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製品開発ストーリー #6:ローランド AIRA Modular 〜 ローランドが10種類のモジュールを引っさげ、Eurorackの世界に本格参入!
ローランドがEurorackに参入! SYSTEM-700やSYSTEM-100Mといったレジェンダリー・シンセサイザーを送り出した盟主が、モジュラーの世界に帰ってきました。少し前からティーザー画像が公開されていたので、予想していた人も多かったと思いますが、蓋を開けてみれば一挙に10モジュール発表の本格参入。AIRA SYSTEM-1のEurorackバージョン「SYSTEM-1m」、4種類のDSPエフェクト・モジュール「TORCIDO/BITRAZER/DEMORA/SCOOPER」、そして名機SYSTEM-100MをEurorackフォーマットで蘇生させた「SYSTEM-500」と、どうやらローランドはEurorackに本気のようです。そこでICONは、Musikmesse会場で、ローランドのAIRA製品担当、高見眞介氏にインタビュー。Eurorackワールドへの参入の想いと、各モジュールの特徴などについて話をうかがいました。
AIRAの重要なコンセプトの1つは“シンクロナイゼーション”。アナログとデジタルの両方の良い部分を高め、繋げていきたい
——— 最近の展示会ではAIRAブースにEurorackが置かれていましたし、TOKYO FESTIVAL OF MODULARにも参加していたので、ローランドはきっとEurorack参入を考えているんだろうなと思ってはいたんですが、まずはモジュラーの世界に参入した理由からおしえてください。
高見 AIRAの重要なコンセプトの1つに、“シンクロナイゼーション”というのがあるんです。現代の音楽制作システムやライブ・パフォーマンス環境は、複数のツールの組み合わせで成り立っているわけですから、AIRAもあらゆるものと繋がってシンクできるようにしたいと。もちろん、いっぺんに実現することはできないので、最初にTR-8やTB-3といったハードウェアを出し、次にリリースしたPLUG-OUTシンセサイザーでDAWと繋がり、SBX-1でヴィンテージ・マシンやCV/GATEを備えたシンセサイザーと繋がるようにと、徐々にその世界を広げていきました。つい先頃販売を開始したMX-1は、デジタル・ミキサーですがパソコンに繋ぐことでオーディオ・インターフェースとしても機能しますし、SBX-1の先に繋がるシンセサイザーが無かったので、REONさんに協力してもらってDriftboxの特別仕様バージョンを出してもらったりとか。このように“シンクロナイゼーション”というコンセプトのもと、どんどんその世界を広げていったんです。そしてその世界をさらに広げようと、Eurorackの扉を開いたという感じですね。実際に開発に着手したのは約1年前のことです。
——— アナログのサウンドや使い勝手をデジタルで再現するのがAIRAのコンセプトなのかと思っていました。
高見 最初にTR-8やTB-3を発表したとき、“何でアナログでやらないのか”という反応があったんですけど、我々はアナログとかデジタルとか、そういうことにはこだわっていません。アナログにはアナログの良いところがありますし、デジタルにはデジタルの良いところがある。我々はAIRAで両方の良い部分を高めて繋げていきたいんです。
——— ローランドのような大きな楽器メーカーが、ガレージ・メーカーが一生懸命盛り上げた世界に、後発で参入することに抵抗は無かったですか?
高見 それは無かったですね。振り返れば、我々も昔はモジュラー・シンセサイザーを作っていたわけですから(笑)。
——— 一昔前のローランドだったら、モジュラー・シンセサイザーを出すにしても、Eurorackという規格には乗らず、独自の規格を作ってしまったような気がします。
高見 Eurorackのおもしろさって、自分好みのシステムを構築できるDIY感にあると思うんですよ。もし独自規格でやってしまったら、Eurorackの一番おもしろい部分であるDIY感が得られない。ですから独自規格でやるなんてことは最初から考えませんでしたね。
AD/DAコンバーターを多数搭載することによってセミ・モジュラー化をはたした「SYSTEM-1m」
——— 今回のMusikmesseでは一気に10種類のEurorackモジュールが発表されたわけですが、その中でも「SYSTEM-1m」はとてもユニークな製品だと思います。デジタル・シンセサイザーであるSYSTEM-1を、ほぼそのままの形でEurorackモジュールに落とし込もうというアイディアはどこからきたのですか?
高見 SYSTEM-1に関しては、発売したときから音源モジュール版も出してほしいという要望をいただいていたんです。SYSTEM-1のキーボードは25鍵で、しかもベロシティ非対応ですから、鍵盤が弾ける人にとっては少々物足りなかったのでしょうね。でも、SYSTEM-1を単に音源モジュールにしただけの製品というのは、いくらニーズがあったとしても、AIRAのコンセプトに合致しているとは言えない。だからどうしたものかと悩んだんですが、そんなときにふと、SYSTEM-1をEurorackモジュールにしたらどうだろうというアイディアが浮かんだんです。Eurorackモジュールとしても、普通の音源モジュールとしても使える製品にしたらいいんじゃないかと。そうすれば、AIRAのコンセプトから外れず、普通のミュージシャンにも使っていただける製品になる。最終的にテーブルトップでも使えるデザインを採用したので、「SYSTEM-1m」はEurorackモジュール、ラックマウント対応の音源モジュール、テーブルトップ・シンセサイザーと3通りの使い方ができる製品になりました。
——— SYSTEM-1をセクションごとに切り分けてEurorackモジュール化するという発想は最初から無かったわけですね。
高見 ありませんでした。1モジュールでシンセサイザーの基本機能をすべて内包した製品を出すことで、Eurorackの世界への敷居を下げたいという想いもあったんです。既にやっている人なら分かると思いますが、Eurorackって最初の敷居がけっこう高いんですよ。ケースを買って、電源を買って、シンプルなシンセサイザーを組んだだけでも20万円くらいいってしまう。「SYSTEM-1m」なら、これだけでシンセサイザーとして機能しますし、その上でひととおりパッチングも楽しめる。そしてこれでパッチングの楽しさに目覚めたら、おもしろそうなEurorackモジュールを買い足せばいいと思うんですよね。Eurorackの世界に興味を持っている人はたくさんいると思うんですが、その最初のモジュールとして最適かなと思っています。
——— シンセサイザーとしての機能はSYSTEM-1と同じで、各セクションにCV/GATE端子が備わったバージョンという認識でいいのですか?
高見 そうですね。機能的には鍵盤とアルペジエーター/スキャッターが無い以外はSYSTEM-1と同等で、上部に備わった合計19個のCV/GATE端子で自由にパッチングすることができます。もちろんPLUG-OUTにも対応しているので、Eurorackシステムの中に組み込んで、例えばSH-101のフィルターだけを使ったり、SH-2のオシレーターだけを使ったりすることが可能です。
——— 内部的にはデジタル・シンセサイザーなわけですから、すべてのCV/GATE端子にはAD/DAコンバーターが備わっているのですか?
高見 そのとおりです。「SYSTEM-1m」の日本での価格は8万円前後を予定しているんですが、鍵盤やアルペジエーターが無いのになぜSYSTEM-1よりも高いのかと言えば、AD/DAコンバーターのコストがかかっているからですね。
——— デジタル・シンセサイザーをアナログ・パッチ対応にするのは大変でしたか?
高見 けっこう大変でしたね。単にAD/DAコンバーターを取り付けたというだけではダメで、アナログ回路のEurorackモジュールのように機能させるためには、ケーブルを挿したら内部結線がオフになる、ケーブルを抜いたら内部結線が回復するという仕組みを作らなければならない。普通のEurorackモジュールのような挙動を実現するため、端子内のリングでケーブルの抜き差しを感知するという仕組みを採用しています。信号が出っぱなしのモジュールであれば内部がデジタルでもそんなに大変ではないんですけど、「SYSTEM-1m」のようなセミ・モジュラー・タイプのシンセサイザーは、このような仕組みが必須でした。
パソコンやタブレットを使って内部のDSPを自由にパッチできる4種類のエフェクト・モジュール
——— 「TORCIDO」、「BITRAZER」、「DEMORA」、「SCOOPER」という4種類のエフェクト・モジュールについてもおしえてください。デジタル・エフェクターをEurorackモジュールにしようと思ったのはなぜですか?
高見 Eurorackの世界に参入するのであれば、「SYSTEM-1m」だけでなく他のモジュールも出したいと思ったんですが、これだけメーカーがある中で普通のオシレーターやフィルターを出してもおもしろくないなと。今、この時点でEurorackの世界に参入するのであれば何がいいんだろう、我々の強みは何だろうということを考えた結果、やっぱりDSPだろうという結論に達したんです。そして「SYSTEM-1m」と同じように、Eurorackモジュールとしてだけでなく、スタンドアローンとしても使える製品にしたかったので、それだったらエフェクターがいいんじゃないかということになったんですよ。
——— 「TORCIDO」がディストーション、「BITRAZER」がビット・レート/サンプル・レート・クラッシャー、「DEMORA」がディレイ、「SCOOPER」がスキャッター/ルーパーとのことですが、この4種類のエフェクトを選ばれたのは?
高見 最初に決まったのは「SCOOPER」なんですが、これはTR-8に入っているスキャッターを単体製品として出してほしいというリクエストが非常に多かったからです。「SCOOPER」というのは、スキャッターとルーパーを掛け合わせた造語ですね。あとはどんなエフェクトがEurorackモジュールであったらおもしろいかと考えて、モジュレーション/空間系のディレイ、ディストーション、ビット・レート/サンプル・レート・クラッシャーという順番で決まりました。
——— 単体でも使用できるということで、Moog MusicのMoogerfoogerに近い製品だなと思いました。ギタリストからも注目を集めそうですね。
高見 そうですね。Eurorackモジュールですが、ACアダプターを繋げばテーブルトップ・エフェクターとしても使用できるので。USB端子を使えば24bit/96kHz対応のオーディオ・インターフェースとしても機能しますし、AIRAリンクでMX-1とデジタル接続することもできます。
——— 先ほど、「BITRAZER」を触ったんですが、もの凄くスムースにビット・レートとサンプル・レートを落とせるのはおもしろいなと思いました。デジタル・エフェクトとは思えない滑らかさですね。
高見 エフェクト・モジュールのツマミは、24bit/約1,600万段階の解像度になっているんですよ。Eurorackの愛好家って、ツマミを操作して演奏するわけじゃないですか。ツマミを回したときにデジタルの粗さが出てしまうのはいただけないなと思い、滑らかな音の変化という部分には凄くこだわりました。また、ツマミもこのモジュールのために新たに起こしたものを使っているんですよ。気づいた方もいらっしゃるかと思いますが、往年のSYSTEM-700のツマミをイメージしたデザインになっていて、切り込みが鋭い形状になっているので、指に馴染むというか操作感はとても良いですね。もちろん、パッチ部分は「SYSTEM-1m」同様、端子内のリングでケーブルの抜き差しを感知する仕様になっています。
——— 他のエフェクト・モジュールには無いユニークな機能というと?
高見 実はこの4種類のエフェクト・モジュールは、パソコンやタブレット、スマートフォンなどを使って、内部を自由にカスタマイズできるようになっているんです。エフェクトを決定しているコアのモジュールは固定なんですが、その周囲のサブ・モジュールに関しては、LFOやADSRといった15種類のモジュールの中から最大6個選んで、内部で自由にパッチングすることができるんですよ。これにより、LFOで激しく変化するモジュレーション・ディレイとか、自分好みのエフェクトを作ることが可能になっています。エディターは、Mac、Windows、iOS、Androidの各プラットホーム用に提供する予定です。
——— それはかなり凄い機能ですね。
高見 言ってみれば、Nord Modularのようなものですね。パソコン上で自由にパッチングして、それをハードウェアに放り込むことができる。もちろん電源を切っても、最後のパッチを記憶しています。極端な話、メイン・モジュールを使用せず、サブ・モジュールだけを使用してもいいわけですよ。Eurorackシステムの中に1台入れておけば、変幻自在のDSPモジュールとして便利に活用できると思います。
——— パソコンやタブレットで作成したパッチはどうやって送信するのですか?
高見 それがかなりおもしろい仕様になっていて、FSKというオーディオ信号でパッチを送信するんです。FSKというのは、“ピーガラガラ”という昔のモデムのような信号で、それによって内部のモジュール構成が組み変わる。ですからパッチと言っても、WAVファイルなので、iTunesで管理することができます(笑)。
MALEKKOとのコラボレーションにより誕生した本格アナログ・モジュラー・シンセサイザー「SYSTEM-500」
——— 「SYSTEM-1m」とエフェクト・モジュールに関してはティーザー画像が公開されていましたが、「SYSTEM-500」に関してはまったくリーク情報が無かったので驚きました。これは完全なアナログ・モジュラー・シンセサイザーですね。
高見 そうです。SYSTEM-100Mをベースに開発したEurorackモジュラーで、VCOの「512」、VCFの「521」、VCAの「530」、EG/LFOの「540」、フェイザー/ディレイの「572」という5種類のモジュールを用意しました。5種類全部揃えていただければ、アナログ・シンセサイザーとして機能しますし、かなりのことが出来ます。
我々としてはアナログにそれほどこだわっていたわけではないんですが、前々から“SYSTEM-700やSYSTEM-100Mを復刻してほしい”とか“JUPITER-8を再生産してほしい”という要望をかなりいただいていて。そういった要望があるからには、我々としてもいつか応えたいと思っていたんですが、Eurorackへの参入など、いろいろなタイミングが重なって、ようやく実現したという感じですね。
——— 「SYSTEM-500」はMALEKKOとのコラボレーションによって誕生した製品とのことですが、Eurorackメーカーとタッグを組んだ理由についておしえてください。ローランドだけでも開発できたと思うのですが……。
高見 もちろん我々だけでも出来ないことはなかったと思うのですが、自分たちだけでやったら必ず間違いをおかしてしまったと思うんです。Eurorackという規格が出来て、けっこうな年月が経っているので、そっちの世界の人ならではの使い方やマナーというのが絶対にある。我々だけでやって、モジュラーのディープな世界にしっかり届くものが出来るのかというのが疑問だったんです。そっちの世界に長けた人とパートナーシップを組んでやるのがいいんじゃないかと。
——— 数あるEurorackメーカーの中からMALEKKOをパートナーとして選んだのは?
高見 Eurorackの世界に限らず、ガレージ・メーカーが増えている背景には、モノ作りの環境が整い、どんどん簡単になっているというのがあるんです。今はハードウェアの生産を請け負ってくれる工場がたくさんありますからね。そんな中でMALEKKOは、自分たちで工場を持ち、PCBマシンという基板を打つ装置も所有するちゃんとしたメーカーだった。あとはビジョンを共有できたことも大きいですね。“オレらはEurorackだけやれればいい”という感じではなく、アナログ/デジタル問わず、いろいろ繋がるとおもしろいよねとか。
——— 彼らのモジュールにはこだわりを感じます。何かのコピーとかを安易に作るメーカーではないですよね。
高見 そうですね。RICHTERシリーズに関しても、しっかりライセンス契約をして生産している。ジョシュ(註:MALEKKO代表のJoshua Holley氏)が言っていたのは、レジェンダリーなものを勝手な解釈でコピーするのではなく、やれるなら一緒に正しい道でやりたいと。自分たちのルールがあって、それをもの凄く大切にしているんです。
——— コラボレーションということで、開発はどのように行われたのですか?
高見 まずはこちらから、SYSTEM-100Mに関する出せるだけの資料はすべて出して、MALEKKO側でチャレンジしてもらいました。当時の設計図の出来がよくなくて、“こんな回路では動作しないよ”とか言われたりしたので(笑)、そのあたりはこちらからさらに情報を出して詰めていったりとか。「SYSTEM-500」に関しては、生産もアメリカで行う予定です。
——— 各モジュールの発売時期と価格についておしえてください。
高見 「SYSTEM-1m」は5月発売予定で価格は8万円前後、エフェクト・モジュールは6月発売予定で価格は各4〜5万円前後、「SYSTEM-500」は第三四半期発売予定で価格はエフェクト・モジュールと同じ各4〜5万円前後の予定です。
——— 今回の10種類のモジュールは、ローランド Eurorackの始まりに過ぎないんですよね。
高見 盛り上がれば(笑)、もっとやりたいと思っています。「SYSTEM-500」に関しては、ゆくゆくはSYSTEM-100Mのようにセットを何通りか出せればいいかなと思っていますね。