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Steinberg本社スタッフに訊く、Cubase Pro 8の開発コンセプトと新機能 〜 Steinberg ステファン・クリスチャン・トロウブリッジ氏インタビュー

本日、満を持して発表されたSteinberg Cubaseの新バージョン、Cubase Pro 8。新しい作曲支援ツール“コードパッド”や、任意のパートを素早くオーディオ化できる“インプレイスレンダリング”、より柔軟なミキシングを可能にする“VCAフェーダー”など、魅力的な新機能が数多く盛り込まれています。今回から製品名に“Pro”が足されましたが、実際、これまで以上にハイ・レベルなDAWに仕上がっていると言っていいでしょう。そこでICONでは、Steinberg本社のART担当、ステファン・クリスチャン・トロウブリッジ(Stefan Christian Trowbridge)氏にインタビュー。新しいCubase Pro 8の開発コンセプトと新機能について話を訊いてみることにしました。

Steinberg - Cubase Pro 8

Steinberg本社のART担当、ステファン・クリスチャン・トロウブリッジ(Stefan Christian Trowbridge)氏

Cubase Pro 8ではユーザーからの要望を細やかに取り入れ
これまで以上に洗練されたワークフローを実現した

——— まずはCubase Pro 8の開発コンセプトからおしえていただけますか。

ST 我々は新製品の開発に着手する際、最初に十分な時間をかけてリサーチを行います。ユーザーはどのような機能を欲しているのか、音楽/オーディオ制作の現場ではどのような機能が求められているのか……。Cubaseの新バージョンを開発するにあたって、我々がリサーチを開始したのはCubase 7.5をリリースするはるか前のことで、今回はいつも以上に時間をかけました。そして入念なリサーチの結果、我々がCubaseの新バージョンで取り組むべきことは、これまでの機能をさらにブラッシュ・アップさせることだと思ったのです。バージョン6から7のときのような大胆な変化を施すのではなく、ユーザーが求める洗練されたワークフローを実現すること。これが今回、我々に課せられたミッションだと確信しました。従って、“さらに洗練されたワークフローの実現”、これがCubase Pro 8の開発コンセプトです。

Steinberg - Cubase Pro 8

——— Cubase Pro 8では、作曲/編曲用の新機能とオーディオ編集用の新機能、そしてレコーディング/ミキシング用の新機能がバランスよく盛り込まれていますね。

ST 多くのユーザーに話を訊き、彼らが欲しがっている機能や改善ポイントをリスト・アップしたのですが、その数は実に3,000にも及びました(笑)。我々はそのリストを元に毎週のように会議を行い、今回はどの機能を盛り込むべきか、じっくり検討したのです。従って今回搭載された新機能は、3,000もの候補の中から選び抜かれたものということになります。Cubase Pro 8はパッと見、Cubase 7が登場したときのような派手さはないかもしれません。しかしコアとなるオーディオ・エンジンのパフォーマンスは大幅に向上しており、オートメーションをはじめとするミキシング機能はかなり強化され、ユーザー・インターフェースの操作性もいっそう良くなりました。付属のプラグイン・エフェクトやソフトウェア・インストゥルメントも充実しましたし、メジャー・バージョン・アップに相応しい内容になっていると自負しています。

——— 新たにVCAフェーダー機能が搭載され(註:Cubase Pro 8のみ)、オートメーションではバージンテリトリー機能が使えるようになるなど、Cubase Pro 8のミキシング機能は業務用DAWと比べても遜色のないものにになっていますね。

ST そうですね。Cubaseと言うと“音楽制作用のDAW”というイメージが強いと思うのですが、最近はレコーディングやミキシングで使用しているユーザーも多いんですよ。今ではCubaseでミキシングされているチャート上位の楽曲も珍しくありませんし、中にはオーケストラのレコーディングを行っているユーザーもいます。これまで以上にレコーディング/ミキシングでCubaseが使われ始めた要因としては、Cubase 7で新たに装備されたMixConsoleが挙げられると思います。多くのユーザーが、MixConsoleによってハイ・レベルなミキシングが可能になったと評価していますからね。

このような現状を踏まえ、我々は今回、レコーディング/ミキシング機能をもっと強化しようと考えました。まず、エンジニアからの要望が多かったVCAフェーダー機能を搭載しました。VCAフェーダーは昔の大型アナログ・コンソールに搭載されていた機能で、これによりミックスの最終段階でも複数トラックをストレスなく一括操作することが可能になります。もちろん、VCAフェーダーに対してもオートメーションを書くことができるので、各トラックのオートメーションと併用すれば、より複雑なミキシングが行えるでしょう。

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昔のアナログ・コンソールのようなワークフローを実現する、「VCAフェーダー」

そしてオートメーションでは、新たにバージンテリトリー機能が利用できるようになりました。これはNuendoに搭載されている機能で、これまではオートメーション・データを書き込むと、前後のオートメーション・データとの間に自動的に補完データが書き込まれましたが、バージンテリトリーを有効にすれば、補完データは書き込まれなくなります。これにより、前後のオートメーション・データに影響を与えることなく、データの開始点や終了点を自由に移動できるようになるのです。これはきっと多くのユーザーに歓迎される機能なのではないでしょうか。もちろん、従来どおりの補完データが書き込まれる使い方もできます。

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オートメーションに用意された新モード「バージンテリトリー」。このモードを使用すると、前後のオートメーション・データに影響を与えない独立したオートメーション・データを作成することが可能に

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「バージンテリトリー」はオートメーション設定で有効化できる

また、これもNuendoに搭載されている機能ですが、ダイレクトルーティングも使えるようになりました。これはトラックの出力を任意のバスに複数ルーティングできるという機能です。Nuendoでは、5.1chミックスとステレオ・ミックスを同時に作成するときに使われる機能なのですが、アイディア次第で様々な活用法が考えられると思います。このダイレクトルーティング、なかなか凄いのがルーティングのオン/オフをオートメーションすることができるんですよ。従って楽曲再生中に、トラックの送り先を切り替えたりすることが可能なんです。

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トラックの出力を任意のバスに遅れる「ダイレクトルーティング」

その他、チャンネルストリップEQも改良され、MixConsoleのメーター・ブリッジに波形を表示できるようになるなど(註:Cubase Pro 8のみ)、ミキシング機能は多岐に渡って強化されています。これは目に見えない部分ですが、MixConsoleに関しては全体のパフォーマンスも向上していて、よりパワフルかつ安定したミキサーとなりました。

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MixConsoleのメーター・ブリッジに波形をスクロール表示することも可能に

——— ユーザーから注目を集めそうな新機能がインプレイスレンダリングです。

ST これはユーザーからの要望に応える形で搭載した機能ですね。“MIDIデータやオーディオをもっと簡単にバウンスしたい”というリクエストを多くのユーザーからいただいていたんですよ。インプレイスレンダリングを使用すれば、トラック上の必要な箇所だけをすばやくオーディオ化することができます。元トラックに施されているエフェクトをオーディオに含めるのか否かといった設定も可能なので、ひじょうに使いでのある機能だと思います。

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任意のトラックの必要な部分を素早くオーディオ化できる「インプレイスレンダリング」

——— 先ほど、ユーザー・インターフェースの操作性も向上したとおっしゃっていましたね。

ST そうですね。プロジェクト・ウィンドウの右側にVSTインストゥルメントラックとMediaBayをドックできるようになったため、ノート・パソコンのような1画面のコンピューターでも快適に作業できるようになりました。トラックリストやインスペクターの視認性も大幅に向上していますし、Windows版はMac版のような自由なウィンドウ配置が可能になっています。ウィンドウの配置はワークスペースメニューを使って瞬時に切り替えられますし、かなり操作性は向上していると思いますよ。

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VSTインストゥルメントラックやMediaBayをプロジェクト・ウィンドウにドックできるようになり、ノート・パソコンなどの1画面でも作業しやすくなった

それと新しいプラグインマネージャーも操作性の向上に大きく貢献しています。新しいプラグインマネージャーでは、好きなエフェクトやインストゥルメントを自由にグループ化できるようになりました。これにより“作曲用”、“ミックス用”など、プラグインのグループをいくつも作成しておくことができます。

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よく使うエフェクトやインストゥルメントをいくつでもグループ化できる新しい「プラグインマネージャー」

——— 作曲向けの新機能、コードパッドについておしえてください。

ST コードパッドは、1〜2オクターブ分のパッドに任意のコードを割り当て、それをマウスやMIDIキーボードでプレイすることで、感覚的にコード進行を作成できる機能です。各パッドに登録するコードは、コードエディターで自由に設定することができ、ピアノ用ボイシングやギター用ボイシングを切り替えることもできます。コードパッドはとてもパワフルでクリエイティブな機能であり、開発したプログラマーたちは口を揃えて、“習得する価値のある新しくユニークな楽器”と言っています(笑)。確かに作曲時だけでなく、ライブ・パフォーマンスでも活躍する機能と言っていいでしょうね。

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コード進行を感覚的に作ることができる「コードパッド」

また、コード進行をサジェストしてくれるコードアシスタント機能も進化しました。新しいコードアシスタント機能には、近接コードと五度圏のコード・パレットが新たに追加され、実際に音を聴きながら理論的に破綻しないコードを選択することができます(註:近接コードはCubase Pro 8のみ)。選択したコードは、もちろんコードパッドにアサインすることが可能です。

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強化されたコードアシスタント機能。新たに“近接コード”と“五度圏コード”の表示が可能に(上の画像は“近接コード”表示)

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コードアシスタント機能の“五度圏コード”表示

——— 多くの新機能が搭載されたCubase Pro 8ですが、ステファンさんのオススメの機能というと?

ST そうですね。個人的には新しいインストゥルメント/エフェクトがオススメです。今回も多くのインストゥルメント/エフェクトが追加されたのですが、中でも注目していただきたいのは伝説のプラグイン、Quadrafuzzが復活したことです。Quadrafuzzは、ハリウッドの映画音楽の作曲家、ポール・ハスリンガーが愛用していることでも有名なディストーションで、多くの人たちから“Quadrafuzzを復活させてほしい”という要望が寄せられていたんですよ。今回、我々はQuadrafuzzを復活させるにあたって、そのままの形で蘇らせるのではなく、新たな機能を数多く盛り込みました。もちろん、基本的なトーンは伝説のQuadrafuzzそのものです。様々な用途に使えるエフェクトに仕上がっていると思いますので、ぜひ活用していただきたいですね。

また、ベース・サウンド・シミュレーターのVST Bass Ampもお気に入りのエフェクトです。ギタリスト向けにVST Amp Rackを開発した我々としては、ベーシストを無視し続けるわけにはいきませんでした(笑)。新しいVST Bass Ampは、6台のベース・アンプと4台のクラシック・キャビネットを完璧に再現しており、8本のマイクを使ってマイキングも自由に行うことができます。とてもすばらしいエフェクトですよ。

その他にも、Groove Agent 4で好評のAcoustic Agentが搭載されたGroove Agent SE 4や、Multiband Expander、Multiband Envelope Shaperといった新しいインストゥルメント/エフェクトが追加されています。

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復活した伝説のディストーション・プラグイン、「Quadrafuzz 2」

——— 今回から上位バージョンは“Cubase Pro”という名称になりましたが、最後にその理由についておしえてください。

ST Nuendo譲りのプロ向けのミキシング機能や革新的なテクノロジーを多数盛り込んだからです。Cubase Pro 8は、作曲や編曲といった音楽制作用途だけでなく、レコーディングやミキシングといったエンジニアリング的な作業にも十分対応することができる、ひじょうにパワフルなDAWです。このバージョンによって、ユーザーの裾野がさらに広がってくれたら嬉しいですね。

〜 明日はCubase Pro 8をいち早く使用している二人の作曲家、鈴木Daichi秀行さんと横山克さんの“Cubase対談”を掲載します! お楽しみに…… 〜

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