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Meet The Developer #1:Steinberg(Part 1)〜 キー・プログラマーが語るVSTインストゥルメントが誕生した経緯とVSTの未来 〜

by ICON / 2015.10.18 19:00

ドイツ・ハンブルクに拠点を置くソフトウェア・デベロッパー、Steinberg。1984年、カール“チャーリー”スタインバーグ(Karl “Charlie” Steinberg)とマンフレッド・リューラップ(Manfred Rürup)によって設立された同社は、CubaseNuendoHALionといったイノベーティブなソフトウェアによって、コンピューター・ベースの音楽/音響制作環境を革新してきました。同社はまた、システムの基盤となるテクノロジーをいち早く開発することでも知られ、SteinbergがオリジネーターであるVSTやASIOは現在、標準フォーマットとして広く普及しています。まさにこの世界を牽引してきた、オーディオ系ソフトウェア・デベロッパーを代表する存在と言っていいでしょう。

ICONは今年4月、Musikmesse/Prolight+Soundの後にハンブルクのSteinberg本社を訪問。セールスや広報担当者ではない“開発者”に直接話を訊ける貴重な機会を得ました。取材に応じてくれたのは、Steinberg本社のテクニカル・リード(Technical Lead)であるイヴォン・グラビット(Yvan Grabit)氏と、プロダクト・マーケティング・マネージャー(Product Marketing Manager)のマティアス・クゥェルマン (Matthias Quellmann)氏。イヴォンさんは、初のVSTインストゥルメント製品であるModel-Eや、初の本格的なVSTサンプラーであるHALionの開発を手がけた“VST”という規格/テクノロジーを知り尽くした人物です。そこでこの取材では特定の製品についてではなく、“VST”にテーマを絞ってインタビューしてみました。

Steinberg Interview
Steinberg Interview
Steinberg Interview

イヴォン・グラビット(Yvan Grabit)氏(写真左)とマティアス・クゥェルマン (Matthias Quellmann)氏

VSTは当初、Cubaseに効率よく機能を追加していくための“インハウス・プログラマーが利用する規格”だった

——— まずはお二人のプロフィールから簡単におしえていただけますか。

マティアス・クゥェルマン(MQ) 私がSteinbergに入社したのは4年ちょっと前のことで、確かHALionがバージョン4の頃だったと思います。Steinbergに入社する前は、レコード・レーベルで制作の仕事をしていました。現在はVSTインストゥルメントとサウンド・ライブラリーの開発に従事していて、最近は就業時間のほとんどを、HALionの開発チームと過ごしています。

イヴォン・グラビット(YG) 私はフランス南東部出身で、母国ではイメージ・プロセッサーの会社に勤めていたんですが、約18年前にドイツに移り、Steinbergに入社しました。この会社に入って最初に手がけたのが、Silicon Graphics用Nuendoの開発で、私はVSTへの対応やサラウンド、オフライン処理といったあたりを担当しましたね。ご存じかと思いますが、Nuendoは当初Silicon Graphicsのプラットホーム向けに開発していた業務用のDAWソフトウェアだったんです。確か1997年〜98年頃の話ですね。あと、私が入社したときは既にCubaseにはVSTが実装されていたんですが、裏ではVST 2のプロジェクトがスタートしていて、その開発にも深く関わりました。VST 2の目玉は、VSTインストゥルメントというソフトウェア音源が使用できるようになったことで、私はLM-4やHALionといった最初期のVSTインストゥルメントの開発にも関わりましたね。それと当時の私の重要な仕事の一つが、サード・パーティーとのリレーションです。VSTはオープンなプラットホームであり、この規格を普及させるためにはサード・パーティー開発者の協力が不可欠でした。そこで私は、VSTプラグインやVSTインストゥルメントの開発に興味を示した会社を、技術面でサポートしたのです。この役割は現在も担っていて、先日のMusikmesseでは会場内でCakewalk、n-Track、Magixといった会社の開発者とミーティングを行い、VST 3についてのレクチャーを改めて行いました。

現在はVSTという規格全般の開発に関わっています。VSTは、我々の製品の基盤となる重要なテクノロジーですから、CubaseNuendoの開発チームとも密にやり取りをしていますし、VSTプラグイン/VSTインストゥルメントの開発チームとホスト・アプリケーションの開発チームとの間で、技術情報を共有するための役割も担っています。

MQ イヴォンはなぜドイツにやって来たの?

YG 恋人がハンブルクの会社に就職してしまったんです。それなら私もと思い、彼女を追いかけてドイツにやって来てしまいました(笑)。それで何か良い仕事はないかと探しているときに、Steinbergの求人を見つけたというわけです。業務内容を見て、“これは自分にピッタリな仕事だ!”と直感的に思いましたよ。

——— 今お話がありましたが、VST 2によってエフェクトだけでなくソフトウェア音源までもプラグインで扱えるようになったのは、大きな進化でしたね。ソフトウェア音源をプラグイン化するというアイディアは、VSTを最初に規格化したときから持っていたのですか?

YG VSTインストゥルメントの話をする前に、VSTという規格がそもそもどのようにして誕生したのか、そこからお話をした方がいいかもしれませんね。実は当初、VSTは“クローズドな規格”として開発されたんです。当時、チャーリー(Steinbergの共同創業者であるカール“チャーリー”スタインバーグ氏)率いる開発チームは、Cubase VST 3.5を開発するにあたり、オーディオ・ミキサーにチャンネルEQやダイナミクスといったプロセッサーを搭載することを踏まえると、それらの処理は規格化してしまった方がいいのではないかと考えました。これがVSTのスタート・ポイントなんですよ。これから先、バージョン・アップは続くわけですから、新しいプロセッサーを追加する度にオーディオ・ミキサーのソース・コードに手を加えるというのは面倒なんじゃないかと。それだったら規格化してしまって、新しい機能を容易に追加できるようにしようと考えたんです。Cubaseのオーディオ部分の開発を円滑に行うための、“インハウス・プログラマーが利用する規格”としてVSTは誕生したというわけですね。しかしこれだけ明確に規格化したのであれば、Cubaseの開発に利用するだけではもったいないという話になり、かなり早い段階でオープンな規格にすることが決まりました。VSTをオープンな規格として発表したときのユーザーやサード・パーティーからの反応は、我々の想像を遥かに上回っていましたよ。

我々やサード・パーティーはその後、VSTプラグインの開発に注力していくわけですが、当時はコンピューターの処理能力がもの凄いスピードで向上していった時期だったので、エフェクトだけでなくソフトウェア音源もVSTで動かしたらいいのではないかというアイディアが出るまでにはそれほど時間はかかりませんでした。ごく自然な成り行きだったんです。世界初のコマーシャルなVSTインストゥルメントであるModel-Eは、チャーリーがDSPアルゴリズムを書き、私がGUIのプログラミングを行って完成させたんですよ。

Steinberg - Model-E

初のコマーシャルなVSTインストゥルメント、Steinberg Model-E(2000年)

——— Model-Eとほぼ同時に、Native Instrumentsが開発を手がけた初のサード・パーティー製VSTインストゥルメント、Pro-Five(後のPro-52/Pro-53)もリリースされました。Native Instrumentsには、Steinbergサイドから声をかけたんですか?

YG 我々とNative Instrumentsは当時、とても親密な関係だったんです。彼らは今はかなり大きな会社になっていますが、当時はメーカーと言うよりも小さな“カロッツェリア”でした。

MQ Pro-Fiveに関して言えば、初のサード・パーティー製VSTインストゥルメントということもあり、我々がかなり開発に関わっています。

YG 販売も我々が行いましたしね。我々は世界中にディストリビューション・チャネルを持っていたので、我々が販売した方がいいのではないかということになったんです。ReCycle!の流通で、Propellerheadをサポートしたときと同じですね。彼らにはソフトウェアの開発に専念してもらって、我々がそれを世界中に販売するというモデル・ケースだったんですよ。

——— VSTプラグインとVSTインストゥルメントは、同じフォルダで扱われます。プラグインとしての違いは、音を生成するか否かという点だけですか?

YG 両方ともVSTという規格の上で作られているものですので、基本的には同じと捉えてもらって構いません。もちろん、VSTプラグインの方はオーディオの入出力ができればいいわけですが、VSTインストゥルメントの方はMIDIノートやプログラム・チェンジを受信できなければならないので、厳密には違いはありますけどね。我々がエフェクトとソフトウェア音源で規格を分けなかったのは、機能面での自由度を持たせたかったからなんです。同じ規格であれば、例えばサードチェーン入力を備えたソフトウェア音源なんかも開発できますからね。

——— VSTインストゥルメントとホスト・アプリケーションは、ハードウェアのようにMIDIケーブルで接続されるわけではありません。発音タイミングなどを考えると、VSTインストゥルメントとホスト・アプリケーションとの間で送受信するプロトコルはMIDIではない方がいいと思うのですが、実際にはハードウェア同様、MIDIデータがやり取りされているんですよね?

YG 送受信されるデータはMIDIですが、その取り扱いはハードウェアとは少々異なっています。ご存じのとおり、MIDIの送受信の方式はシリアル転送であり、これはタイミングにシビアな演奏情報をやり取りする際にしばしばネックとなります。そこで最近は、MIDIデータを“パッケージ”で扱うことによって、シリアル転送による問題を回避しているんです。例えばCubaseでプロジェクトを再生する場合、MIDIデータはトラック上に既に存在しているわけですから、やろうと思えば先読みすることができるわけです。ルックアヘッド機能を備えたリミッターなどと同じですよね。データを先読みできるのであれば、それをパッケージ化して先に送受信してしまおうというテクニックです。

MIDIというのは大変優れた規格だと思いますが、策定されてからかなりの年月が経っているので、現代の感覚ではその解像度などは決して十分とは言えません。これを解決するためにCubaseとVST3プラグインの間ではMIDIより高い解像度で、よりフレキシブルなデータ形式でのコミュニケーションを行っています。その結果、普通にケーブル結線されたハードウェアとは次元の異なるコントロールが可能になります。

——— トラック上のデータを先読み再生しているというのは、とても興味深い話です。

YG MIDIデータだけではなく、Cubaseではオーディオ・データも先読み処理をしています。これがご存じの『ASIO-Guard』というテクノロジーです。『ASIO-Guard』は、限られたCPUパワーを有効活用し、フレキシブルな処理を実現する画期的なテクノロジーです。

MQ 『ASIO-Guard』以前は、トラックに記録されたデータをリアルタイムに処理していました。その結果、コンピューターのCPUパワーを限界近く消費するプロジェクトの場合、再生中にVSTインストゥルメントをリアルタイムに演奏すると、オーバーロードを引き起こすことがあったんです。それだったら、プロジェクトに記録されているデータを事前に処理してしまうことで、先読みができないリアルタイム入力の方にCPUパワーを使おうというのが『ASIO-Guard』開発のスタート・ポイントなんです。『ASIO-Guard』によって、ユーザーはCPUパワーをこれまで以上に有効活用することができ、突発的に膨大な量のデータが入力された場合でも、オーバーロードが起こるリスクはかなり抑えられていると思います。

Steinberg Interview
Steinberg Interview
Steinberg Interview

VST 3では、16chというMIDIの制限が取り払われ、ノートごとに異なるピッチベンドがかけられる

——— VST 3という新しい規格について、改めておしえてください。

YG 従来のVST 2もとても良くできていたんですが、かなり自由度が高い規格であったため、やろうと思えば何でも作れてしまったんです。あまり縛りの無い規格だからこそ、おもしろいプラグインがたくさん開発されたとも言えるんですが、その自由度の高さは互換性の問題などを引き起こしていました。そこで我々は、規格としての自由度はなるべく保持したまま、仕様を一度整理して、最低限のルールを定めることにしたんです。そして策定したのが新しいVST 3で、この規格ではDirectXなど、MicrosoftのCOM技術のアイデアも一部使用しています。

我々がVST 3を策定するにあたって留意したのは、従来のVST 2との互換性の維持です。AvidがTDM/RTASからAAXに移行したように、まったく新しい規格を策定してしまった方がラクではあったんですが、せっかくVSTをサポートしてくれているデベロッパーがたくさんいるのに、彼らが築き上げてきた技術やノウハウを継承できないのはよくないと思ったんです。従ってVST 2に取り組んでいたデベロッパーなら、VST 3でも同じようにプラグインを開発することができると思います。

MQ AAXとVST 3は、規格が異なるというだけで、中身はよく似ています。

YG VST 3は、VST 2と比べて多くの点で進化していますが、ここでは代表的なものを3つ紹介することにしましょう。まず第一に、先ほども話に出たように、MIDIよりも解像度が高く、よりフレキシブルなコントロールを実現していることです。この拡張によって16chというチャンネル数の制限が取り払われ、またMIDIノート1つ1つにユニークIDを振ることが可能になります。これにより、例えば同じMIDIチャンネルでノートごとに異なるピッチベンドをかけれるようになります。私たちはこれを“ノートエクスプレッション”と呼んでおり、SteinbergのVSTインストゥルメント、HALionHALion Symphonic Orchestraなどは、既に“ノートエクスプレッション”に対応しています。

第二に、VST 3ではユーザー・インターフェースが非常に洗練されました。これまでは難しかったウィンドウのリサイズが可能になり、プラグインのパラメーターがユーザーにとって便利な方法で整理できるようになりました。例えば、HALionのパラメーターは4,000以上用意されているんですが、従来のVST 2ではそれらをメニューに表示させる必要があり、縦方向にズラッと並ぶだけの酷いインターフェースになってしまいました。それがパラメーターを構造化したVST 3では、例えば、サブ・メニューなどを用いることで、パラメーター・リストにアクセスしやすくなったんです。

MQ VST 3では、プラグインとホスト・アプリケーションのインテグレーションも深化しています。プラグイン側から、ホスト・アプリケーション側の同じ機能をコントロールすることも可能になりました。 例えば、プラグインのパラメーターに関連するオートメーション・トラックを、プラグインの側から表示することもできます。

YG そして第三の特徴として、CPUのリソースをセーブするために処理を最適化しています。さらにVST 3では、プラグインがオーディオ・シグナルが通っていないトラックにインサートされたという情報を知ることができるので、そういった場合はいくつかの内部処理を自動的に無効にするため、ユーザーはCPUパワーを無駄なく利用することが可能になります。

Steinberg Interview

——— VST 3の普及についてはいかがですか?

YG サード・パーティーに一生懸命啓蒙活動をしているところです。“VST 3について話を訊きたい”というコンタクトがあれば、対応ソフトウェアの開発について詳しく説明していますし、サード・パーティー側から“こうした方がいいのでは”という要望を貰うこともあるので、そういったフィードバックには常に耳を傾けています。

——— 先ほど、“VST 2では互換性の問題が生じることもあった”とおっしゃっていましたが、VSTプラグインやVSTインストゥルメントを使用する場合は、VSTのオリジネーターであるSteinbergのホスト・アプリケーション、CubaseNuendoが最も安定しているのでしょうか?

YG 答えるのが難しい質問ですね(笑)。確かにVST 2の時代までは、ホスト・アプリケーションや使用するプラグインによって互換性の問題が生じることがあり、その中ではCubaseNuendoは安定していた方だと思います。我々はVSTという規格を知り尽くしているわけですから……。

MQ ホスト・アプリケーションとプラグインの両方を開発しているデベロッパーって、意外と少ないんですよ。我々は数少ない両方を開発している会社ですから、どちらかに生じた問題を解決する力は、一方だけを開発している会社よりも高いと思います。Cubaseのプログラマーとプラグインのプログラマーは同じフロアで働いているので、何かあったときはすぐにコミュニケーションを取ることができますしね(笑)。

YG しかし規格として、ホスト・アプリケーションやプラグインによって差が出るというのは好ましいことではありません。そこで我々は、より厳密に仕様を定義したVST 3という新しい規格を策定したわけです。

——— VSTインストゥルメントの歴史の中で、エポックとなった製品を挙げていただけますか。

YG 2001年にリリースしたHALionでしょうね。私が開発に深く関わったということもありますが、HALionは記念すべき初の本格的なVSTサンプラーですし、ディスクからサンプルを直接再生するダイレクト・ストリーミング機能が備わっていたり、ハードウェア・サンプラーのように高品位なサウンド・ライブラリーが付属している点も画期的でした。

その次にエポックとなったインストゥルメントを挙げるとするなら、HALion 4でしょうか。HALion 4は、名前こそHALionですが、HALion 3とはまったく異なるサウンド・エンジンを搭載しており、サンプラーの枠を越えてワークステーションやシンセサイザーとしても機能するようになりました。このバージョンからHALionは、Steinbergの新しいソフトウェア・インストゥルメントの基盤という位置付けとなり、その後に登場したPadshopThe Grand 3といった製品はすべてHALionをベースに開発されています。

Steinberg - HALion

Steinberg純正の高機能ソフトウェア・サンプラー、HALion。バージョン4でサウンド・エンジンが換装され、ワークステーション/シンセサイザーとして機能するようになった

——— Native Instruments KontaktやUVI Engineのように、HALionプラットホームをサード・パーティーに公開する可能性はありますか?

MQ 今のところサード・パーティーには公開していません。しかし今後、新しい展開があるかもしれませんよ(笑)。

——— Steinbergはもう単品のVSTインストゥルメントの開発には力を入れないのかなと思ったのですが、昨年はGroove Agentが復活しましたし、ライブラリーも1ヶ月に1本のペースで発表されていて、雰囲気が変わってきたような気がします。

MQ そうですね。社内の体制が変わり、プログラマーの数が増えてとてもパワフルなチームになっているので、今後はVSTプラグインやVSTインストゥルメントの開発に力を入れていく予定です。

YG 間もなくSteinberg製のVSTインストゥルメント全製品をバンドルした新しいパッケージ、Absolute 2を発表する予定です(註:先月リリースされました)。Absolute 2は、各製品を単品で揃えるよりも半額くらいのディスカウントになっており、VSTだけでなくAUもサポートしています。ライブラリーの容量は膨大ですが、インストーラーはUSBメモリで提供されるので、購入後直ちに使用できるようになっています。

——— 今後、単品のVSTインストゥルメントの開発にも力を入れていくとのことで、日本で人気が高かったVirtual Guitarist/Virtual Bassistをぜひ復活させてください。

MQ それはいいアイディアですね。我々は昨年、Groove Agentを現代的な仕様で復活させました。Groove Agentは、すばやくドラム・トラックを作りたいときに最適なインストゥルメントですが、そのギター版/ベース版も取り組む価値はあるかもしれません。

Steinberg Interview