わんとしていることを理解したりとか(笑)。それがかなり改善されていますね。

鈴木 日本語もそうですけど、全般に文字が見やすくなっている気がする。視認性が向上したよね。

横山 文字の見やすさは重要ですよね。フォントがちょっと変わるだけで、作り手の気持ちに影響を与えますから。

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——— 新しい作曲支援機能、コードパッドはいかがですか?

横山 実は7で搭載されたコードトラック、まったく使ってないんですよ(笑)。たぶん、他の方も同じだと思うんですが、仕事として沢山の曲を作っていると、基本的なコードの流れは完全に頭の中に入ってしまっているんです。でも、今回搭載されたコードパッドはちょっと気になってますね。と言うのも、コード進行なんていうのは、やっぱり感覚的に作るのが一番だからです。実際に音を鳴らしながら、“あ、この進行好きだな”とか、そんな感じで作るのが一番。簡単に使えそうなので、これはいいかもしれないですね。もしかしたら曲作りにちょっと影響を与えるかもしれない。

——— コード進行をサジェストしてくれるコードアシスタントモードに、近接コードと五度圏のコードパレットが追加され、理論的に破綻しないコード進行を視覚的に作ることも可能になりました。

横山 まだ使ってないんですが、これも気になっている機能です。コード進行は感覚的に作った方がいいと言いましたけど、調子が悪いときは一晩中やっていたりするんですよ。なかなか良い感じのコード進行が浮かばなかった場合は、コードアシスタントモードを使って、とりあえず無難な進行を一度試してみるという使い方はありかもしれないですね。

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強化されたコードアシスタント機能。新たに“近接コード”と“五度圏コード”の表示が可能に(上の画像は“五度圏コード”表示)

鈴木 結局、こういうサポート機能って、自分でやるのとソフトにやらせるのとどっちが早いかだと思うんだよね。自動的にハーモニーを作ってくれる機能もあるけど、自分で作った方が早ければそういうものは使う必要ないし。でも、こういう機能は大抵、最初にコード進行をしっかり作る人向けなので、コード譜すら最後まで書かないぼくは、あんまりお世話になれない(笑)。

新しいVST Bass Ampはぶっとくて良かった(鈴木)

——— 地味な機能ですが、膨大な種類のプラグインを使っているDaichiさんにとって新しいプラグインマネージャーは便利なのではないでしょうか。

鈴木 そうですね。新しいプラグインマネージャーを使えば、作曲用のセット、ミックス用のセットなど、よく使うプラグインのセットをいくつも作っておけますから。Pro Tools softwareでも似たようなことはできるんですけど、お気に入りのものをメニューの一番上に登録できるだけなんですよ。Cubaseのプラグインマネージャーは、よく使う組み合わせを用途ごとにいくつも作れるのがいいですね。

横山 Cubase 7でプラグインをキーワード検索できるようになりましたけど、使うプラグインが偏ってしまうんですよね。もっといっぱい持っているはずなのに、何で同じものばかり使っているんだろうって。新しいプラグインマネージャーを使えば、プラグインの絞り方が変わってくるような気がします。これまであまり使わなかったようなものにも手が届くようになるかなと。

鈴木 早速自分がよく使うものだけを集めたEQセット、ダイナミクス・セットとかを作ったよ。各社の1176シミュレーターを集めた“1176セット”とかを作ってもおもしろいかもしれないね(笑)。

——— Quadrafuzz v2やVST Bass Ampなど、新しいプラグイン/インストゥルメントも多数追加されました。

鈴木 VST Bass Amp、ぶっとくて良かったですね。Steinbergのギター・サウンド・シミュレーターは好きだったので、ベース版も出ないかなと思っていたんですよ。

横山 ベース・サウンド・シミュレーターって、意外と選択肢が少ないんですよね。ギター用のものに搭載されているベースアンプを使ったりするんですけど、種類も少ないので。

鈴木 VST Bass Ampは優等生。歪む感じではなく、正統派なベース・サウンド・シミュレーターだね。エフェクトもしっかり内蔵されているので、変わった音作りはそっちでやりましょうという。機能は豊富なんだけど、シンプルで使いやすい。

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——— 往年の名プラグインの新バージョン、Quadrafuzz v2はいかがですか?

鈴木 これはいろいろ使いみちがありそうです。マルチバンド・ファズというのは珍しいですしね。帯域ごとにファズとかテープとかが選べるんですよ。ですからファズと言いながらサチュレーターとしても使えますし、箱鳴りするアンプも入っていたりして、かなりおもしろいプラグインですね。

横山 他にもMultiband CompやMultiband Expander、Multiband Enve-lope Shaperなどが追加されましたし、今回の新プラグインのテーマは“マルチバンド”なのかもしれないですね。

鈴木 マルチバンドだと、シングルバンドでは難しい部分まで触れるようになるからいいよね。

横山 それに純正のプラグインが充実するのはとても良いことだなと思います。ぼくは共同作業をすることが多くて、途中でコンピューターを移すこともあるんですが、そうなると互換性が問題になってくるんですよ。できるだけプラグインは揃えるようにしているんですが、かなりの部分まで純正のプラグインでできるようになれば、それに越したことはないですから。

鈴木 みんなプラグインが増え過ぎてしまって、断捨離とかしているからね(笑)。そのプラグインでしか効果を得られないようなもの以外は、純正ものを使うようになっているよね。

——— 総じて新しいCubase Pro 8はいかがですか?

鈴木 6から7のときみたいな大きな変化ではないですが、細かいところがリファインされてさらに使いやすくなりましたね。“ここがこうだったらいいのにな”と思っていた部分が、ことごとく実現されているというか。

横山 そうですね。我々ユーザーからの要望を細かく反映してくれたなという印象があります。

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鈴木Daichi秀行氏のプライベート・スタジオ、STUDIO CUBIC

——— 気が早いですが、Cubaseの次期バージョンに望むことというと?

鈴木 最近のDAWの機能…… ループや音素材を放り込んでおもしろいことができる機能は取り入れてほしいですね。今はそういったことがやりたいときは、他のDAWを使って音素材を作ってからCubaseに持って来たりしているので。そういったファイルのやり取りは面倒なので、すべてCubaseの中で出来てしまえばいいなと。

横山 少し前ですが、LoopMashが搭載されたときは楽しかったです。そういう新しい作り方を提案してくれるような機能ですよね。最近のDAWって、そんな今風の曲作りはすごくやりやすかったりするんですよ。フェード・イン/アウトを勝手に付けてくれたり、イベントの中で細かくパンを設定できたり、ボタン一発でリバースしできたり。だからCubaseも、イベントに対してもっと細かいことができるようになるといいですね。パンなんかはオートメーションでもできなくはないんですけど、そうするといろいろと面倒なので……。

——— Daichiさんは、最近のDAWも一通りチェックされているようですが、引き続きCubaseを使い続けている理由を最後におしえてください。

鈴木 新しいDAWはおもしろい機能は付いているんですけど、逆にベーシックな部分が弱かったりするんです。最近のDAWを使うと“何でこんなことができないの?”というのが本当に多いですよ。やっぱりCubaseは長い歴史のあるDAWだけあって、ベーシックな部分がしっかりしている。昔ながらのシーケンスして、レコーディングして、ミックスして…… というオーソドックスな曲作りにちゃんと対応してくれるんです。

横山 ぼくはやっぱりスコア機能がないと厳しい。簡易的なスコアをDAWでとりあえず作るという機会は、通常の作業の中ではとても多いんです。

鈴木 だからベーシックな部分がしっかりしているCubaseが、最近のDAWのおもしろい機能をどんどん取り入れてくれたら最強だと思うんですけどね。今後に期待して、これからもCubaseを使い続けますよ。

Steinberg - Cubase Pro 8

鈴木Daichi秀行(すずき・だいち・ひでゆき)。1974年生まれ。現代の日本の音楽シーンを代表するプロデューサー・作曲家・編曲家のひとり。絢香、YUI、miwa、mihimaruGT、いきものがかり、家入レオ、SMAP、AKB48、SUPER☆GiRLSなど、数多くのアーティストを手がける

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横山克(よこやま・まさる)。1982年生まれ。映像音楽を中心にポップスなどの作編曲も手がける。最近の作品は、テレビ・ドラマ『Nのために』『地獄先生ぬ〜べ〜』、アニメ『四月は君の嘘』『信長協奏曲』、ももいろクローバーZ『ChaiMaxx』『上球物語-Carpe diem-』など