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製品開発ストーリー #21:Avid Pro Tools 12.5 〜 遂に実現したクラウド・コラボレーション機能! Pro Toolsの開発責任者に訊く、バージョン12のコンセプト

今年(2016年)、バージョン1.0のリリースから25周年を迎えたAvid Pro Tools。音楽制作/レコーディングだけでなく、MA/ポストプロダクション、中継収録、学校教育など、様々な現場で使用されている世界標準のDAWです。業務スタジオではPro Toolsが入っていないところを探す方が難しく、大手のレコード会社や映画会社が制作した作品のほとんどは、Pro Toolsでレコーディング/ミックスされていると言っても過言ではないでしょう。

幾度ものバージョン・アップを経て、着実に進化を遂げてきたPro Toolsですが、昨年リリースされたバージョン12から、これまでよりも速いペースでアップデートが実施されています。およそ3ヶ月おきにコンマ1のアップデートが実施されており、昨年末リリースされた12.3ではトラックの一部分を素早くオーディオ化できる新機能『トラック・コミット』が追加。年明けにリリースされた12.4では、長年待ち望まれていた『トラック・フリーズ』機能が実装され、今春リリースされた12.5では、バージョン12の目玉機能『クラウド・コラボレーション』が遂に利用できるように。このようにPro Toolsは、この1年でもの凄いペースで進化しているのです。

ここにきて、他のDAWを突き放すかのような勢いで機能を強化しているPro Tools。はたしてその狙いは何なのか、来日したAvidの幹部に話を伺いました。取材に応じていただいたのは、オーディオ・プロダクト担当副社長のティム・キャロル(Tim Carroll)氏と、Pro ToolsAAXプラグイン担当のプロダクト・デザイン・マネージャーであるライアン・ワーデル(Ryan Wardell)氏のお二人。ティム・キャロル氏はオーディオ関連製品の責任者であり、ライアン・ワーデル氏はPro Toolsの開発を統括している人物です。短い時間でしたが、なかなか興味深い話を訊くことができました。

Avid - Pro Tools 12

Avidはユーザーが抱える問題を解決するべく、製品開発を行っている

——— まずはお二人のAvidでの役職からおしえていただけますか。

TC 私はオーディオ・プロダクト担当の副社長で、音に関わる製品すべてのポートフォリオを管理しています。ですからPro Toolsだけでなく、業務用コントロール・サーフェースのS6、ライブ・コンソールのVENUE、楽譜作成ソフトウェアのSibeliusなど、オーディオ・プロダクトはすべて私が統括しています。Avidに入社したのは約18年前のことになります。

RW 私はプロダクト・マネジメント・チームに所属していて、現在はPro ToolsおよびAAXプラグインのプロダクト・デザインを統括する立場にあります。私の仕事の中で特に重要なのが、ユーザーの皆様の意見に耳を傾け、それを開発チームにフィードバックすることです。今回の来日でも多くのプロフェッショナルの皆様に会い、貴重な意見を伺うことができました。帰国次第、開発チームに直ちにフィードバックしたいと考えています。

——— Avidは、オーディオ関連製品だけでなく、ビデオ関連製品も手がけている会社です。ティムさんはオーディオ・プロダクト担当の副社長とのことですが、社内の体制はオーディオとビデオで完全に分離しているのでしょうか。

TC 一概には言えません。なぜなら、オーディオとビデオはまったく異なるもののようで、実は2つの世界は完全に独立しているわけではないからです。両者はオーバーラップしている部分が少なからず存在し、お客様が抱えている問題も、2つの世界に跨っていることが意外と多いのです。問題という言葉を使ってしまうとエラーのように聞こえてしまいますが、言い換えれば課題ですよね。Avidはお客様の課題を解決するソリューションを提供するべく、製品開発を行っているのです。

——— オーディオ関連製品とビデオ関連製品では、売り上げの比率はどんな感じでしょうか?

TC 四半期ごとに変動しますし、新製品を発売するタイミングによっても変わってきますが、最近は売り上げの約40%がオーディオ・プロダクトです。オーディオ・プロダクトは、音楽制作用製品、ポストプロダクション製品、そしてライブ・サウンド製品の大きく3つのカテゴリーに分けられますが、その中ではポストプロダクション製品の売り上げがかなりの割合を占めます。音楽制作用製品とライブ・サウンド製品は、大体同じような割合ですね。だからと言って、ポストプロダクション市場だけが景気が良く、音楽制作用製品の売り上げが不調というわけではありません。MAスタジオや放送局は元々のバジェットが大きく、ビジネスが成熟していますからね。

Avid - Pro Tools 12

Avid Technology オーディオ・プロダクト担当副社長、ティム・キャロル(Tim Carroll)氏

Pro Tools 12では、ライセンスの選択肢を増やし、バージョン・アップの方針を変更した

——— 昨年リリースされたPro Tools 12ではサブスクリプション・ライセンスが導入され、毎月あるいは1年単位で料金を支払うことで、Pro Toolsを利用することができるようになりました。Pro Tools 12の新機能の話に入る前に、サブスクリプション・ライセンスを導入した理由をおしえてください。

TC 最初にこのインタビューを読んでいる方に知ってほしいのですが、Pro Toolsを使用するにあたって毎月料金がかかるようになったわけではありません。我々はこれまでどおり永続ライセンスの販売も行っており、ユーザーは追加の料金を支払うことなく、購入時のバージョンのPro Toolsを使い続けることができます。勘違いしている方もいらっしゃるのですが、我々はサブスクリプション・ライセンスに移行したわけではありません。Pro Toolsを使用するための選択肢の1つとして、サブスクリプション・ライセンスの提供を開始したのです。ユーザーの皆様は、永続ライセンスとサブスクリプションという2つの選択肢の中から、自分に合ったライセンスを選択できるというわけです。

サブスクリプション・ライセンスは、オーディオの世界ではあまり馴染みのないビジネス・モデルであるため、どちらかと言えば永続ライセンスを好むユーザーの方が多いようです。しかし徐々にではありますが、サブスクリプション・ライセンスを選択するユーザーは増えています。サブスクリプション・ライセンスを選択した人に話を訊くと、“最初に高額の料金を支払う必要がないので、気軽にPro Toolsを使い始めることができた”とおっしゃるので、特定の人たちにとっては価値のあるものを提供できたのではないかと考えています。結果として、Pro Toolsユーザーはこれまで以上に増えていくのではないでしょうか。

——— サブスクリプション・ライセンスは、一時的にPro Toolsを使用したい場合にも有効ですね。

TC おっしゃるとおりです。つい先週、こんなことがありました。ニューヨークに私が懇意にしているプロダクション・スタジオがあるのですが、Pro Tools 12を発表した際、そこのシステムを管理している方が“サブスクリプション・ライセンスなんてなぜ導入したのか、私にはまったく理解できない”と憤っていたんです。“ウチのように大量にシステムを導入している会社だと、経済的な負担が増すだけだ”と。しかし最近、そのスタジオに大規模な仕事が飛び込んできたんです。これはPro Toolsを10式程度増やさないと対応できないということになったんですが、サブスクリプション・ライセンスのおかげで、そのスタジオはわずかな投資でシステム数を増やすことができました。もし永続ライセンスのみだったとしたら、Pro Toolsを10式増やすにはかなりの投資が必要だったでしょう。しかも仕事が終了したら、サブスクリプションを止めることもできるのです。あんなにサブスクリプション・ライセンスを嫌っていたシステムの管理者も、“Pro Tools 12のおかげで大変な仕事をこなすことができた”と喜んでましたよ。

Avid - Pro Tools 12

Avid Technology Pro Tools/AAXプラグイン担当プロダクト・デザイン・マネージャー、ライアン・ワーデル(Ryan Wardell)氏

——— 導入時の選択肢を複数用意することで、Pro Toolsユーザーを増やす。これがサブスクリプション・ライセンス導入の狙いということですね。

TC それだけではありません。実はサブスクリプション・ライセンスを導入した大きな理由は、真にプロ・ユースに耐えるクラウド・コラボレーション機能を実現したかったからなんです。クラウド・コラボレーションは、とても複雑な機能であり、メニューのコマンド1つ、あるいは新たなウィンドウ1つ追加した程度で実現できるものではありません。時間をかけて成熟させる必要がある機能なのです。Pro Toolsはこれまで、1年半〜2年ごとにメジャー・バージョン・アップを実施してきました。しかしをそんなペースでアップデートしていったら、いつまで経っても我々が考えるクラウド・コラボレーション機能を実現することはできません。そこでサブスクリプション・ライセンスを導入することによって、我々はこれまでのバージョン・アップのペースを改め、短期間にPro Toolsをアップデートしていくことにしたのです。

Pro Tools 12の発表時、ユーザーからは“Pro Tools 11とほとんど変わらないじゃないか”という声が寄せられました。普通はメジャー・バージョン・アップで多くの機能が搭載されると考えますから、当然の反応と言えるでしょう。しかしPro Tools 12の最初のバージョンである12.0は、その後のアップデートの基盤となるものだったのです。その後、我々は3ヶ月単位でアップデートをリリースし、多くの機能を追加していきました。12.3で追加したトラック・コミットとトラック・バウンス、そして12.4で追加したトラック・フリーズなどは、それぞれメジャー・バージョン・アップ時の目玉にしてもいいくらいの大きな機能です。我々はこれからも3ヶ月単位でPro Toolsをアップデートし、ユーザーにとって本当に価値のある機能を追加していく予定です。もう1〜2年に1度のメジャー・バージョン・アップで大量の機能を追加するという時代ではありません。

——— Avidが考えるクラウド・コラボレーション機能は、一気に実現できるものではないということですね。

TC Pro Toolsは、プロフェッショナルな現場で最も使用されているDAWソフトウェアです。そういった人たちに選んでもらっている以上、我々には安定動作する製品を提供しなければならないという責任があります。とりあえずリリースして、不具合は後から修正するというスタンスは、我々には許されません。

我々はPro Tools 12のリリースに合わせて、Pro Tools|Firstという無償版Pro Toolsの配布を開始しました。Pro Tools|Firstは、多くの人にPro Toolsを使用していただくために開発したソフトウェアなのですが、実はクラウド・コラボレーション機能のテストケース的な側面もあったんです。Pro Tools|Firstによってクラウド・コラボレーション機能の基盤となるストラクチャーをテストしながら、Pro Tools本体を徐々にアップデートしていき、クラウド・コラボレーション機能をスケールアップしていく。それが我々の当初からの計画なのです。

——— クラウド・コラボレーション機能は、Pro Tools 12.5で実装されるそうですが、まずはどのようなことができるようになりますか?(註:このインタビューは、Pro Tools 12.5の発表前に行われました)

RW クラウド経由で、複数のユーザーが同じプロジェクトにアクセスして作業できるようになります。ローカルのコンピューターでの作業内容、例えばオーディオ・トラックやMIDIトラックを編集した場合、その内容はクラウドを経由して他のユーザーのプロジェクトにも反映されます。作業内容は履歴として保存されるため、以前の状態に戻ることも可能です。また、他のユーザーとコミュニケーションするためのテキスト・チャットといった機能も搭載されています。

TC クラウド・コラボレーション機能では、ロスレス圧縮を採用することにより、音質の劣化なしに最大70%まで容量を圧縮しています。これによりスピーディーなデータ転送を実現しているのです。

RW クラウド・コラボレーション機能は、最大3個のプロジェクト、プロジェクトごとに最大3人のユーザー、500MBのクラウド・ストレージであれば無償で利用することができます。月額9.99ドルのプランでは、最大5個のプロジェクトと20GBのクラウド・ストレージ、月額24.99ドルのプランでは、最大10個のプロジェクトと60GBのクラウド・ストレージを利用可能です。

TC 12.5のユーザーであれば無償で利用できますので、まずは一度試していただきたいですね。そして要望をお訊かせいただければと思います。

Avid - Pro Tools 12

コミットやフリーズといった新機能は、すべてクラウド・コラボレーションを見据えて搭載したもの

——— 注目のクラウド・コラボレーション機能ですが、音楽制作を行うユーザーの間では12.3で搭載されたトラック・コミット/トラック・バウンス、12.4で搭載されたトラック・フリーズ機能もかなり注目を集めています。ここにきて、“トラックのオーディオ化機能”を充実させたのはなぜですか?

RW フリーズに関しては、我々の中でもPro Toolsに搭載するべき新機能リストに常に入っていたのですが、このタイミングで搭載することにしたのは、クラウド・コラボレーション機能を実現するにあたって必須の機能だったからです。Pro Tools 12のリリース後、12.5に至るまでに実装された機能の多くが、クラウド・コラボレーション機能を実現するためのものなのです。

TC Pro Toolsは他のDAWソフトウェアと違い、音楽制作やレコーディングだけに使われるわけではありません。音楽制作/レコーディングをはじめ、MA、映画のダビング、放送など、ありとあらゆるアプリケーションで使用されるDAWソフトウェアなのです。従ってユーザーから寄せられる要望は膨大で、その数は常時1,000を超えています。我々はそれらに優先順位を付け、特に要望の多い機能から実装していっているのです。しかもPro Toolsの場合、単に実装したからOKというわけにはいきません。プロフェッショナルの皆様に問題なく使用していただける高いリライアビリティーも実現しなければならないのです。その結果、フリーズに関してはユーザーの皆様をお待たせしてしまいましたが、それだけのクオリティを持った機能に仕上がっていると自負しています。

——— トラックのオーディオ化機能を単にバウンスとして搭載してしまうのではなく、コミットやフリーズなど、用途ごとに細かく分かれているのがPro Toolsらしいと感じました。

TC ありがとうございます。我々はユーザーに一つのワークフローを強要したくないのです。何かを実行するための選択肢をできるだけ複数用意し、多様なワークフローに対応したいと考えているんです。

RW 少々分かりにくいかもしれませんが、トラック・コミットとトラック・フリーズは似ているようで異なる機能です。簡単に紹介するなら、トラック・コミットは複数のアウトプットを必要とする人のための機能です。この機能を使うことで、MIDIクリップやプラグイン処理後のサウンドを素早くオーディオ化することができます。一方、トラック・フリーズは、トラックの出力を一時的にオーディオ化するための機能です。トラック・フリーズを使用するにあたって新しいオーディオ・トラックは必要なく、これによってコンピューターの処理能力を解放することができます。

Avid - Pro Tools 12

——— トラック・コミットやトラック・フリーズといった機能では、処理後の音質を気にする人も多いと思います。

RW よい質問ですね。結論から申し上げますと、コミット/バウンス/フリーズによって音質が変化することはありません。Pro Toolsは、世界中のプロフェッショナルたちに使用されているツールです。機能の実行による音質の変化は、Pro Toolsにはあってはならないことです。従って我々は、コミット/バウンス/フリーズといった機能を開発するにあたって、“音質の維持”を最重要テーマに掲げました。アルゴリズム的に信頼できるものであっても、本当に音質に影響を及ばさないか、繰り返しテストを行ったのです。その結果、Pro Toolsのコミット/バウンス/フリーズの各機能は、プロフェッショナルの皆様に問題なく使用していただけるものになりました。ベータ・バージョンを使用していただいたプロフェッショナルからも、“問題のないクオリティ”とのコメントをいただいています。

ただ一点、プラグインに関しては注意していただかなければなりません。プラグインの中には、処理の度にサウンドが変化するものが存在します。そういう処理に“揺らぎ”のあるプラグインを使用した場合は、コミット/バウンス/フリーズ後にサウンドが変わってしまうかもしれません。しかしPro Tools内部で音質が変化することはないということです。

——— 処理に“揺らぎ”があるプラグインというのは、コーラスとかフェイザーなどのモジュレーション系エフェクトでしょうか?

RW そうですね。あとはリバーブも処理の度にサウンドが変化するエフェクトの代表格です。

——— エンジニアの中には、“Pro Tools 12でまた音質が変わった”と言う人がいます。Pro Tools 11Pro Tools 12では、音質に変化はあるのでしょうか?

RW まったく同一です。Pro Tools 11ユーザーの皆様は、安心してPro Tools 12に移行していただければと思います。Pro Tools 12にして音が変わったという人は、音質に影響を与える何らかの機能を使ってしまっているのではないでしょうか。例えばHEATは、これまではHDXシステムでしか使用できませんでしたが、Pro Tools 12からはHD Nativeシステムでも使用できるようになりました。HEATを有効にすれば、もちろん音質は変わってしまいます。

——— 最後にこの記事を読んでいる人にメッセージをお願いします。

TC もしかしたらこの3〜4年、Avidはポスト・プロダクション市場に注力していて、音楽制作ユーザーをおろそかにしている印象があったかもしれません。しかし最近のPro Toolsを見ていただければわかると思いますが、我々は現在、音楽制作機能の強化にかなり力を入れています。今後もPro Toolsをこれまでよりも速いスピードで進化させていきますので、ぜひご期待ください。