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Pro Tools|HDXセミナーに参加して新たにわかったこと

昨日、Pro Tools|HDXのセミナーを偵察してきました。そのセミナーでわかったことを、ここに備忘録的にまとめておくことにします……。

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● HDXシステムは、21日(水)販売開始

アメリカでは現地時間17〜18日に出荷されたらしいHDXシステムですが、日本での正式発売日は21日(水)のようです。

● 初回ロットからけっこう入ってきているらしい

アビッドの人に「やっぱり初回ロットの数は少ないんですか?」と訊いたところ、そんなこともないようで、けっこう数は入ってきているみたいです。

● 交換アップグレードの際、旧ハードウェアの返却期限が60日に延長

HDシステムから交換アップグレードでHDXシステムに移行するという人も多いと思いますが、これまで30日だった旧ハードウェアの返却期限が60日に延長されたようです。これは仕事が立て込んでいる人/スタジオには嬉しい措置ですね。

● バンドルされるPro Tools HD Softwareのバージョンは10.1

HDXシステムにバンドルされるPro Tools HD Softwareのバージョンは、10.1のようです。10.1はHDXシステム専用のバージョンで、このバージョンでないとHDXシステムは動作しません。ちなみに、HDXカードを装着したコンピューターにPro Tools HD Software 10.1をインストールして起動すると、初回のみHDXカードのファームウェアを書き換えにいくそうです。ここで何が行われるのかは不明です(笑)。

● Pro Tools HD Software 10.1について

Pro Tools HD Software 10.1は、HDXシステムに対応しているというだけでなく、機能面でも若干のブラッシュアップが施されているようです。具体的には、標準で付属するプラグインのGUIの変更、システム使用状況(System Usage)ウィンドウ上にマウス・カーソルを移動した際の各DSPの消費内容の表示機能など……。昨日の段階では、10.0と比較した変更点について、アビッドの人もすべては把握していない様子でした。

● 現時点で、HDXシステムはMacのみ対応

日本ではWindowsベースのTDMシステムはほとんど使われていないので問題ないとは思いますが、リリース時点ではHDXシステムはMacプラットホームのみの対応のようです。もちろん、近い将来Windowsプラットホーム(Windows 7)にも対応することが正式にアナウンスされています。同梱されるPro Tools HD SoftwareもMac版のみなのか(Windows版ベータなどは付属しないのか)という点については確認できませんでした。

● HDXカードはバス供給以外の電源が必要

どうでもいいネタですが、HDXカードはバス供給以外の電源が必要となります。具体的には、付属の電源ケーブルを使って、ホスト・コンピューターのAUXポートとHDXカード上部の電源コネクターと接続します。

● 最大規模のHDXシステムは、現時点では3枚

最大規模のHDXシステムは、拡張シャーシを利用した7枚のシステムという話がありましたが、現時点では3枚のシステムが最大規模とのことです。現状、HDXカードに対応した拡張シャーシが存在しないことと、HDXシステムで動作確認されているホスト・コンピューター(=Mac Pro)のPCIeスロット数が3基というのがその理由とのこと。今後、HDXカードに対応した拡張シャーシが登場すれば、同時使用できるHDXカードの枚数は増えるかもしれません。

● Magma製Thunderbolt拡張シャーシの出荷は遅れている

ついでに言うと、年内に出荷されるはずだったMagma製Thunderbolt拡張シャーシ、ExpressBox 3Tの出荷は遅れているそうです。ちなみにHDXシステムが動作するか分かりませんが、古くはCPUカード、現在は各種ストレージ製品で人気のSonnet TechnologiesもThunderbolt拡張シャーシを発表しています。こちらは来年1月の早い時期にリリースされるとのことです。

Magma: ExpressBox 3T

http://www.magma.com/thunderbolt.asp

Sonnet Technologies: Thunderbolt

http://www.sonnettech.com/product/thunderbolt/

● HDXシステムにHDpackは付属しない

長いことPro Tools TDMコア・システムにバンドルされていたHDpack(特典のプラグイン)は、HDXシステムには付属しないとのことです。これはPro Tools|HDXになって付属しなくなったのではなく、HDコア・システムでも半年以上前から付属しなくなっていたとのこと。

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● HDXシステムのミキサーは、DSP/FPGA/CPUのどれで実行される?

これはHDXシステムが発表されたときからの疑問点なのですが、その謎は未だに解けません。今日、アビッドの人に訊いても、明快な回答は返ってきませんでした。

ぼくの勝手な想像ですが、HDXシステムのミキサー(サミング)は、HDXカード上のFPGAで実行されるのだと思います。その理由として、HDXカードに積載されているTexas InstrumentsのTMS3200というDSPが32bit浮動小数点処理という仕様であること、CPUでの実行はレーテンシーと処理能力の点で疑問が残ることが挙げられます。

ちなみに、Pro Tools|HD Nativeシステムのミキサーも、64bit浮動小数点で処理されます。こちらのミキサーもおそらくはFPGAで実行され、そのプログラム/アーキテクチャーはHDXシステムと同一なのではないでしょうか? 勝手な想像ですが、もしそうだとしたら、ミキサーとしての音質はHDXシステムとHD Nativeシステムでは同一ということになるかと思います。

● プロセッシングとバスの解像度が同一になったことが音質の向上に貢献している?

HDXシステムでは、HDインターフェースから入力された24bitのオーディオ・データは、32bit浮動小数点でさまざまな処理(リアルタイム・エフェクトやボリューム、パンなど)が実行され、ミキサーでのサミング(各トラックから出力されるオーディオ・データの加算)のみ64bit浮動小数点で処理されます。内部のバスはすべて32bit浮動小数点処理。この点に関しては、疑問はありません。

一方、従来のTDMシステムでは、インターフェースから入力された24bitのオーディオ・データは、(ほとんどの場合)48bit固定小数点でさまざまな処理が実行されます。こうやって簡単に説明してしまうと、HDXシステムとの違いは32bit浮動小数点処理と48bit固定小数点処理だけのようですが、そうではありません。従来のTDMシステムの内部バスはすべて24bit固定小数点処理で、リアルタイム・エフェクトなどの48bit固定小数点処理とは解像度に差異があるのです。

新しいHDXシステムも、何を実行するかによって処理の解像度は変えていますし(繰り返しになりますが、サミングのみ64bit浮動小数点処理、それ以外は32bit浮動小数点処理)、これはデジタル・コンソールなどではよく見られる設計です。しかし昨日、アビッドの人から興味深い話を聞いてしまいました。従来のTDMシステムでは、リアルタイム・エフェクトなどを48bit固定小数点で処理した後、24bit固定小数点処理のバスに送出する際に、必ずディザリング処理を施しているというのです。これが真実なら、たとえば1本のオーディオ・トラックに5つのTDMプラグインをインサートした場合、それぞれのスロットの最後段にディザーが入ることになるので、結果的にディザリングを5重で施すということになります。1本のオーディオ・トラックでこれですから、セッション単位で考えると使用されるディザーの数は膨大ということになるでしょう。そしてこの仕様は、最終的な音質に少なからず影響を与えていると思われます。

その点、新しいHDXシステムは、処理の解像度もバスの解像度も同じ32bit浮動小数点のため、余計なディザーを通りません。唯一、ミキサーだけが64bit浮動小数点で処理されます。

なお、HDXシステムでマスター・トラックにプラグインをインサートした場合は、64bit浮動小数点処理でサミングされたオーディオ・データが再度32bit浮動小数点処理のバスへと流れるわけですが、そこにディザーが介在するかどうかという点について、アビッドの人から回答は得られませんでした。

● Pro Tools 10は、HDシステムに対応する最終バージョン

Pro Tools 10は、HDシステムに対応する最終バージョンとのことです。今後3年間に渡って、バグ・フィクスや新OSへの対応、CSバージョンのリリースは行われるとのことですが、64bit化が予定されている次期メジャー・バージョン・アップ(Pro Tools 11?)では、HDシステムは非対応になるとのことです。

● Pro Tools 10は、青色のペリフェラルが使用できる最終バージョン

Pro Tools 10は、青色のペリフェラルが使用できる最終バージョンとのことです。ここでいう「青色のペリフェラル」には、192 I/O、192 Digital I/O、96 I/O、96i I/O、Sync I/O、Sync HD、MIDI I/Oが含まれます。つまり、次期メジャー・バージョン・アップ(Pro Tools 11?)では、192 I/Oなどが使えなくなってしまうわけです。これはかなり思い切った判断ですね……。しかしアビッドの人によれば、無理に切り捨てるわけではなく、青色のペリフェラルはそもそも32bitアプリケーションにしか対応しない仕様とのことで、これはファームウェアの書き換えなどでも対応できないようなのです。

ちなみに、次期メジャー・バージョン・アップ(Pro Tools 11?)では、003/003 Rackや青色のMboxシリーズなども非対応になるとのことです。

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● 最後に、HDXシステムの感想……とにかく速い!

32bit/64bit浮動小数点処理になったこともあり、従来のHDシステムと比べると音質は明らかに違います。音質に関しては、感じるところは人それぞれだと思いますので、これ以上言及するのはやめておきましょう。

音質以外でとにかくインパクトがあるのが、その動作の速さです。たとえば300本のオーディオ・トラックすべてに、DigiRack EQ III 7band(もちろん、AAX DSP版)をインサートした場合、HDシステムではかなり時間がかかると思いますが、HDXシステムではわずか1〜2秒で処理が完了します。この速さはかなり衝撃的。HEATなども気軽にオン/オフできますし、セッションのクローズ/オープンもまったく苦にならない印象です。

もちろん、その処理能力も驚異的です。HDXカードのDSPチップ1基で、DigiRack EQ III 7bandを78個インサートすることができました。アレンジャーやプログラマーの方なら、HDXカード1枚のシステムで十分なのではないでしょうか。