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Production Story #10:イトケン『speaker』 〜 トイ楽器とシンセ、そしてPro Toolsで作られた“架空の学園ものサントラ” 〜

相対性理論やトクマルシューゴのドラマーとして活躍する傍ら、劇伴作曲家として映画/テレビ番組の制作に携わるイトケンが昨年、実に13年ぶりとなるソロ・アルバムを発表しました。『speaker』と名付けられたこの作品は、イトケンが長年あたためていたという“架空の学園ものサントラ”。古き良きカートゥーン作品を想起させる愉快な楽曲が25曲収録され(ソロ名義では初という歌モノも2曲収録!)、何度もリピートしたくなる中毒性の高い作品に仕上げられています。そこでICONでは、相対性理論の武道館公演を終えたばかりのイトケンにインタビュー。トイ楽器やシンセサイザーが溢れかえるプライベート・スタジオで、『speaker』のプロダクションや愛用の楽器/機材について話を伺ってみました。

Itoken Interview

学園もののサントラって意外と無いので、前々から自分で作ってみようと

——— 昨年リリースされた『speaker』、めちゃくちゃ良くて愛聴してます。かなり久々のソロ・アルバムですよね。

イトケン 13年ぶりですね。ちゃんと録音した作品としては3枚目になります。

——— しばらくソロ・アルバムを作らなかったのは?

イトケン 何ででしょうね? 前のを作った後、しばらく仕事的な活動でいっぱいっぱいだったからかも。その間もコンピレーションに参加したり、人に曲を提供したりはしていて、ソロ・アルバムに関しても常に頭にはあったんですけどね。でもなかなか手をつける時間がなくて……。で、これは強引にでも時間を作ってやらないと、いつまで経ってもできないと思って、“よし、やるぞ”と。“よし、やるぞ”と思い立ってからもなかなか進まなかったんですけど(笑)。

——— 曲は作り貯めていたんですか?

イトケン アルバム用の曲は全部、“やろう”と思ってから作った曲です。具体的には(一昨年の)夏くらいから作り始めて、(去年の)2〜3月には形になってましたね。

Itoken Interview

——— 今作はこれまでの作品以上にストーリーがありそうですね。

イトケン どんな内容にしようかなと考えて、今回は“架空の学園もののサントラ”を作ろうと思ったんです。ぼくは劇伴が大好きなんですが、学園もののサントラって意外と無いんですよ。だから前々から作ってみたいと思っていたんですよね。

——— では曲を作り始める前は、物語や映像をイメージして?

イトケン いや、その辺りは適当に(笑)。物語は特に考えず、何となくシーンをイメージしたくらいですね。

——— 歌詞のある歌ものが2曲入ってますが、イトケンさんのソロ作品としては珍しいですよね。

イトケン 初めてですね。こういうサントラって、訳の分からない歌ものが必ず1〜2曲入っているじゃないですか(笑)。なので今回のアルバムにも必要かなと。『Speaker High School Theme』がこの作品のテーマ・ソングで、『Speaker Love’s Theme』が愛のテーマというイメージで作りました。

——— 『Speaker High School Theme』のボーカルは?

イトケン ノルウェーのSinという2人組にお願いしました。彼らが前に来日したときにサポートでドラムを叩いたんですが、それで仲良くなって。2人とも声がそっくりで、この曲に合うんじゃないかと思ったんです。レコーディングは、オケと歌メロと歌詞を送って、向こうで録ってもらいました。

——— 歌詞は何語なんですか?

イトケン 何語でもないめちゃくちゃな言葉です(笑)。架空のサントラなんですけど、言葉に意味がない方がいいかなと思って。単純に響きで歌詞を書いてもらいました。それを“ロシア語風に歌って”とお願いして(笑)。

Itoken Interview

イトケン『speaker』(Rallye label/RYECD226)

——— 『Speaker High School Theme』は、歌ものということを抜きにしても、今までに無かったタイプの曲ですよね。

イトケン そうですね。なにせ普通の4拍子ですから(笑)。みんな最初にiTunesとかで聴いたとき、この曲で別のアルバムに切り替わったのかなと思ったみたいです(笑)。WWWでやったレコ発ライブでは、本編が終わった後に大音量で会場に流してもらいました。

——— 変拍子、好きですよね。

イトケン 何なんですかね。トリックを仕込むのが好きなのかも。“そう聴こえるけど、実はこっちなんですよ”っていうのが(笑)。

それと今回は他の人に演奏してもらったんですよ。これも初めての試みで、最初から人に弾いてもらおうと思って曲を作ったんです。トクマルシューゴくんや田中馨くんとかに参加してもらったんですけど、自分では絶対に弾かないようなことをやってくれておもしろかったですね。彼らにはファイルとコード譜だけを投げて、録音して返してもらったんですけど、もう一度のやり取りでバッチリでした。

——— “架空の学園もののサントラ”ということ以外に、サウンド面で考えたことというと?

イトケン あんまり考えなかったかな……。常に新しいことをやろうとしているんですけど、出てくる音は毎回一緒なんですよね。出来上がってから聴いて、ファーストと何も変わってないことに自分でもビックリしました(笑)。楽器に関しても同じ。新しいシンセを使ったりしているんですけど、結局出てくる音は一緒なんです。どんな楽器を使っても、自分が好きな音にしちゃうんですよね。音色だけでなくメロディーやハーモニーもそう。結局こうなっちゃうんだな、みたいな。

——— 古いサントラやムード・ミュージックのサウンドやハーモニーが刷り込まれているということですね。

イトケン 本当にそう。完全に刷り込まれてますね。1曲1曲が短いのも昔のサントラの影響ですし……。ワン・アイディアやって終わりという。

——— サントラなんかは、日本の作品よりも海外の作品の影響の方が大きいですか?

イトケン いや、海外のものも日本のものも両方。海外だとイタリアのサントラが好きで、エンニオ・モリコーネとかピエロ・ピッチオーニとか。日本だと菊池俊輔と渡辺宙明ですかね。ぼく、特撮ものが大好きだったので。

Itoken Interview

MIDIのフレーズを一瞬でオーディオ化できるPro Toolsのトラック・コミットは、本当にシビれる機能

——— 曲の作り方としては、身近にある楽器を手に取って…… という感じですか?

イトケン そうですね。手に取る楽器によって、作る順序もリズムからだったりハーモニーからだったり。で、いいなと思うフレーズができたらマイクを立ててPro Toolsに録ってしまう。今回はフレーズができる前、音を鳴らし始めた段階から録音を始めてましたね。

——— そういうとき、Pro Tools側のテンポはどうしているんですか?

イトケン テンポを管理している曲もあれば、フリーの曲もあります。中にはテンポを無視して録って、後で強引に4/4に収めている曲もある(笑)。トラックのデータを見て、“これは頑張れば1小節に収まるな”とか考えながら。そういうフレーズは、後で譜面に起こすのが大変なんですけど(笑)。

——— 録音の後、Pro Tools上ではかなりエディットされるんですか?

イトケン 今回は繰り返しのフレーズはなるべく弾くようにしたかな……。何かあったら修正するくらいで。ですからPro Toolsはレコーダー/ミキサーという感じですね。

Itoken Interview

イトケンのプライベート・スタジオ。DAWは、Avid Pro Tools

Itoken Interview

プライベート・スタジオの後方。トイ楽器やシンセ、ドラムなどが所狭しと置かれている

——— Pro Tools歴は長いんですか?

イトケン 長いですね。MIDIシーケンサーとしては最初、Opcode SystemsのEZ Visionを使っていたんですけど、ゲームの仕事でDigidesign Audiomedia IIIを使って波形編集をしなければならなくなって。それがきっかけでPro Toolsを使い始めて、それからはずっと愛用しています。他のDAWも持っているんですけど、やっぱりPro Toolsがいちばん使いやすいですね。

——— Pro Toolsのバージョンは?

イトケン 最新の12.5です。バージョン12で搭載されたトラック・コミットやトラック・バウンス、トラック・フリーズといった新しい機能はめちゃくちゃ便利ですね。トラック・コミットを使うとMIDIで打ち込んだフレーズを一瞬でオーディオ化できるんですけど、あの機能は本当にシビれますよ(笑)。あとぼくはテレビ番組の仕事が多いので、トラック・バウンスはステムで書き出すときに凄く便利。バージョン12になって作業効率が本当に良くなりましたね。

——— 今作で活躍したシンセというと?

イトケン ローランド SH-101とコルグ MS-20ですかね。SH-101に関しては、最初はd16 group LuSH-101を使って、録音するときに本物に差し替えるという使い方でした。いちばん使っているのはSH-101で、本当に大好きなシンセなんです。

——— LuSH-101のようなソフトウェア・インストゥルメントも使っているんですね。

イトケン 他にもいろいろ使ってますよ。Arturiaのものだったり、コルグのLegacy Collectionも入ってますし、他にはNative Instruments KOMPLETEとか……。KOMPLETEはKONTAKTをサンプラーとして使うくらいで、他のはあまり使わないんですけど。あとUVIのものも好きですね。

——— UVIと言えば、トイ楽器の音色を多数収録したComplete Toy Museumをリリースしていますね。

イトケン もちろん持ってます(笑)。あれ、便利ですよね。本物を録音した方が雰囲気は出るんですけど、トイ・ピアノはチューニングが悪いですから(笑)。自分で録ったトイ楽器のライブラリーもあるので、それと混ぜたりして使っています。

——— プラグイン・エフェクトに関しては?

イトケン Waves Mercuryが多いですね。他にはAudio Ease SpeakerphoneやMcDSP FilterBankとかを使いました。

Itoken Interview

一番好きなシンセはSH101。発振させたサイン波の音が大好き

——— せっかくなので少し楽器のお話を……。まずはトイ楽器やミニ鍵楽器の魅力について、あらためておしえてください。

イトケン 何なんでしょうね……。ぼくにとっては値段かな(笑)。安くて買いやすいじゃないですか(笑)。パッと音が出て、メモリーできないところも好きですね。

——— 最初に手に入れた鍵盤楽器は何だったんですか?

イトケン ちゃんとお金を出して買ったのはカシオ SK-1が最初ですね。確か高校1〜2年のとき。その頃はもうドラムを始めていたんですけど、当時メタル・パーカッションが流行っていて、自分でもサンプリングしてみたかったんですよ。SK-1は大好きでしたね。ミニ鍵でちっこいのも良かった。その後、普通の(標準鍵盤の)シンセも買ったんですけど、何か合わなくてすぐに手放してしまいましたから。

——— ちなみにそのとき手に入れたシンセは何ですか?

イトケン カシオのHZ-600です。CZの前に出たやつで、デジタルとアナログのハイブリッドのほんの一時期にしかなかったシンセですね。それをラオックスのシークホー・カーニバルで買ったんですよ。

——— シークホー・カーニバル! 懐かしいですね。

イトケン 夜中から並んで(笑)。でも、わざわざ並んで買ったのに、使ってみたらあんまり良くなかったんです(笑)。その後、しばらくシンセは買いませんでしたね。

Itoken Interview

最近のシンセの中では、ヤマハ reface CSがお気に入りとのこと

——— ではブランクの後に手に入れたシンセというと?

イトケン SH-101です。何でSH-101を買ったのかよく覚えてないんですけど、中古で安く売っていたからかもしれない。でも、そのSH-101が良くて、そこからシンセにハマった感じですね。

——— 今作でも活躍したそうですが、あのシンセはどのあたりがいいんでしょう。

イトケン ぼくが好きなのは発振させたサイン波の音。あの音が大好きなんです。内蔵のステップ・シーケンサーやポルタメントの感じもいいですよね。

——— ポルタメントと言えば、ミニ鍵シンセの代表選手、ヤマハ CS01も良いですよね。R&Bのリードとかにバッチリな。

イトケン CS01も大好きなシンセですね。特に三角波の音が好き。ぼくのCS01は白色なんですけど、古道具屋さんで安く手に入れたんですよ。音が出ないということで8,000円で売っていたんですが、手に取って見たらヘッドフォン端子が壊れているだけのような気がして。それで“音が出ないのに8,000円は高い。もっと安ければ買います”と言ったら、5,000円にしてくれたんです(笑)。家に帰って開けてみたら、やっぱりヘッドフォン端子が壊れているだけで、簡単に直すことができました。

——— 特に思い入れのあるシンセを5台挙げるなら?

イトケン いま話に出たSK-1、SH-101、CS01の3台に、あとはMS-20。MS-20はパッチができるのがいいんですよ。ちなみにぼくのMS-20は、社会人のときに会社の先輩から無期限に貸してもらったやつなんです(笑)。その先輩、ローランド SYSTEM-100Mも持っていて、それも持って行っていいよって言ってくれたんですけど、部屋に入りきらないと思って諦めちゃって……。いま思うともったいないことをしたなって(笑)。

——— 思い入れのあるシンセ、最後の1台は?

イトケン どうしようかな……。悩みますけどAlesisのMicronにしておきましょう。あれ、音が好きなんですよ。デジタルなんですけどアナログっぽい音がするというか。あと本体のツマミは最低限なんですが、プラグインで音作りできるのが便利なんです。

——— 最近もけっこうシンセを買われているそうですが、何か良かったものありますか?

イトケン ヤマハのrefaceシリーズですね。4種類、全部持っていて、相対性理論のライブとかでも使ってます。中でもいちばんのお気に入りはreface CSで、かなり音が良いんですよ。それにrefaceシリーズは鍵盤が良いんです。ミニ鍵なんですけど、凄く弾きやすいんですよ。他にはMoog Music MOTHER-32とか。でもMOTHER-32は、いいんですけど難しい(笑)。シンセに詳しい人たちもみんな“あれは難しい”と言ってますよ。シーケンサーとかが普通じゃないんですよね。

——— 次のソロ・アルバムは、また13年後ですか?

イトケン いやいや(笑)、早めに出したいと思っています。いま考えているのは、シンセ1台だけで1曲ぜんぶ作ったアルバム。例えば、この曲とこの曲はSH-101だけ、この曲とこの曲はCS01だけで出来ているような。ドラムの音もぜんぶ同じシンセで作ったらおもしろいんじゃないかなって思ってます。あとはいま、来年公開の映画『PARKS』の音楽を作ってますね。井の頭公園をテーマにした映画で、音楽監修がトクマルシューゴくんなんです。これはちょっと完成が楽しみな映画ですね。

Itoken Interview