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製品開発ストーリー #29:コルグ microKORG S 〜 筐体デザインはそのままに2+1スピーカーを搭載、より“楽器”としての完成度を高めたミニ鍵シンセの名機

先日販売が開始されたコルグの新製品「microKORG S」は、ミニ鍵シンセサイザーの名機「microKORG」のニュー・バージョン。単に色がホワイトに変わっただけでなく、筐体デザイン/サイズはそのままに“2+1スピーカー・システム”が搭載され、単体で迫力のあるサウンドを鳴らせるようになりました。またメモリーの容量も倍になり、「microKORG S」のために作成された音色も追加収録。新しい“フェイバリット・セレクト”機能により、頻繁に使う音色を最大8種類まで瞬時に呼び出すことも可能になっています。

オリジナル・モデルの発売から約14年もの年月を経て、より魅力的な“電子楽器”へと進化した「microKORG S」。そこでICONでは、そのコンセプトを探るべく、開発者の皆さんに話を伺ってみることにしました。取材に応じてくださったのは、「microKORG S」のソフト設計担当/製品開発リーダーの水野雅斗氏、ハード設計担当の山本徹氏、機構設計担当の松浦裕一郎氏の三氏です。また、記事中の写真のモデルは、その昔オリジナル「microKORG」を愛用していたというエレポップ女子、武井麻里子さんにお願いしました。

KORG microKORG S Interview

2002年に登場したモデリング・シンセサイザーの名機「microKORG」

——— 2002年に発売された「microKORG」は、日本のメーカー製のアナログ・モデリング・シンセサイザーとしては最も成功した製品だと思うのですが、そもそもどのようなコンセプトで誕生したシンセサイザーだったのでしょうか。

水野 ギター用のマルチ・エフェクターってありますよね。フット・ペダル型の筐体に複数のエフェクトがオール・イン・ワンになっていて、表に出ているノブでパラメーターを瞬時に操作できるマルチ・エフェクター。ギタリストにとってはとても便利な機材だと思うんですけど、それと同じコンセプトのシンセサイザーがあったらおもしろいんじゃないかというのが、「microKORG」開発のスタート・ポイントだったんです。即戦力となるプリセットがたくさん入っていて、厳選されたパラメーターによって音色エディットも簡単に行えるシンセサイザー。見た目もそれこそマルチ・エフェクターのフット・ペダル部分をミニ鍵盤に置き換えたようなデザインで。そんなコンセプトを元にプロト・タイプを製作し、何人かのアーティストさんに意見を伺いなから開発したのが「microKORG」なんです。

——— コルグ製シンセサイザーで、ミニ鍵盤を採用したのは「microKORG」が初ですか?

水野 そうです。それまでも微妙にサイズが違う鍵盤というのはあったと思うんですけど、いわゆるミニ鍵盤を採用したのは「microKORG」が初めてですね。ミニ鍵盤にしたのは、マルチ・エフェクターのようなポータブルな製品にしたかったのと、あとはギタリストやボーカリストといったキーボーディスト以外の人たちにもアピールしたかったからです。普段鍵盤を弾かない人にとっては、標準鍵盤のシンセサイザーって敷居が高いと思ったんですよね。サイズが大きいと、部屋で置き場所を確保するのも大変ですし(笑)。

——— こんなにヒットすると思いましたか?

水野 開発者としては、これはおもしろいものができたと自信があったんですけど……。社内の評価は最初、それほどでもなかったですね(笑)。

KORG microKORG S Interview
KORG microKORG S Interview

——— 世界的なアーティストの中にも「microKORG」好きを公言する人がいますし、何がこんなに支持されているんだと思いますか?

水野 何なんでしょうね。一番は音の良さだと思うんですが、ちょっとレトロでかわいいデザインや、ポータブルで使いやすいところなど、いろいろな要素が上手くハマったのではないかと。あとは狙いどおり、キーボーディスト以外の人たちに支持されたのも大きかったですね。本格的なモデリング・シンセサイザーでありながら、価格はリーズナブルというのもよかったのではないかと思います。

——— 音源部は確か、MS2000とほぼ同じなんですよね。

水野 そうです。モジュレーション・シーケンサーなど一部の機能は備わっていませんが、ほとんど一緒ですね。ですから見た目によらず、けっこう強烈な音が出ます。

——— 「microKORG」を最初に見たとき、おもしろいなと思ったのが、音色が音楽のスタイルで分類されていたところです。“LEAD”や“PAD”といった音色の種類ではなく、“TECHNO”や“HIPHOP”という音楽のスタイルで分類したのはなぜですか?

水野 最初は普通に音色の種類で分類する予定だったんですが、皆でディスカッションを重ねるうちに、音楽のスタイルで分けた方が使いやすいんじゃないかという話になったんです。音楽のスタイルというのは時代を反映するものですし、何年か後には通用しなくなってしまうんじゃないかという意見もあったんですが、使いやすさを優先しました。

——— そのプログラムがとてもよくできているという印象なんですが、すべて社内で制作されたのですか?

水野 はい。海外スタッフが作った音色もありますが、基本的にはすべて社内で作ったものですね。

——— ボコーダーを搭載したのはなぜですか?

水野 実は「microKORG」と並行して、ボコーダー専用機の発売も検討していたんです。しかし開発を進めていくうちに、シンセサイザーとボコーダーを分けるのではなく、一体化してしまった方がおもしろい製品ができるんじゃないかというアイディアが出て。真ん中にマイクが付くことによって、見た目的にもキャッチーな感じになるしいいんじゃないかと(笑)。

KORG microKORG S Interview

音圧感とステレオ感を両立した新開発の2+1スピーカー・システムを搭載

——— そして先頃、「microKORG S」というニュー・モデルが発売になったわけですが、このタイミングで「microKORG」をアップデートしようと思ったのは?

水野 依然として根強い人気のある製品ですし、何か新しいことができないかなとずっと考えていたんです。それで最初は、音源部をブラッシュ・アップしようかなと思ったんですが、「microKORG」はサウンドが評価されている製品ですし、そこに手を加えると違ったものになってしまうんじゃないかと。だったら音源部はそのままに、ユーザーから要望が多かったスピーカーを搭載するのはどうかと思ったんです。「microKORG」は電池で動くので、スピーカーを搭載することで、楽器としての完成度をさらに高めることができるんじゃないかと。

——— 筐体の大きさやデザインはまったく変わってないんですが、どのようにスピーカーを搭載したのですか?

松浦 もう大変でしたね。商品企画の方から、“筐体はそのままで”というリクエストがあって、最初はそんなの無理でしょうって(笑)。第一、音が出る穴も無いわけですからね。でも、内部の容積を正確に測定してみたところ、何とか搭載できそうだということになったんです。幸いにも内部はそんなにパンパンではなかったので、何とか詰め込むことができました。

KORG microKORG S Interview
KORG microKORG S Interview

——— 内蔵スピーカーについて詳しくおしえていただけますか。

山本 ちょうど筐体の真ん中付近に空きスペースがあったので、まずはそこに4cm径のスピーカーを1基搭載してみたんです。でも音の迫力がイマイチで、これだけではダメだと。そこで鍵盤の裏側に少しスペースがあったので、そこに3.5cm径の薄型スピーカーを2基、左右に追加してみることにしたんです。最初に搭載した真ん中のスピーカーをウーファー的に使って、鍵盤裏の薄型スピーカーをツイーター的に使ってみようと。そうしたら一気に良い感じになったので、この構成でいくことにしました。これがWebサイトなどで謳っている“2+1スピーカー・システム”なんです。

水野 鍵盤裏にツイーターがステレオで備わったことで、音の広がり感が感じられるようになりました。かなりイメージが変わりましたね。

山本 ちなみに真ん中のスピーカーからは、LRをサミングした音を出力しています。ウーファー的に使っていると言っても、低域だけを出力しているわけではありません。ですから、ステレオ・スピーカーにサブ・ウーファーを加えたいわゆる2.1chのスピーカー・システムとはちょっと違うと思います。

KORG microKORG S Interview

「microKORG S」の大きな特徴である“2+1スピーカー・システム”。筐体中央に搭載されたスピーカーをウーファー的に使い、鍵盤裏に2基搭載された薄型スピーカーをツイーター的に使用している

——— 音はどこから抜けているのですか?

山本 ツイーターの音は、鍵盤の隙間から上手く抜けてくれています(笑)。真ん中のスピーカーは閉じた空間にあるので、それだけで聴くと篭った感じの音なんですが、ツイーターと組み合わせることでちょうどいい感じのサウンドになりました。ツイーターを取り付ける前は、音の抜けを良くするためにEQでハイを持ち上げたりしていたんですが、そういう処理をするとどうしても音が不自然になってしまうんですよ。

——— スピーカーは新規に開発したものなのですか?

山本 はい。すべて新規に開発しました。取り付けられる範囲で、最大の大きさにした感じですね。真ん中のスピーカーはバスレフBOX構造にして、できる限り低音が出るように工夫してあります。

——— 出力はどの程度出るんですか?

山本 真ん中のスピーカーが3Wで、左右のツイーターが0.5Wです。かなり音量が出るので、小さな部屋だったらうるさいくらいです(笑)。大きな音量を出すと、音色によっては筐体が共振してしまうこともあるんですが、あえてEQで抑えずにそのままにしました。生楽器のような胴鳴りを楽しんでいただこうと。

——— スピーカーを使うと電池を喰いそうですね。

山本 電池駆動のときは少し音量が抑制される設計になっています。すぐに電池が無くなってしまったらつまらないだろうと。ですから音量が欲しい場合はアダプターで駆動させてください。

松浦 スピーカーやアンプが搭載されたと言っても、重量は300グラムくらい増えた程度です。あまり重くなった感じはしないと思いますよ。

KORG microKORG S Interview

ホワイト・カラーとメイプル側板で上質感のあるルックスに

——— そしてこの「microKORG S」、ホワイト・カラーと白木のサイド・パネルがとても良い感じですね。新色としてホワイトを選んだのは?

水野 10周年記念のときにレッドとブラックを、弊社の50周年記念のときにゴールドを出したので、次はホワイトかなと(笑)。あと今回は、少し上質感のあるエレガントな感じにしたかったんです。

KORG microKORG S Interview
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——— ホワイトと言っても、純白という感じでもないですね。ちょっとクリーミーな感じの色です。

松浦 これはかなり試行錯誤しましたね。一概にホワイトと言ってもいろいろあって、デザイナーと何度もやり取りしながら決定しました。差し色のゴールドもさんざん悩んでこの色に決まった感じですね。

山本 LEDの色もホワイトに合わせて変えたんですが、結果的に視認性は良くなっていると思います。

——— サイド・パネルの材質は何ですか?

松浦 メイプルです。白色に合う上品な材質ということで選びました。最初、メイプルは高価というイメージがあって難しいかなと思っていたんですが、何とか使えるということになって。このサイド・パネルによって上質感が増したのではないかと思っています。

水野 女性にもアピールできるデザインになりましたね(笑)。

KORG microKORG S Interview
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——— その他、オリジナル「microKORG」との違いというと?

水野 メモリの容量が倍になっています。今回新しい音色を追加したかったんですが、そうなるとオリジナル・プログラムを潰さなければならない。しかしオリジナル・プログラムもすべて残したかったので、メモリの容量を倍にすることにしました。64種類のプログラムをプリセットできるバンクがA〜Dの4種類あり、Aには「microKORG S」のために作成した新しいプログラム、B〜Cにはオリジナル・プログラムがプリセットされています。バンクDは空いていますので、ファクトリー・プログラムはそのままにユーザーが作成した音色を保存することが可能です。

山本 トータルのプログラム数が増えたのに伴い、お気に入りの音色を最大8種類アサインできる、“フェイバリット・セレクト”という機能も新たに搭載しました。これはライブなどでとても重宝する機能だと思います。

KORG microKORG S Interview

——— せっかくなので開発者の皆さんのお気に入りの音色をおしえていただけますか?

山本 ぼくはアンビエント系が好きなので、A-28の『Space Cat』という音色がお気に入りです。それとA-61の『NewWave Bass』。シンセ・ベースなんですが、低域がとてもいい感じなんです。

水野 リズム系のA-21『TriStep Jag』が好きです。もしショップなどで「microKORG S」に触れる場合は、ぜひ新しいプログラムをチェックしていただきたいですね。音源は変わってなくても、プログラム次第でここまでの音が作れるんだぞと(笑)。

——— 発表直後、FacebookやTwitterでは、“どうしてUSBを搭載しなかったんだろう”という書き込みを見かけました。

水野 USBを搭載するというアイディアは我々にもありました。しかしUSBを搭載するにはメインの回路に手を入れなければならず、そうすると出音に影響を与えてしまうんです。我々としては「microKORG」のサウンドはキープしたかったので、今回は見送ることにしました。

——— 開発にあたって苦労した点というと?

山本 いろいろあるのですが、やはり内蔵スピーカーですかね。「microKORG」は、サウンドが評価されているシンセサイザーですので、取りあえず音が出ればいいというものではダメじゃないですか。しかし音を良くしようと思うとアンプもそれなりのものを積まなければなりませんし、スペースと出音とのせめぎ合いがとにかく苦労しましたね。何とか搭載できたと思ったら、ノイズやビビりの問題が発生したり(笑)。でも苦労した甲斐あって、楽器としてすごく良いものができたのではないかと思います。

——— 開発者的に満足度は高い?

山本 そうですね。膝の上にのせて音を鳴らすと、振動が伝わってくるんですよ。これは“楽器”だなという感じがしますね(笑)。オリジナル「microKORG」と比べると価格は上がったんですが、十分それだけの価値があるのではないかと思っています。

水野 見た目はかわいいんですけど、スピーカーを内蔵したことによってエネルギーを持った楽器になった感じがします。

松浦 ぼくはギター弾きなんですが、すぐ音が出るのでギターのような楽しさがありますよね。ぜひたくさんの人に触ってほしいと思います。一度触ると欲しくなると思いますよ(笑)。

KORG microKORG S Interview

写真左から、ハード設計担当の山本徹氏、ソフト設計担当/製品開発リーダーの水野雅斗氏、機構設計担当の松浦裕一郎氏